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顕現

 

 俺たちはそこで、世紀最大の悪夢とも言える光景を目の当たりにした。



 ◇


 話を占い師の予言を聞いて俺たちが情報収集に出たところまで遡らせる。


 農業において、最大の生産量を誇るアグリーは平和な国であった。だがアグリーは兵力がまるで足りていなかった。それこそ、魔物の群れが襲うだけで滅びそうなほどに。そして非常に小さな国だった。他の大国とは比べものにならない、それこそ幾つかの村や集落、街と言ったほうがいいような場所だった。人口十万にも満たない、国と名乗っているだけだと揶揄されるほどの小国だったのだ。

 逆にハイカーデンは一次産業に乏しかった。というのも、国は冒険者と兵士を混同しており、他国からの依頼を受けて稼いだ金で家族を養う人間が多かったからだ。

 そう、兵士の訓練には力を入れていたのに、その生活の面倒をほとんどみなかったのだ。


 結果としては、最も距離が近く、そして最も兵士の必要なアグリーが目をつけられていた。

 以前からハイカーデンはアグリーに大量の兵士を常駐させ、その防衛費用として大量の農作物や家畜の肉を送らせていたのだ。


 それはまるで、守るから税を納めろという国家と国民のような歪な関係。両者の間には利害の契約こそあれど、確かに身分差があった。

 

 アグリーも兵力に乏しいからこそ、その案を渋々ではあるが、受け入れていた。

 だんだんと、ハイカーデンの兵士たちは増長するようになっていた。

 守ってやっているんだから偉いはずだ、力のない農民国は作物を納めていればいいんだ。そのように罵倒することも多かったという。


 いつか、いつかなんとかしてやる。

 そんな風にアグリーが余剰の作物で資金をため、着々と力を蓄えていたのも無理もなかった。


 そんな時だった。遠くの国から大量の冒険者がやってきたのは。

 彼らはとある国で、得体の知れない怪物との戦いを終えてきたという。彼らは悲惨な戦いをくぐりぬけ、心身ともに疲れていた。

 素朴な人柄の国民性は、ハイカーデンの傲慢な兵士たちとは違った冒険者たちを暖かく迎え、受け入れた。

 ボロボロで宿屋に止まって、酒を飲んだりしている冒険者たちを責める人はいなかった。時には温かいスープを、時には優しい言葉をかけて世話をしたのだ。

 彼らはそんなアグリーの人々にいつしか心を開き、恩返ししたいと願うようになった。


 彼らがアグリーのために、と冒険者組合のなかったアグリーに自衛組織のような団体を作り、魔物を狩ってきてはアグリーに提供した。

 そして彼らはいつしか、正式に魔物から守るための戦力として雇われるまでになった。

 冒険者としての生活に疲れてしまっていた彼らは、ここでのんびりと過ごすのもいいかもしれないと思っていた。

 戦うことしかできない彼らは、仕事内容はほとんど変わらないが親切にしてくれた人を守る定職ならこちらの方がいいと冒険者をやめてしまったのだ。


 こうして、アグリーは一つの兵団を手に入れた。



 こうなると困ったのが、ハイカーデンである。

 これまでほとんど無理やりに請け負ってきた傭兵業は廃業である。

 かなり多くの兵士たちがその日の稼ぎの手段を失った。


 その多くは、以前からアグリーの人々を見下していた心証の悪い兵士たちであった。

 そんな彼らが素直に場所を変えるわけがなかった。


 ではどうしたか?


