解説、そして回収
前回の種明かし、そしてこれまでの伏線回収的なもの
「俺が空間で使っている座標は何か言ったことがあったか?」
俺がしたことの解説を頼まれ、最初にしたのはこの質問だった。
空間転移、接続や入れ替えをするためにどんな形で空間を把握し、術を発動させているのかの最も基本たる部分だ。
「確か……レイルくんを起点とした相対座標だったよね」
アイラは俺の空間術についてよく話を聞く。
銃を扱うのには役に立たないかもしれないぞ、と言ってもいつも「私が知りたいだけ」と濁す。
「ああそうだ。じゃあどうして相対座標なんだと思う?」
「何か問題があるんだろ?」
ロウがあっさりと言い当てる。しかしその内容まではわからないようだ。
「そう、相対座標があるなら絶対座標もあるはずなんだ。絶対座標が使えないならそれに確固たる理由がないといけない。俺がこれを自覚しても使わなかった理由が、だ」
「絶対でも相対でも同じ場所のはずよね」
「そこだ」
わざわざ相対座標にするということは、絶対と相対では座標がズレるのだ。
「この星が自転と公転しているのは知ってるよな?」
そこで三人ははっと気づいて目を見開いた。
「60秒×60分で1時間、24時間×365日で一年なのは変わらないな。俺の元の世界では地球は一日で一周自転して、一年で一周公転するんだ。自転の速度はだいたい時速で1600kmを超える。秒速にしても400メートルは軽くいく」
この世界はやや小さいかもしれないと言ったが、それでも400ぐらいにはなるだろう。
「絶対座標だとズレる、ってわけね。相対じゃないとダメな理由はわかったわ。でもそれだとあれほどの衝撃波の理由がわからないわ」
「音速衝撃波を知ってるか?」
ソニックブームとは物体の速度が音速に達した時に発生する衝撃波による轟音だという。
隕石が落ちたときに衝撃波で窓ガラスが壊れるなどの被害があることからも、衝撃波だって膨大なエネルギーを持てばれっきとした攻撃手段になるのだ。
「絶対座標固定で空間からの移動ができなくなった空気は地球の自転と公転による慣性を無視して西から東へと向かう。その時に押しのけられた空気が音速に到達して、発生する衝撃波を操って魔物たちへの攻撃手段にしたんだよ」
これが以前擬神の核を飲み込んだ時に「この域に至った者が力を振るうと同時に身を滅ぼしただろう」と言った理由だ。
何も考えずに絶対座標で空間術を使えば身を滅ぼすのだ。
実際のソニックブームで窓ガラスが壊れた、などという話は聞かなかったが、波魔法で収束させればなんとかなるだろうと予想して挑んだのだ。
座標固定による速度は等速直線運動に近いので、それ本体は衝撃波を生まないが、それによって押しのけられた空気やぶつかった魔物たちは音速に近い速度で吹っ飛ばされる。
その度に起きる衝撃波を必死でコントロールしながら収束させて、なおかつ俺たちに被害が出ないようにするにはあの範囲を更地にするほどの大雑把な戦闘でないとダメだったのだ。
「次にあの隕石もどきだな。あれは簡単だ。空中で空間歪曲で空間の上空とその真下を接続して岩石を半永久的に落としたんだ。まあ空気抵抗のせいで速度は一定を超えないけど、それでも運動エネルギーは重さと速さの二乗の半分ぐらいだから重くて速いってのはそれだけで強いんだよ。つまり俺は星のエネルギーを間接的に借りたってとこだな」
「もう俺はついていけねえ」
「アイラ、わかったの?」
「うーん……半分ぐらい?」
未だに天動説を唱えるような奴がいる世界の人間に、地球の自転を教えるだけでも大変なのに球体上での動きや波の概念まで教えるのは骨が折れる。
ややこしい説明になんとか納得してくれたようなので、話を切り上げてそもそもの話題に戻した。
アークディアは名残惜しそうだ。
「俺はきっと英雄にはなれない。人を救うためでも生きるためでもなくて、ただの賭けに勝つためだけに大勢の魔物を酷い方法で殺しちゃうんだから。邪神を倒すのだって自分勝手で、自己中心的な理由のついでなんだ」
アイラに手を差し伸べて言った。
「それでもいいならついてくるか? アイラはいつも俺の頼みを聞いてくれたから、俺だってたまにはアイラの気持ちを優先するさ。だからこれでもダメだ、って言うなら諦めてもいい。間違ったっていいんだ。俺は仲間一人のために世界を救うのを諦められる人間だよ」
アイラはしばし戸惑った。
葛藤の真意など俺にわかるはずもない。
