VS邪神 その2
アイラと機械族は邪神の城が崩落した、というよりは崩落させられたその瞬間に、転移でかなり離れたところまで来ていた。
アイラは離れたところで戦闘を観察していた。アイラはレイルパーティーの中では近接において最も弱い。初見の敵にいきなり突っ込んで、まともに戦えるとは思っていない。だからこそ、遠くから見ているのだ。
その周りを取り巻くように、機械族たちがいたのだが、今は邪神の元へと向かっている。
戦闘に不向きで、遠くより戦闘を俯瞰して指示を出すデウス・エクス・マキナと、アイラの守護として残ったキノ以外のほとんどが出向いた。
そんなアイラの元へ、一人の青年が現れた。
「君は……もしかしてアイラじゃないか?」
あまりに敵意も、邪気も毒気もない気さくな呼びかけにキノも反応が遅れた。
振り返ったそこにいたのは、紫と黒の鮮やかな上物の服に、立派な剣を携えた男である。人懐っこい声と、筋肉のついた大柄な体のギャップに既視感を覚えるも、アイラは当然のように返した。
「……誰?」
不機嫌そうに、それでいて気だるそうなその様子はいかにも帰ってくださいと言わんばかりである。
それもそうだ。こんな状況でのこのことアイラの前に現れる男など、どう考えてもロクなものではない。
「はー……まさかとは思ったけど、本当に忘れられてるとはね。でも何年も会ってないからわからないのも無理はないか。フォルスだよ、君を勧誘した」
「だから誰」
アイラがレイルやロウ、カグヤにレオナ、レオン達と共に学校に通っていた時のこと。彼は一度アイラを専属鍛治職人として勧誘していたのである。
「まあいいや。君も邪神様に士官しにきてるの? 今回の戦闘での避難場所はここじゃないよ。危ないから向こういかない?」
「……あなたは邪神側?」
「そうだよ。邪神様の理想は素晴らしいんだ! この腐った世界を一度無にして、そこに新たな理想郷を作るんだってさ。とはいっても殺されるのは邪神様に従わなかった奴らだけだけどね。こうして賛同している僕たちは助かって、それまでの働きに応じて理想の世界での地位を与えられるんだってさ。すごいよね。血も、これまでのことも無関係にただ能力だけで決まるんだ」
陶酔、というのがしっくりとくる。フォルスはどこか焦点のあわないぐるぐるの目で、興奮したように語り出した。それからもしばらくは邪神の素晴らしさを語っていた。
ひとしきり語り終えると、アイラに手を差し伸べて言った。
「だからアイラ、もう一度勧誘しよう。僕たちと理想の世界で生きていかないか? それまでの働きがなくてもいいよ。僕の妻になれば、そんなの関係なく幸せな生活を保証するよ。だから、一緒に行こうじゃないか」
その言葉には微塵も断られることを怖がる様子はなかった。そこにあるのは本心からの忠告のような、押し付けがましい勧誘である。
アイラはこういう星の巡りに生まれてきたのかもしれない。レイルを筆頭として、とことん男運のない、ロクでもない男にばかり好かれる。彼女自身が献身的で、強く生きるがゆえにそれだけ男は守っているつもりでも強く頼ってしまう。
レイルはそれを自覚していた。自分に依存しないように、などと偉そうなことを言っておいて、自分自身がアイラに一部依存していることをどこかで諦めていた。欠点を受容して妥協することにかけては他の追随を許さぬ男だったから。
「何も、何もわかってない」
アイラは強く睨む。ここでようやく目の前の彼が薄ぼんやりとだが、同級生であったことを思い出した。
自分の幸せも、自分が大切なものも、自分が生きてきた証も。全てを否定した目の前の男に付き合う時間が一秒でも惜しい。
そこに怒りはなかった。あるのはひたすらに呆れと時間の無駄だという効率主義のみで、話し合う価値もないと腕輪から銃を取り出した。
決断を悟ったキノが一歩前に出るのをアイラが片手で制した。
「過保護だよ。これは多分、私の過去なんだよね。だから、私が背負うべき」
アイラが銃を向ける。炎の魔石を利用し、火薬草の粉末が爆発して前方に破片のばらまかれる殺傷力のみの散弾銃もどきだ。
フォルスが狼狽するのがわかる。この武器を見たことはなかったが、ここで向けられたのが武器だとわからないほどにはウスノロではない。
「ま、待てよ。なんなら友達を数人助けてあげてもいい。僕たちが戦う理由はない。話し合えばわか──────」
放たれた銃弾は彼の薄っぺらの防具を切り裂き、壊し、貫通して胸を抉った。
顔面が血まみれになり、すでに誰だったか判別がつきにくくなっている。白い袖も、立派な剣も全てが彼自身の血で汚れている。
久しぶりに会えた同級生が懐かしかった?