 アグリーの人々を襲う盗賊に身をやつしたのだ。

 もともと素行が悪く、腕だけで雇われていたような兵士たちが一斉に盗賊になった弊害は大きかった。

 俺たちが殺した盗賊たちも、こうしたライバルの増加により、近々ヤバイだろうことを肌で感じていたのかもしれない。

 これ幸いと、場所を変えてしまったのだ。


 アグリーとハイカーデンの確執みぞはますます深まることになった。

 アグリーはより頑なにハイカーデンを拒むようになり、ハイカーデンはそんなアグリーが冒険者だけで手が回らなくなって泣きつくのを待った。

 お互いに傍観を決め込んだことで、改善の道は閉ざされ、何より話を聞いた元冒険者たちが憤慨して盗賊退治に本気を出した。


 そしてそれが幾つかの他の国の耳に入ったのだ。

 ハイカーデンは中立の戦争屋。問題は起こさず、兵力を売り買いすることで自身は戦争から逃れてきた。

 だがそれを快く思わない国も多く、これ幸いと元冒険者たちの組織を支援するどころか、防衛のための戦力を貸し与えてしまったのだ。


 こうして確かな戦力を得たアグリーは、ハイカーデンとの一切の交流を断つという形で擬似戦争に踏み切った。

 事実上の経済制裁ひょうろうぜめに、むしろ音をあげて宣戦布告したのが今回の経緯となる。


「はー、だからか。これもあったんだろうな。俺たちが天馬ペガサス部隊に宣戦布告された時も、ガラスでさえも俺たちに恩を売ろうと庇いにこなかったのは」


 今回、裏でアグリーに戦力を貸し与えていたから俺らでなんとかなりそうなのに余計な口を挟んでリスクを負いたくなかったのだろう。

 妙なところで信頼されたものだ。


 そして、流れ込んだ冒険者は擬神との戦いで防衛戦に加わった奴らか。

 武器も、魔法も通じない空飛ぶ敵って俺たちが思っていた以上にみんなの精神を削ってたんだな。


 理由のいくらかが俺たちに関係しているからといって、これといった罪悪感があるわけではなかった。

 どうせそんな歪な共依存はいつか崩壊しただろう。誰が種火になるかの話でしかない。そして、擬神を放置していたらもっとこれは酷くなっただろう。


「で、あれが戦争か」


 高い位置まで回り込んで、俺たちは戦争の状況を視察していた。

 見つかったらスパイだと疑われても仕方ないが、その時はその時だ。そもそも俺たちの警戒をくぐり抜けてこれるのが一介の兵士をやっているとは思えない。


 眼下ではアグリーに援軍として送られた多国籍の混成軍が陣をなしている。

 旗の色や鎧の違いで、どこの国かはわかる。ガラスの他にも、ウィザリアなども援軍を送ったようだ。さすがに魔物重視のヒジリアは送っていないか。


「今回は手だししないんだよね?」

「ああそうだ」


 もしも「する」と答えれば、アイラもスナイパーライフルをもって狙撃してくれるのだろう。

 だが今回はただの野次馬だ。傍観者を決め込もう。


 ぞわぁっ、と軍が動きだす。

 その熱気と迫力、振動は空間把握などがなくとも直に伝わってくるかのようだ。


「どうして人は争うのかしらねー」


 カグヤはアイラから双眼鏡を借りて戦争を眺めている。呑気に哲学的な質問をしてくるあたり、彼女も慣れたなあと思う。


「なぜって」


 両軍が激突した。剣と剣が、魔法と魔法が打ち合う音がする。炎や水が飛び交い、地面が隆起して兵士を襲う。

 やっぱみんな、魔法って直接的にその起きた現象しか扱わないんだな。

 それはまるでゲームの魔法のようだと思う。

 固定された効果を固定されたものとして甘んじ、享受している。

 魔法使いをただの固定砲台としか思っていないんじゃあないだろうか。


「生きるためだろ」


 今、俺はどんな目をしているのだろうか。


 それからしばらく経った。

 お腹が減って、アイラの腕輪から出した料理で昼食をとった。

 まるでピクニックだな、とは思うが事実そうなのだから仕方ない。

 花の代わりに戦争を横目に、サンドイッチらしき食べ物を頬張る。


 この世界のサンドイッチは、ものぐさな魔法使いが魔物と戦いながら食べるために作った、などという逸話があるが真偽のほどは定かではない。


「ん?」


 空間把握に僅かな違和感を覚えて疑問の声をもらした。

 ロウが何があったと尋ねるが、何があるのか俺にもわからなかった。

 なんせ、戦場を一望できるこの距離から万を超える大軍を見ているのだ。

 空間把握を使ってさえ、その詳細まではわからないのだ。


 もぐもぐとほにゃららボアの肉で作ったサンドイッチを食べきると、もう一度戦場を見た。

 今も大量の人間が死んでいる。空間把握を使っていると、某海賊漫画の気配探知みたいに声が消えていく感触がする。いや、あの気配探知を知っているわけじゃあないのであくまで想像だが。


 何かが不自然な気がした。

 ずっと前のことを忘れているような、そんな既視感というかそんな感じだ。


 そしてその違和感は突如としてかき消される。いや、塗りつぶされたのかもしれない。違和感なんか消し飛ぶぐらいに衝撃的な出来事が起こったのだ。


「おい、なんだよ、あれ!?」


 見れば、戦場から白い靄のようなものが立ち込め、その靄のようなものはある場所に向かって集まっていた。


「ちょっと待って……」


 おどろおどろしい気配が辺りに立ち込める。

 誰も見えていないのか……ダメだ、今から何をしようにも間に合わない。というか何を止めていいのかわからない。


 白い靄が黒い気配に染まりながら一つの地点に集約されたときには、ほとんどの兵士たちが死んでいた。

 そして、未だ死んでいない兵士たちまでもが絶命していくのがわかる。


「ヤバイ、あれはダメだ」


 気配に敏感なロウが冷や汗をダラダラと流している。そういうのに鈍いアイラでさえもが真っ青になっている。


 ギギギ、という音が聞こえそうなほどにゆっくりと、戦場に黒い穴があいた。

 まるで空間を切り取ったかのようなその穴からは、邪気をこれでもかというほどにまとった3メートルから4メートルほどの男が現れた。


 巨人族か、それともあれは悪魔か。


 必死に頭の中で検索をかける。

 一つ、記憶の断片にかするような感触があったが、すぐにわからなくなった。

 アークディアを呼び出しておく。


 口からは牙がはえ、目は赤い。

 それだけなら吸血鬼だと思っただろう。

 頭にツノがはえている。それなら獣人だと思ったかもしれない。

 大きな体なら巨人族だと言ったかもしれない。

 鱗があるなら竜か、魚人だと思ったかもしれない。


 いや、違う。


 あれは、もっと濃密で、それでいて次元の違う存在だ。







 その日、世界に邪神が顕現した。

ブックマーク、感想、評価、そして読んでいただきありがとうございます。

いつも励みになっております。


ようやくです。

ばらまいた前フリだか、伏線だかを回収する最終章になってまいりました。

やや説明口調というか、状況説明などが多めになってまいります。


邪神大戦編、始動。

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