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仲間との駆け引き

 まだ青白い靄のようなものの残滓が禍々しいアレの周りに漂っている。よく見れば靄はいくつもの小さな人魂のようなものが集まっているようだ。中に核があるのが確認できる。


「アークディア、アレが何かわかるか?」


 喉がカラカラだった。少しかすれた声で尋ねた。そこでようやく、俺も久々に緊張しているのだと自覚した。

 ぐいっと昼食の横に置いた飲み物を飲み干す。すると額に汗が滲んだ。


「青白いのは魂ですね。おそらくアレを召喚するための生贄にされたのでしょう。そして黒いのは邪神ですね。あ、受肉しました」


 鎧をつけた兵士たちだったモノが、ローブを羽織った魔術師だったモノが大きな平野を埋め尽くしている。邪神は死体に残った魂を取り込ませることでゾンビに変えた。

 今まで動かなかった物言わぬ死体はノロノロと起き上がり、吼えた。理不尽な儀式と理解不能な術式で抵抗も許されずにこの世を去った亡者たちの怨嗟の咆哮が邪神を包む。

 空間把握で嫌になるほどに邪神を観察していた俺には、邪神が心地良さげに目を細めたのがわかった。


「死体をゾンビにしやがった……」


 死者の復活に関連した術というのは魂術の中でも最高位の難易度である。それを何千、何万と同時に行ったその力を理解させられる。


 生気のない死者は完全に邪神に呑まれている。彼らにあるのは邪神への本能だけだろう。


 次に、右手に魔力を込めてかざしたかと思うと、大地が激しく揺れた。地面に亀裂が入り、岩が出現しては形を変えて消えていく。複雑に形を変え、組みあがった。

 全てが止まったころには、城が出来上がっていたのだ。

 とはいえ、石でできた簡易なものであることが幸いか。地属性、結合操作と空間術、おそらく時間と重力も使っている。呼ぶとすれば複合魔法、簡易建造クリエイトとなろうか。


 そう。ここに一つの戦力が出来上がった。


 おそらく、邪神はこちらに気づいている。

 波魔法と空間術を組み合わせて隠蔽しているが、それでもどれほど効果があるかわからない。


「一度、戻って世界中にこのことを知らせる。今無策で俺たちが挑む利点はある。あるがそれは復活したてで力の戻りきっていない時だってだけだ。それより戻って知らせるほうが先決だ。俺たちが挑んで負けたら成果はないが、戦力を集めて対策を考えられる方が何百倍になる」


 俺は戦わない選択をとった。

 四人は何も言わずに従ってくれた。

 俺は転移で距離をとった。


 いつも通り、現状を確認した。

 しなければならないことはなんだ?

 自分をこの世界に顕現させた奴らの言うことを邪神が素直に聞くとは思えない。

 ならば儀式を行った奴らの目的は邪神そのもの、ひいては邪神がしたいことなのだろう。

 かつての破壊神アニマと同じなら、破壊になる。


「アークディア、あいつの目的はわかるか?」


 今俺の身内で一番冥界(あっち)に詳しいのはこいつだ。それを利用しなくてどうする。

 アークディアは一呼吸おいて、そのためには冥界の仕組みについて話すことから始めなければならないと言った。


「冥界は二つの権力組織があります。一つは他世界に関連する法律、管理を司る組織です。ミラ様はここの中でも現世から冥界に来ることが決まった死者の魂を管理されていますね。主の知るヘルメス様も、冥界寄りの神ですか。そしてもう一つが冥界そのもの、つまりは中の行政と警備に従事する組織です。二つまとめて冥府と呼んでいます」


 ふむ。じゃあ現世への移動を制限する法律を作るのは前者で、それを守らせているのが後者というわけか。


「あの邪神は厳密には邪神というよりは、その性質が邪神に近いというだけで、創造神と破壊神シヴの間に生まれた神の一柱です。そして冥府でも行政と警備側で現世干渉派の代表ですね。性質として、親の破壊と再生を受け継ぎ、今の失敗作である世界を滅ぼして新たな世界へと生まれ変わらせるべきだと主張しています。その際に立役者となって冥界での発言権を高め、現世の利用を目論んでいるかと」


 これまでは現世にほとんど干渉できなかったから、どうにもできなかったのだという。

 そして今回偶然か、はたまた狙ってかはわからないが召喚されたことでその目的を果たせそうだってことか。

 だんだん事実確認をしていくうちに落ち着いてきた。自分のやりたいこと、そしてやらなければならないことが見えてきた。

 さすがはアークディア。伊達に「知識欲」を前面に押し出す悪魔なだけある。魂だとか、力よりもなにより知識を欲する世捨て人のくせに、いや、こんな奴だからこそそんな細かい政治情勢にも詳しかったのだろう。


