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透明の謝罪

 後日、ユナイティアに何台もの馬車と一人の男が到着した。

 到着するなり馬車から大勢の兵士が荷物を下ろしていった。


「で、お前が来たってことかよ」


 俺たちの屋敷、その客室にて緊張した面持ちで座っているのはヒジリアの勇者であるカイだ。無属性、と希少な魔法を持っていながら基本四属性しか使えないカグヤに真正面から惨敗したことぐらいしか覚えていない。

 カイの隣では女騎士がこわごわといった感じで座っている。態度こそ毅然としたものだが、その手は机の下でカイの袖を掴んだままだ。

 ……こんな無粋かつデリカシーのないところまで読めてしまうのが空間把握の嫌なところなのかもしれない。


「ああ。賠償金として白金貨六千枚、そしてヒジリアにて採れた農作物や肉に、特産品の工芸品、魔導具と表向きはこれで勘弁してほしい」


 聞けば、その忠誠も権力も全てを神に捧げるとしているヒジリアは神以外に多大な特別権限を与えるわけにはいかないとのこと。

 しかしながら、聖女が他国の勇者候補、そして英雄かつ代表に襲いかかり、返り討ち。そんな醜聞の罰などといって自国の筆頭聖女を見捨てればそれはそれで国民ないしは教徒からの心証が悪くなりすぎる。

 そんなことへの対処として「全力は尽くしました」と言えるようにできるだけ多くの物資や金を贈ってしまえとのことだろう。


「俺の仲間がすまないことをした。しがらみもあって、即物的なものしか用意できなかったが、これでどうか彼女を許してやってほしい。二度とこんなことがないように、言い聞かせるから」

「あなたたちも相当いい加減」


 仲間のために頭を下げられる。立派なことだ。残念な勇者候補の評価が人間的な方向で俺の中で上方修正された。

 だが隣のお前はダメだ。その目は「カイ殿がここまで言ったのだぞ。許さないとでも言うつもりか?」って目だ。

 そこにアイラも過敏に反応したのかもしれない。


「ほら、ハンナも」


 カイに促されて、女騎士も頭を下げる。

 この屋敷の管理を一手に任している子──レンズがお茶を入れてくれた。


「俺らの屋敷には地下牢があってな。そこに捕らえてある」


 連れてきてくれ、とレンズに言うと、嬉しそうに下へと降りていった。


「じゃ、じゃあ返してくれるのか?!」

「わざわざ物資まで持ってトンボ返りしたくせに解放されるとは思ってなかったのか?」

「いや……」


 妙に歯切れが悪いのは、俺の評判と所業を聞いているからだろう。


「いやー、確かに命は狙われたし、敵にはそんなに容赦しない方なんだけどね? 俺もだいぶ酷い目に遭わせたし、鬱憤は晴らしちゃったというか」


 事実、七人のうち六人が悲惨すぎる最期を迎えている。

 そして唯一残されたセティエも軽く鬱状態にある。

 首輪と手錠をつけられ、虚ろな目のセティエを見ればカイがぶちギレて襲ってくるかもなーなんて思えるほどには。


「まあだから気にすんなよ。結界術相手の模擬戦で、不幸な事故で聖騎士たちは死んだとでも思っときゃあな」


 死人に鞭打つというか、冒涜しきった発言ではある。

 だが結果はともあれ、俺たちは被害者だ。だから悪くない。


「あはは。そうそう、気にしないで。というかレイルを殺したいならあれぐらいしなきゃ無理よ。だからこそレイルも手加減できずにあんな方法で殺しちゃったわけだしね。むしろうちの性格悪いののせいで聖騎士を殺されたばかりか賠償金まで請求しちゃってごめんね? 六人の方にはお悔やみ申し上げるわ」


 カグヤは俺の心配をしろ。

 とここでセティエが連れてこられた。

 俺たちはその瞬間、いつでもカイもセティエもハンナも殺せるように構えていた。ロウは最初から姿を隠してもらっている。この距離で、この立ち位置で俺たちが殺し合いで負けるはずがない。俺たちは何より殺人に特化したパーティーなのだから。


