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弱者は正義を語らない 〜最悪で最低の異世界転生〜  作者: えくぼ
最終章、争乱編

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194/200

八対八 前半

明日で期末テストが終わりです!

とはいえこうして投稿してれば世話ないですね。

 最初に終わったのはミラの戦いであった。

 それは戦いというには圧倒的で、相性が悪すぎた。


 ケルベロス。それは地獄の番犬として知られるが、番犬ということはそれより上の存在には弱いということに他ならない。

 ミラは死者の魂を管轄する上位の存在。戦闘云々ではなく、ケルベロスの脳裏にはミラと相対した瞬間に「しつけ」の日々が浮かんでいた。


 三つの首は従来の獣型との戦闘の常識を潰し、巨大な体躯はあっというまに全てを蹂躙するはずであったのだが。

 ミラがその鎌をカタンと地面にうちつけただけでケルベロスのその戦意は完全に消失していた。

 膝はガクガクと震え、おすわりしたまま今にも失禁しそうな姿はただの子犬と何ら変わりない。

 その情けない姿にミラが怒ると、ケルベロスはとうとう腹を見せてその場に寝っ転がった。降参の意思表示である。


 彼女がお手と言えばお手をするし、腹の上にグリグリと足を乗せても「きゃうーん」としょぼくれた声を出すだけで何もしない。


「このメメント・モリで帰ったらお仕置きじゃな」


 メメント・モリは彼女の鎌の名前である。

 敵対者に死を幻視させ、その魂に死の恐怖を刻み込むことからその名がついたのだが全く出番はなかった。

 彼女は久しぶりに親戚の家にいって飼い犬と遊ぶようなノリでわんこを貰うと言ったのだが、こんなことならばやめておけばよかったかとさえ思っていたりする。


 相性が良かったからといってミラが敗北するということはまずなかったが、せめて人間か魔族をぶつけていれば時間稼ぎぐらいにはなったものを。

 しょうがないだろう。ケルベロスがそこまで冥府での地位が低いとも、ミラが生者に手を出せないことも彼らは知らなかったのだから。




 ◇



 ロウは目の前の貴族然とした男性を見ながら錫杖を鳴らす。短刀で戦う方が慣れてはいるが、やはり強敵になると肉体の速度よりも搦め手を重ねて仕留める方が幾分楽なのだ。


「若造が粋がるなよ……」


 ロウはその言葉に苦笑した。確かに今の自分の見た目は若造だ。だがカグヤと共に若返ったことで、実際の年齢は彼より若いとはいえさほど変わらなかったはずだ。


「ま、俺はいつまでも若い気持ちを忘れねえ男だからさ」


 軽く冗談を飛ばしながらも、顎を引いて油断なく見る。

 先に仕掛けたのはロウであった。本来均一に老化していくはずの天井を時術で一点に集中させて時間経過を加速させた。

 一瞬で老朽化した天井が崩壊し、相手の頭上より降り注ぐ。

 だが彼は眉一つひそめず片手を上にやった。

 すると不可視の壁が現れ、降り注ぐ瓦礫を全て防ぎきってしまった。


「娘に結界術を教えたのは誰だと思っている」


 セティエの父、ナルサスもまた結界術が使えたのだ。

 レイルから聞くセティエの結界よりは強度は弱そうではあるが、それでも厄介なことには変わりない。


「持続時間や範囲、強度こそセティエには負けるがな。展開速度と応用の二つでは負けんぞ」


 彼の方が熟練しているのだ。

 その言葉を聞いてロウはむしろ喜んだ。フェイントやハッタリなどの心理戦を通じて引き出さねばならなかった情報を先に向こうがバラしてしまったのだから。

 ここで彼の言葉を疑うことはできる。だがその確信に満ちた、まるでロウの戦意を削ごうとするかのような言葉に嘘は見られなかった。

 彼がセティエの父親であることを聞いて、血をひくならば同じ術が使えることも、そしてその使い方を教えたのにも納得した。

 ロウは彼の目を媒体に彼の過去を探った。

 結界術だろうが、魔力抵抗が高かろうが最も抵抗のしづらい発動方法と術式なのだ。

 そして見つける。


「へえ、あの聖女さんが二重人格なのって……」


 父親からの固執とも言える偏愛。

 傍目には普通に仲睦まじい親子なのだろうが、お互いにその内心は狂っており、壊れていた。


「壊れたことに自覚がないのって嫌だよねぇ」


 結界を解いたナルサスが剣をもってロウを切り捨てようとする。

 ロウは時術で自身の時間を加速、周囲を遅延させてその攻撃を完全に読み切る。近接戦闘と相性の悪い錫杖でも攻撃を受け流してかわし続けることで互角に打ち合う。

 目でいれるフェイントにもひっかからず、殺気も受け流されてロウは下唇を軽く噛む。


 幻影の錫杖は強度だけならば聖剣に匹敵する。レイルの空喰らいには負けるが、かなり優秀な武器であった。ナルサスの猛攻にも耐え抜き、傷一つついてはいなかった。


「なあ、おっさん」


 攻撃と攻撃の間に呑気に話しかけるロウに眉をひそめ、そして無視するナルサス。

 ロウは気にせずなおも続けた。


「あんたの娘、今レイルのとこにいるんだぜ?」


 その言葉で何にも動揺しなかったナルサスがはじめて動揺を見せた。

 剣の動きが鈍り、それを自覚して一気に距離をとった。


「いやあ、俺たちって実は離れていても連絡とれるんだよな。だからさ、あんたが俺を殺せばあんたの娘は邪神の目の前でレイルに殺されることになるんだわ」

「この外道が! そんな戯言に……」

「お、レイル来てくれたのか。よしそのまま聖女さんをいたぶってくれる? ほらおっさん」


 ナルサスはその言葉を最初は単なるハッタリだと思った。

 だが「ほら」と言われた瞬間に背後に二つの気配を感じて思わず後ろを向いた。

 戦っている仲間も敵も全てが離れた場所にいるはずなのに、ここで現れる人物、しかも今の今までナルサスに気配すら気づかせなかった敵など瞬間移動が可能なレイルぐらいしか浮かばない。そしてレイルが現れれば、セティエが人質に取られていることは予定調和のようなものだ。下手にレイル・グレイという人物を知ってしまっていたが故の失策であった。

