対群勢
レイル、初の完全無双回
転移で向かったのは最寄の冒険者組合。
三人には外で待ってもらい、木製の扉を開くと一斉に中の冒険者と受付などの人の視線が俺に集まった。
それが意味するのは、俺が入っただけで全員が気付くほどに静かであったということであった。
「あ、もしかして緊急依頼で招集とかしてました? それで今から作戦会議や説明だったりします?」
軽い口調で場を明るくさせようと試みる。
だが返ってきたのはむしろ敵意と殺意のこもった軽蔑の眼差しだった。
「そこまでわかっていて今頃、そしてお前みたいな若造がなんの用だ」
鋭い目つきで髪を後ろに束ねた男性が俺を見据える。
いつでも剣を抜けるようにと片手が剣に添えられている。
「そうです。魔物が大量発生しました。原因も追って捜査中です。今から緊急依頼の説明をいたしますので、参加ならば後から説明をしますのでお待ちください」
受付の人が慌てて介入する。
こんなところでいざこざを起こして、貴重な戦力を減らしたくないのだろう。
ざっとここにいるのは百人ほどか。おそらく国でも討伐隊を組んでいるし、他のギルドでも冒険者を招集していることだろう。
「悪いけど、それ俺に任せてくれない?」
ただでさえ静かだった冒険者たちの時間が止まったような気がした。
しばらくして一人が笑い出した。
「それはできねえなぁ。一人で挑む? 馬鹿いうなよ」
「勘違いしないでほしい。頼み事のような形はとってるけど、俺は止められたっていく。というよりはここで事前に突っ込むからって知らせとくだけ親切だと思ってくれよ。大丈夫。ここにくるまでにやるからさ。もしも残ったら後片付け頼むし」
「困りますよ。勝手な行動をされたら」
ギルド員の人が止めに入る。
魔法使いらしき人がいらいらしているのがわかる。
何人かの舌打ちが聞こえた。
「おい、ガキ。ずいぶん生意気じゃねえか。名前言っていけよ」
荒々しく斧をかついだ男が立ち上がった。
倍ぐらいありそうな腕には筋肉がこれでもかというほどについている。
久しぶりだな、この感じ。
やはり見た目はまだまだ若造なんだよな。
なめられ、軽んじられ、そして絡まれる。
本性を出してれば怯えられるし、隠していれば敬われたり感謝されたりするけど、この方がずっと正しい反応だと思う。
「レイル・グレイだ」
やはり反応は様々だった。
飲んでいた酒を机に叩きつける者、盛大に舌打ちをする者、疑問符を浮かべている者もいた。
しかしやはり大勢は、「本当か?」という疑惑と評判の悪い勇者候補へと向ける軽蔑や忌避かで分かれた。
最悪の、とか外道勇者、などと賛否両論な二つ名が聞こえてくる。
姿までは知らなくとも名前は有名らしい。
その中の一人がおもむろに剣を抜いた。ほとんど音も殺気もせずに、一瞬で肉薄した。
空間把握で逐一確認しながら剣を避け、転移して相手の後ろに回り込んだ。
そのまま相手を掴んて転移で逆さまにひっくり返す。剣を抜いて喉元に突きつけて訊いた。
「なんのつもり?」
今は少しでも時間を無駄にしたくない。
手っ取り早く報告だけして向かおうと思えばゴネられるし襲われるとは。
「本当にレイル・グレイならば、一人で大群に挑むなら勝算があるのだろうしな。だがこの程度の剣を避けることもできないなら犬死にだからここで止めようかと思ったのさ」
「で、役に立たない協調性のないやつならここで死んだ方がマシだってか? まあそうカリカリすんなって。俺が空間転移で突っ込んで減らすから、お前らはこれまで通りに作戦会議してくれてていいからさ。なんなら討伐祝いの準備してくれてても構わないぜ?」
剣をおさめて埃をはたく。
おっさんも立ち上がってもとの場所に戻った。
「お前さん一人でもできるならわしらが行ってもよかろう。どうしてだ?」
奥にいたこの中でも偉そうな人が俺に訊いた。
ちらほらと冒険者たちがギルド長だ、などといっている。