ただ、いつも銃や何かを作ったり整備していたアイラの姿を思い出す。
俺が情報を取捨選択して旅の方針を決めていたように、ロウが向けられた敵意の選別をしていたように、カグヤが魔法と剣を極めようとしていたように。アイラは自分の役割を作ること、持ち物を管理することだと思っていたと思う。
周りに変化を求めるのではなく、自分に価値を求める。そんなアイラは、俺がいなければもっとささやかな幸せで満足する慎ましい女の子だっただろう。
アイラは俺の考えを見透かしたように、自分の頭を俺の胸に押し付けた。
「うーうん。ついてく」
そして泣きそうな声で俺にすがりつきながら言ったのだった。
◇
そのあとは冒険者ギルドに向かって情報を出し切って、魔物の群れを潰したことを報告してきた。
そしてユナイティアに戻り、各国や冒険者ギルドなど可能な限りに邪神の復活を知らせる。
つーか今まで出た記録もないのに、「復活」とは妙だな。やっぱりしっくりくるのは「顕現」か。
安心したらドッと疲れが出た。
俺たちは同じ部屋でくつろいでいた。
部屋の中でゴロンと寝っ転がってこれまでの出来事や情報を整理する。
「あー……なんであんなのが出てくんだよ。つーかあんなの召喚できるほどヤバイ術者がいたらわかりそうなんだけどなー」
「この前言ってた神器とか使ったんじゃないの?」
アイラに言われて、脳内に幾つかの出来事がフラッシュバックした。
「そういうことかよ……」
オークスがわざわざ海の魂手箱を国外へと持ち出した理由。他にもあるという空の魂手箱が盗まれたといった。
魂を管理できる道具。これ以上に魂を大量に扱う儀式におあつらえ向きな一品だ。
そして邪神教の暗躍。俺たちも以前、ゴブリン討伐を装って洞窟に閉じ込められた。
"そんな少人数で蘇る神がいてたまるか! どうせしょぼい神だろ!"
かつてそういった言葉が見事にUターンしてきたのだ。
空の魂手箱があるなら、村の人間が仕留めた人間の魂でも保管して使えるもんな。
わざわざ上に穴があいた洞窟を使ったのは、魂を回収するためもあったのかもしれない。
ああやって小さな事件を多発させ、ただの邪神を利用した殺人事件のように装ったのだ。
「はいるわよ」
突然ドアがノックされ、有無を言わさずに開けられた。
いつぞやの天使、フラストさんだった。
「ようやく現れたようね。"神を冒涜するもの"」
「ちょっと待て。それは擬神のことじゃないのか」
「あんな雑魚がそんなわけないでしょう。そもそもあれはあなたたち人間が生み出したものであって私たちではないわ。そして生まれたことには罪がないし、あれには意思もなかった」
ずっと勘違いしていた。自分で言った敵が現れたのに音沙汰ないのは変だとは思ったけど、あれじゃなかったのか。
はあ。つまりは同じ存在値までないと敵とさえ認めないってことか。
そしてわかっていたことだが、今度の邪神は擬神よりもずっと強いってことだよな。
……ん? ちょっと待て。擬神は未完成で、その完成形があるみたいなことを言ってなかったか?
だとすれば、擬神の完成形が邪神の受肉に使われたとすれば。
「そもそも受肉の利点ってなんだよ」
「それは魔法の行使がしやすくなることですね。器としての肉体があることで、存在維持も他の存在への攻撃もずっと楽になります」
俺の問いに答えたのはアークディアだった。
「でもそれじゃあ魔法攻撃や非生命物理攻撃への耐性を捨ててまでする理由がわからないんだよ」
「それは多分、精神体の方が弱い攻撃もあるからじゃないかしら。精神生命体は魂のない攻撃には強いけど、それ以外の聖剣とか肉体みたいな攻撃に極端に弱くなるのよ。それを受肉することで少し和らげることができるのよ」
それでも聖剣とかには弱いんだけどね、とフラストさんは付け加えた。
つまりは聖剣とか持ってない相手にビビって受肉しないでいるぐらいなら攻撃と強いはずの聖剣の持ち主に対し受肉した方がいいってことかよ。
擬神が本体がそこまで強くなかったのは、攻撃手段をこっちが持っていたからというのがあるのか。
随分となめてくれたものだ。
もしかしたら恐怖の演出かもな。
攻撃がきくところまでに降りてきてやっているからと希望を持って挑んだ相手を圧倒的な攻撃で滅ぼすことでより強さをみせつける、みたいな。
いや、結局やることは何も変わっちゃいない。倒す敵が増えただけだ。
さあ、戦いの始まりだ。