 とそんな警戒にカイは気づく素振りさえなくセティエに駆け寄った。

 セティエはカイの姿を認めると震えだした。


「カイ様……私は……」


 今まで感情のなかったセティエの瞳に涙が浮かぶ。


「いいんだ。なにも言わなくていい。セティエだけでも生きてくれてよかった」


 そういってカイはセティエを抱きしめた。ボロボロと涙がこぼれ、カイの肩にと伝う。それを受けてカイは一層かすれるような声でセティエを慰めた。

 懺悔する聖女に抱きしめる勇者。原因され知らなければ美しい光景である。

 やっぱり腹が立つからとりあえず二人とも殴って転がしちゃダメかな。



 二人が落ち着いたところで、カイは先ほどの「表向きは」の説明をした。


「俺たちはしばらくここに滞在させていただくこととなります。奉仕活動ということになるので、最低限寝る場所と食べる物さえ与えてもらえれば何でもやります」


 その申し出は随分と俺たちへのメリットが少なく、向こうへのメリットが大きいように思われる。

 一つはそれこそ文字通りセティエへの罰としての奉仕活動だろう。

 だがそれ以上に、未熟な勇者候補を多種族入り乱れるこの場所で育成し、なおかつ俺たちの情報を探ろうって魂胆たまか。転んでもタダでは起きないか。

 面倒くさいなあ。と思っていたらカイが前言をあっさりと覆した。


「俺はここであんたらの強さの秘密を探ってこいって言われてる」

「ちょっ、それここで言うのか。んなもんわかってっからわざわざバラさなくても」


 いっそ清々しいな。


「俺なりの誠意だ」

「んなもんドブに捨てちまえ」


 あーあ。これで俺は聞かなかったことにはできない。追い出せばいいだけだが、下手に疑心を煽ると今後いろいろとねじ込まれそうで嫌だ。

 客用の宿泊所の手配をカグヤに頼んだ。







 カイは仕事が終わった、とでもいうように緊張が解けた。

 そして唯一まともに面識のあるカグヤが戻ってきたので話しかけた。


「どういう訓練をしたらカグヤはそんなに強くなれたんだ?」

「簡単よ。レイルに魔法の真髄を聞いて、それをいかに有効活用できるかってことを訓練してただけ」


 カグヤの言葉に隣で聞いていたハンナが食ってかかる。

 彼女の主張としては、剣士が魔法の真髄など極められるわけがない。そもそも未だ理解されていない魔法の真髄などというものは長年魔道士が研究を重ねて感覚的に身につくものだという。

 そして話題に上がった俺に答えを求める目が向いた。


「だからさ、この世界の人間が"魔法を研究する"って言う時はいつも"魔法の結果を観察して"、"どうやって使うか、どうやればどんな結果が出るか"しか見てないんだよな」


 それはつまり、紙を見て「これは記録に使える」とか「燃えやすいから燃料にもなる」などと言って騒いでいるようなもので、「これは植物の繊維からできていて、こんな技術を使っている」と知ろうとしていないのだ。


 例えば炎属性は可燃性物質の集積、熱エネルギーの操作、発火の三つのプロセスで構成されているが、それらを三つ同時に漠然とイメージだけで発動させようとするから炎属性は派手なだけの攻撃魔法や火をつけるだけの生活魔法に成り下がる。せいぜいが上達すればプラズマを動かす"炎の操作"ができるにすぎない。

 これらを理解すれば、風魔法にも通じるし、氷魔法にもなる。燃料があるなら発火させるだけの集中で発動できる。つまりは効率も違えば発動に必要とされる魔力操作や想像力のレベルも格段に下がる。