「いやあ、手加減が無理でね。周りにいると巻き込みそうなんだ。邪魔はしないから行かせてもらえるか?」
「失敗したら罪に問う。成功してもこちらからは報酬は出せない。これは依頼ではない。それでもか?」
どうやら俺が功か報酬に目の眩んだ子に見えたらしい。
つーか、金はあったほうがいいが、そんなに切羽詰まっているわけでもないから別に構わない。
むしろその程度の条件でいいなら是非もない。
「おー、許可出た。じゃあいってくる」
そう言って空間転移でその場から消えた俺に冒険者たちとギルドの職員たちはますます苦々しい顔をしたという。
◇
空中に相対座標固定で浮かび上がりながら眼下の魔物の群勢を見据える。
「見ろ、魔物がゴミのようだ」
魔物の進行方向、西側に降り立った。
魔物たちがこちらに向かってくるのがわかる。
「どうするの?」
アイラが尋ねた。
別に今答えてもいいけど、終わってからの方がわかりやすかろう。
「まあ離れたところで待っていてくれ」
そう言って離れたところ、そして俺の戦いが見える場所まで転移させた。
これで俺は逃げられない。魔物を通せば後ろにいる仲間が襲われる。もちろん、百や二百通したところであいつらならなんとかするだろうけど、こういうのは気持ちが大事なのだ。背水の陣って言うじゃん。
あの日、擬神の核を飲み込んで俺の体内に入った感性は一つの境地を開発した。
その成果を試す時がきたのだ。
俺は両手に感覚を集中させる。
今だけは空間把握も、魔力感知も全て切ってしまうのだ。
することは言うは易く、するは難し。
魔法というのは自然の力を借りる。なのにどうして個人で威力が変わるのか。その答えは魔力の貯蓄と出力にある。操作にいかに長けていても、貯蓄と出力の限界が低ければ強力な威力の魔法はうてない。
俺が得意なのは、利用方法と操作だけで、訓練しても才能に頼った貯蓄などは随分と低い。そんな俺と空間術の相性は良かった。だって別次元からエネルギーを借りることができるのだから。
しかし波魔法は全然威力が出ない。
光の剣で山を真っ二つにとかできないし、そもそも波魔法だけで魔物と戦おうとすると百も倒せないかもしれない。
じゃあ空間術を使って前みたいにばかばかと岩を落とすのか?
半分は正解だ。
俺の術が、魔法が発動した。
二つの岩が燃え盛りながら、魔物たちの中央に落ちた。
その衝撃で周りの魔物たちが吹っ飛び、そして命を散らしていく。まるでアリの巣に水を注いだかのように呆気ない。
だが本番はここからである。
三つ、見えない攻撃が魔物たちを直線に襲った。
三本の攻撃は周囲を巻き込みながら二つの岩が落ちた間と両外を縫って魔物たちを蹴散らしていく。
俺は必死で自分の方にくる衝撃波を波魔法で操作し、受け止めて相手に返そうとする。
これが問題だった。一度操作を間違えれば後ろの仲間をこの衝撃波が襲う。
その時は逃げてもらうしかないだろう。
俺はすぐに術を止めた。
しかしその頃には魔物たちの群れは群れという形を成してはいなかった。
打ち上げられた魚のように、死屍累々という言葉を実感する。
そこには魔物の強さも弱さも関係がなかった。平等な死だけがそこにあった。
濃厚な血の匂いでむせかえるようだった。
原型をとどめない死体の方が多かったかもしれない。
「何を……したの?」
魔物の群れがあったところには二つの大穴があった。
そして竜の爪痕のように、三本の線が地面をえぐり、そこを中心として周りを暴虐の嵐に巻き込んでいた。
「単なる空間術と波魔法の延長線上だよ。…………だから、今までやりたくなかったしやらなかったんだよ」
魔物を倒すといつも酷いことになる。まるで呪いでも受けているかのような惨状に思わず愚痴をこぼす。
いや、これを覚悟してやったんだ。仕方ない。まだ冒険者が挑む前で良かった。
ひたすらそのことに安堵し、そして勝利の余韻に浸るのであった。