 俺たちはこのことを知らせよう。

 最初から何も変わっちゃいない。

 一つ一つ潰していこう。

 そう思ったら気分も少し晴れた。


 清々しい顔で行動に移そうとすると、俺の服が掴まれた。


「ねえ……レイルくんはあの邪神と戦うつもりなんだよね」

「んー、そうだな」

「ねえ、それってレイルくんがしなきゃならないの? レイルくんいつも言ってるじゃん。自分は弱い、他にも強い奴はもっといる、って」


 アイラはぽつりぽつりと確かめるように尋ねた。いや、これは懇願しているのだろう。


「行かなくていいじゃん。他の人に任せたって。わざわざ一番強い相手に挑まなくたってさ、だってあんなの、策とか通じそうにないよ?」


 いつも、いつも俺なら大丈夫と軽いノリでついてきてくれたアイラがこうもはっきりと弱音を吐くのは初めてかもしれない。


「なあ、アイラ。簡単なことだよ。あいつが世界を滅ぼそうっていうなら、戦わなくて負けたら全員死ぬだろ? で、戦って負けても死ぬだろ? 戦って勝つか、逃げて誰かが倒すのを待つか、だよな」


 今から言うことは詭弁だし、それで何かが解決するわけでもない。単なる俺の考えだから、それでアイラが納得してくれるかはわからないけどこれしか言うことがないんだよな。


「じゃあさ、誰かが戦って勝つならそこに俺がいた方が勝率は上がるよな? さすがに長い間冒険してきて、それぐらいの自信はついたんだ」


 足手まといにならないぐらいの自信は、な。

 空間術と、波魔法。どちらも攻撃的ではないにしろ、俺の最強の武器だ。そして相棒とも言える聖剣もある。


「誰かが戦って負けるなら、いつか戦うことになる。その時に"どうしてあの時自分を含めた全戦力で向かわなかったんだろう"って後悔したくないんだよな」


 自分の命さえ天秤にかけた、最も合理的な判断。勝てば生き残り、負ければ死ぬのならば全てをそこにぶち込むべきだ。


「……わかってたよ。レイルくんが間違っていないことぐらい。私が口で、レイルくんに勝てるわけないのに……」


 目を斜め下へと滑らせながら、まだ諦める様子のないアイラを否定する者がいた。


「いいや、それは違うぞアイラ」


 ロウが否定したのは、「俺が間違っていない」の部分だ。


「その通りだ。俺たちが人間という生物である以上、自分もしくは自分というと存在を残そうと考えるのが正しいし、普通だ。俺の能力なら邪神が滅ぼそうとしている世界で死なずに生き残れるかもしれない。もしかしたら何人か助けられるかもしれないしな」


 生き残れば勝ち、ではなく俺の居場所、身内、全てを奪わせなければ勝ち、だ。

 もしも俺たちが蜜蜂のような全体の本能の強い生物だったならば、群れが残れば勝ちなんだろうけど。


「そうね」

「カグヤはどうするんだ?」

「私は行くわ」


 迷いなく答えるカグヤが眩しい。


「知ってるかもしれないけど、私って結構戦闘狂なのよね。この中で一番まともだとは思ってるけど、唯一そこだけは違うわね。ロウと故郷で戦った回数だって通算で三桁を超えるわ。強い相手に挑まれたら面倒くさいとか言いながらも楽しんでる部分もあるのよ」


 空間把握が、波魔法が異様なほどの気配を感じとった。これは魔物の群れだ。

 そうか、邪神の強さに惹かれたのか。

 魔物は強い相手に従おうとする本能がある。知能が高ければ高いほどに、複雑な評価で強く忠誠を誓う。かつてのクラーケンが知能も含めて強さだと言ったように。だが、知能の低い魔物は純粋に力や体格、魔力に存在の次元で従う相手を決める傾向が強い。


 そこに世界最強の存在が現れたら?


 当然のようにそいつに従おうとするだろう。

 森の中や平原、様々なところにいた魔物たちがその同族かも無関係に群れをなしている。

 ゴブリン、オーク、コボルト、大鬼オーガにウルフ系などの雑多な繁殖力の強い大群に混ざってワイバーンなどの下級竜種がいる。


「この先に魔物の群れがいる」


 俺はそう言って空間把握で得た情報をそのまま波魔法でその場に投影した。

 かつてない魔物の群れは先ほどの衝撃に比べるといささか弱い。

 だがそれでも、国一つ滅ぼせそうなほどの大群は異常と言える。


「じゃあこうしようぜ。俺が一人で、この魔法と剣を持って真正面からこいつらを壊滅できたら邪神に挑むのを許してよ」


 俯いていたアイラがハッと顔を上げる。

 しかしすぐに、俺の顔を見て影がさした。


「じゃあ、時間制限もつけて。長い間かけてもいいならレイルくんには転移があるからズルい。だから時間制限つけて」

「いいよ。あまり短いのはダメな」

「うん。今から三時間以内に戦いを始めること。それと、戦い始めてから半日以内。最後に一番大事な約束――――無茶しないで。達成のために怪我なんかしたら許さないから」


 最初の三時間以内は俺じゃなきゃ無理ゲーだ。

 そして半日以内。これはあの魔物たちが人の住む領域に突入するまでの時間だ。戦うってだけなら随分長いが、今見せた魔物に一人で挑むには妥当か。いや、策を練る時間さえ与えないその設定にアイラが誠実に、本気でこの賭けを受けたことがわかる。

 どちらにせよ、あの魔物の群れを一人で倒そうとか言い出す時点で頭がおかしいと言わざるを得ない。数ヶ月前までの俺だったならば。


 できないとか、できないからよかったとか、なんの焦りも余裕も見せないままに俺の身を案じたルール設定をアイラは定めた。

 ならば俺はそれに応えなければならないな。

長くなったので二分割します。

今日中にもう一話投稿するかもしれません。

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