 実際はロウが時術によって過去の光景をそこに投影しただけの話だ。ちょうど、ロウとナルサスがそこにいた時の再現である。幽霊の正体枯れ尾花、自らの影に怯えたナルサスの末路は。


「俺もレイルと似たもの同士でな」


 背後を見た瞬間に、時間停止と気配遮断によってすぐそこまでやってきていたロウに背中を刺されて死んだのであった。



 ◇


 グランと鎧騎士との戦いは相手の妨害と撹乱の積み重ねであった。

 グランはメインを魔法に、サブに剣で。鎧騎士はメインを剣で、サブに魔法を使用することで近距離から遠距離まで柔軟かつ臨機応変な戦いをみせた。


 鎧騎士の突進からの風魔法による打ち上げが決まったかと思えば、グランの土魔法が柱を作って鎧騎士を襲う。鎧騎士がかわした土の柱に剣をつきたて方向転換しながら地面に降り立つ。


「随分と腕が立つようだな」

「魔王陛下にいっていただけるなら武人の誉れ」

「貴様ほどの男がどうして邪神につく」

「より強く、より大きな野望を持つ男に仕えたいと思うのは漢の本能」

「自身の運命を、自身で切り開くのも乙なものだがな」


 グランの魔法が鎧騎士の視界から光を奪った。

 本来なら動揺するはずのその魔法にも、むしろ魔法を使った直後が好機とばかりに突っ込んできた。

 集中を乱され、複雑な展開の波属性闇魔法を解除してしまう。

 炎の鞭で威嚇しながら剣で反撃するも、それさえも読んでいたかのように対応してくる。

 剣士としての経験が高く、対応力がずば抜けて高い。

 何をしても崩せない硬いガードと、兜の奥で光るブレることのない強い瞳にグランはうんざりする。


「どうしてこう、まっすぐなんだろうな」


 レイルだったらもっと楽にいれるのに。

 と婉曲的にレイルの根性がねじ曲がっているなどと思いながらも次の攻め手を考える。





 ◇


 魔法使いの女と悪魔は城の外までやってきていた。

 それぞれが戦いの邪魔にならないようにとのよくわからない配慮である。


「ご主人様のご主人様の命令だろ。死んでくれろ」

「お断りよ」


 サーシャの対峙した悪魔は悪魔らしく破壊衝動と忠誠心のみによって支配されていた。

 何も考えずに命令を忠実に実行すること、そしてそれが破壊衝動にそぐうものだと特にやる気を出す。そんな悪魔にとってのサーシャはあまりに都合の良い相手である。


「人間は弱いのだろ? 魂が薄いから魔法も弱いのだろ? だから魂もろくに扱えんのだろ?」

「どうかしらね」


 サーシャの言葉は心底本気であった。

 サーシャの知る悪魔というのは、一時期自身の中にいたアークディアだけであり、それより他には知らないのだ。

 だから悪魔との実力差は測れない、もしも目の前の悪魔がアークディアほどに強いのであればサーシャの勝つ確率はない。そんな風にさえ思っていたのだ。


 何が面白いのかケタケタと笑ってサーシャに魔法を放つ。

 一瞬で生成された火炎球は一メートルほどに及び、当たれば黒く炭化してしまいそうだ。

 しかしそこはサーシャ。落ち着いて水を泥ごと(・・・)扱った。

 巨大な泥の手が、火炎球をすっかり包み、覆い隠してしまった。

 火炎球はその熱をもって水魔法の水を蒸発させてしまおうとした。

 その行為そのものはうまくいった。水魔法で扱われた水はすっかり蒸発してしまい、後には泥の手のオブジェクトが残った。

 そして乾燥した泥、つまりは土のドームによって酸素の供給ができなくなった火炎球はすぐに消えてしまった。


「あれ? なんでだろ?」


 アークディアは知識が豊富であるが、大抵の悪魔はその元からある魔法の力に溺れて鍛錬も知識を身につけることもあまりない。

 彼には何が起こったのかがわからなかった。

 突如、悪魔の足元に巨大な穴があいた。

 悪魔は驚きながらもそれを避けた。


「きかないだろ」


 悪魔は地面に立つことができる。魂のないものには触れられないというのが精神体の特徴だが、土には草が生えており、逆に言えば魂さえあれば重さなどなんとでもなるのだ。

 さすがに肉眼で見えない微生物になるとその上には立てない。だが本来は小さな虫や草の魂の上に立つ悪魔。地面が突然開けば当然落ちてしまうのだ。もちろん魔法で空を飛ぶこともできるので重要な問題ではない。

 得意げに空を飛ぼうとした瞬間に、泥でできた竜が彼の首から下を食らった。


「泥の落とし穴? 違うわよ。私は一番得意な水竜……今は泥の竜かしら、を作ろうとするためのあなたの足元の泥を使っただけよ」

「な、んで……?」


 首だけになってなおも意識のある悪魔にゾッとしながらサーシャはパクパクと目の前の事実を受け入れられずに何故と繰り返す悪魔の頭部に言い放った。


「魔法にも魂は込められるらしいわよ。コツは掴めたわ」


 ごぽり、と嫌な音をさせて泡を吹いたところで悪魔は完全に事切れた。

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