 俺は波魔法は器用でこそあるものの、大軍を光魔法で殲滅、などという高出力の大魔法は使えなかったりする。理論だけなら訓練すればできるのかもしれないけど。

 そんなわけで、才能と幼少期からの訓練、そして俺の教えた物理法則、つまりは個々の現象に対する理解は魔法の力を著しく底上げしていたのだ。

 いくら無属性の威力が低いとはいえ、他の魔道士よりも出力の高いカイの魔法を正面からぶっ潰せるほどには。


「ふーん。それにしても、今代の召喚勇者、ねえ」


 そもそも召喚された時にヒジリアとか最低だよな。俺はギャクラに生まれて良かったよ。

 物理法則とか現代日本で習ってきたくせに魔法にロクな応用が見られないなんて。よほど凝り固まった魔法教育でもされたに違いない。

 しみじみと言った俺の気持ちを理解できるはずもないカイは頭上に疑問符を浮かべながら言葉を待った。


「日本語喋って黒髪黒目、そのあっさりとした童顔は日本人なんだろ。どうなんだ? 向こうでは今何年なんだ? ……あー、向こうのジャンキーな食いもんが懐かしいな。お前、マヨラーとかで調味料持ち歩いてたりしねえの? ポテチやカップラーメンでもいいよ。持ってたら譲ってよ。金は払う」


「は?」

「つーかお前もダメダメだよな。無属性とか厨二チートもらっといて支援にしかならないとか。魔力無限とかなんねえの」

「チートとか厨二とかって、まさか……」

「お察しの通り、同郷からの転生者だ」


 冷静なアイラと動揺しすぎてお茶をこぼしたハンナが対照的だった。



 そこからは質問攻めだった。

 とはいえ、答えられる質問は限られているし、語るほどのことがあるわけでもない。

 むしろ途中から俺の方からの質問が増えた。

 意外だったのは今の日本が全然変わっていないことだ。そう言えば以前、向こうの世界とこちらの世界では時間の流れが違うと聞いたことがあった気がする。十倍以上もこちらの流れが速いのだったか?


「それにしても空間術か……いいよな」

「何言ってんだよ。お前の無属性の方が特別じゃねえか。それにお前の無属性で瞬間移動ができるんだろう?」


 と向こうにある馬車を指し示した。

 するとカイは観念したように頷く。だが空間転移だけだから、と謙遜した。

 空間術は空間転移以外にもいろいろできるからひとえにどちらが、とは言わない。

 まあそれでもカグヤしかり、カイしかり万能な能力とはいいものだ。

 俺の波魔法だって一属性で他の数属性に匹敵する汎用性ではあるが、無属性や四属性には負けると思っている。


 ああ、いつのまにかのせられていたな。同郷ということで少し口が軽くなったか。

 まあいい。肝心なことは全然喋ってないし。そもそも魔法そのものの威力なんてこれまでの旅で活躍した覚えがない。それこそ「どう使うか」がカギだったし、そんなものは一朝一夕で盗めるものでも、人に説明できるものでもない。


 そして転生者であることをバラしたおかげで、不審な部分全てをそれのおかげのように錯覚させて誤魔化せた。


 さて、どうやって使い尽くしてやろうか。魔物の狩りや防衛程度には役立ってもらうか。

レイル「レイルと」

アイラ「アイラの」

二人「発明コーナー!」

レイル「さて。本日紹介いたしまのはこちら。石英」

アイラ「石英をどうするの?」

レイル「そういうと思って、こちらに完成品を用意しました!」

アイラ「なにこれ、ガラス?」

レイル「そう、ガラスです。石英の主成分はSiO2といってガラスになるんですね。カグヤの地属性魔法、結合操作で作ってもらいました。そう、地属性が地味だとか言ってるあなた!これであなたも大金持ち!」

アイラ「ただのガラスじゃん」

レイル「ただの、じゃないんだ。石英ガラスは純度が高く、熱膨張も少ない。ヒーローに「熱膨張って知ってるか?」なんて言わせない!」

アイラ「ガラスなら買えばいいよね? 砂の中から神様の涙集めてまで作る価値あるかなあ」

レイル「い、いいんだよ、作りたかったんだから(泣)」


私の幼少期、周囲は砂の中の石英粒のことを神様の涙と呼んでいましたが、あれって一般名称なんでしょうかね。

レイルは子供たちが自由時間に集めた石英をプレゼントされたので、どうにか綺麗な状態で保管したいと思った苦肉の策がこれのようです。

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