知り合いを一方的に殺して罪悪感があった?
アイラは自分の胸に問うた。しかし何の返答も返ってはこない。何の感慨も、躊躇いもなかった。
「私もまた、どこかで壊れているのかもね」
無機質な瞳の視界の端に赤い髪がうつりこむ。
いつかレイルが綺麗だと撫でていたのを思い出してくるくるといじった。幼さの残る愛らしさの中に、凄絶なまでの美しさを孕んでいた。
そういった感情がやや希薄な機械族でさえもが一瞬見惚れた。
アイラはそのままキノに周囲の警戒を頼み、死体を処理した。
そして腕輪から巨大な銃を出した。片手どころか、両手でさえ持ち上げるのが大変な人ほどの大きさのある銃だ。大口径のそれは無骨で持ち運ぶことを全くといって考慮していないデザインである。
「巨大蠍の攻殻と精霊鉱による銃身。リヴァイアサンの骨でできた固定台。コドモドラゴンの眼球のスコープ。そして火薬草、魔石に精霊鉱で作った特製弾丸」
トロルの里で精霊鉱を見たときに思いついたこの弾丸。あまりに贅沢な使い方をしているが、あれから何度も挑戦して安定して作れるようになったのはここ一ヶ月ほどであったりする。だからこそ、成功作と言えるのは五十発とない。
かちかちと組み立て、照準を合わせる。
スコープを覗きながら深呼吸した。
「見ていて、私の集大成」
遠くにいて聞こえないはずのレイルに向かって呟いた。
彼女の瞳に映るのは、倒すべき敵である邪神の顔と、世界で一番好きな人の戦いのみ。
世界が無音に、そして無彩色へと移りゆく。
「見せてあげる。私の最高傑作」
ゆっくりと引き金に指がかかる。
轟音までコンマ数秒。
◇
邪神との戦いは熾烈を極めた。
剛の剣が一斉に邪神を擦り潰そうと迫る。一撃で魔物が消し飛びそうな攻撃を邪神が止めるたびに、地面が割れ、周囲の木々がなぎ倒される。
風が、水が、炎が槍や矢の形状で剣戟の間を縫って飛び交う。
時折、邪神の無差別な上級全体魔法が発動する。
風や雷であれば波魔法を使って防ぎ、爆発ならば空間転移で逃がす。
「我が魔法に干渉するか。愉快な人間がいるな」
圧巻なのは、魔族筆頭三姉弟である。
メイド長も強いとは聞いていたが、文字通り次元の違う強さであった。勇者や魔王、邪神に混ざって遜色ない武技に加えて魔王姉さえ凌駕する速さがある。膂力においてはアランとグローサが並んでトップになる邪神の剣を単独で素の身体能力で止められるのが二人だけだということからもそれがわかる。
グランの魔法は精密にして的確、難易度の高い魔法を次々と無詠唱でタイムラグなしに発動していく。
コンビネーションにおいてはキリアとカレンが素晴らしいが、如何せんパワーが足りない。撹乱と目くらましには役に立っている。
「貴様らよ。ここで一度、機会をやろう。どうだ? 我が配下にならぬか? 我が悲願はこの星に住む全ての反乱分子を排除し、平和な世界を作ることだ。そこでの自由な地位を約束しよう」
「断る!」
多くの勇者やらが一斉に口を揃えた。
ああ、あれか。例の「この我のものとなれ」「断る!」の下りか。やっぱりやるんだ。
多分向こうは良心からなんだろうな……と遠い目をして思う。
「そうだな……邪神。お前は正しい。確かに人種族は争い、殺しあう。お前の言うような世界が理想で、平和で、合理的なのも認める」
「なんだ、勇者にも話のわかる者がいるようだな」
俺の独り言とさえ言えるようなぼやきをとらえて邪神が笑う。
「だけどな……俺たちは間違える生き物なんだよ。ここでお前に歯向かうのが間違いだったとしても、歯向かうのが俺たちだ」
邪神は、それならそれで構わない、と交渉をあっさりと引き上げた。
「だが……ここに最高戦力をもってきてよかったのか? 我が配下の一人、不死王は我が復活のためにデイザスによって滅ぼされた国の王の魂で筆頭魔術師を蘇らせた者だ。擬似生命完成体のベヒモスもいるぞ」
「そいつらは仲間が倒すからいいんだよ。俺より強い仲間が、な」
他にも拠点はある。
そして、それがワザと避けたのだとわかる。
「ならばよかろう」
音もなく邪神が駆けた。
足元の土がえぐれるその音さえ風魔法で遮断して、いっきに距離を詰められた。腕をひいて腰を捻る。右腕で突きを繰り出すつもりなのだろう。
カレンにその拳が迫る。俺はそれを避けさせるために、空間転移を発動させようとして、やめた。
直後、邪神の腕が爆発した。
明日も更新できたらいいな……




