ヒジリアの会談
よく物語の中で、片手で振り回している武器を「この武器は○tだ!」などという描写があって、それってどんな金属使えばそうなるんだよと友達と話していると、「タングステンを使えば?」と言われて計算してみると1立方メートルぐらいならば水トン超え、タングステンに至ってはその19倍ほどするという事実に驚愕しました。
フロイト曰く、機知とは悪意のないものと人に向けられた攻撃に分かれるという。
もしもそれが本当ならば、ジェンヌはどちらなのだろうか。それに合わせて言うならば悪意のない攻撃だろうか。そんな分類があるのだろうか。
あれが攻撃だとするならどこまでも優しい攻撃である。俺の悪意のある攻撃とはえらい違いだ。
結局のところ、人を貶めるよりも自分を高めることに心血を注げばあのようになるのか。いや、俺は努力はしてきた。それでも性格が歪んでいるのは元々なのだろう。
◇
ヒジリアの上層部は騒がしかった。
とある手紙が届けられたことで、急遽国の権力者たちを集めた会議が開かれたからに他ならない。
中でも最高権力者、十二人の聖人と呼ばれる人間と、彼らをまとめる役の法皇がいる。彼らとて、全てを自分たちだけで決めることはできない。
「あの勇者から手紙が届いたというのは本当か」
法皇の重苦しい問いかけに、聖人の一人が頷く。
会議はさらなる憂鬱に包まれた。
「ああ。聖女セティエが襲撃してきたので周りの聖騎士は殺し、今はセティエだけを捕らえているそうだ。ご丁寧に以前の戦争を煽って勃発させたことへの嫌味を添えて、な」
以前、ギャクラにいた信者の貴族を唆して謀反させたことがある。
偶然にも魔族の貴族軍がやってきていて、何故か制圧してしまったおかげでギャクラは何の痛手もなく終わったが。
元々、ヒジリアとギャクラは仲がわるい。金第一至上主義のギャクラは魔物の討伐や魔族との戦争も金儲けの一端ほどにしか思っていないふしがある。
一方、ヒジリアでは魔族や魔物をより多く殺すことが神の意向に沿うものだとしている。
この間の建国記念祭などとふざけた催しでも、長年の悲願にして怨敵魔王が二人とも無防備にいたことで聖騎士が殺気立っていた。
魔王がいると思わなかったヒジリアは言いつけ通り最低限の数しか連れてきていなかったので、魔王とやりあうには心もとなかったのもある。
せっかく勇者候補の召喚に成功したのだ。未熟なうちに無謀に挑んで戦力を減らすのはまずい話だった。
とここまでの情勢もあいまって、ヒジリアの面々は勇者候補レイル・グレイに良い感情はなかった。
「……セティエ殿は国一番の結界術士。しかも内密に連れ出したのは彼女に忠誠を誓った手練れの聖騎士六人。それを足手まといを抱えた勇者候補風情が撃退したというのか」
驚きの嘆息が静かな室内ではやけに大きく聞こえる。
間を見計らって飲み物が配られた。
「筆頭聖女ともあろうものが他国の勇者候補と王族を襲ったともあれば醜聞は免れませんかな」
だが彼らも一方的に彼女を責めることはできないのだ。
魔王と仲良くし、下賤な部下を持ち、領主の真似事をしながら卑怯な方法で武功をあげて名を高めたエセ勇者。勇者候補という名さえ呼びたくないというのが彼らの評価だった。それほどまでに彼ら自身、勇者候補レイル・グレイを苦々しく思っていた。
もしも事前に許可を求めてきたのであればさらに人員を投入して許可していたかもしれない。
「あの場所は、危険だ」
建国記念祭にて視察を任せられた貴族がその部下からの報告を受けた感想がこれだ。
「数人の実力者がか? 否。じゃああの教育水準がか? 否だ」
この世界の教育水準は国によって差があれど、高いギャクラやヒジリアでさえレイルの前世における小学校卒業程度だ。
全ての人間が中学卒業程度までの教養を兼ね備えているのは確かに異常なのだ。つまりは国で働く文官レベルがゴロゴロと使用人にいるような国である。
だが発言者はそれら全てを一蹴した。
「あの国の恐怖は歪な支配体制にある」
彼は言った。
あの国は国ではない。レイルを象徴とした一つの組織である、と。
レイル・グレイは自分がいなくともやっていけるだけの制度を整えようとしたが、その意図にかかわらず荒地を居場所へ変えたレイルのことを国民は一人残らず崇拝していた。
高い教育水準も、彼ら自身の戦闘力も恐怖の対象ではない。
そういったものを作ろうという発想が脅威だというのだ。
「話にならんな」
男の一人が発言した。
「自己保身と国のことばかり考えている。セティエが攫われたのだぞ! 私の娘が!」
そう。彼はセティエの父親であった。
セティエが父の権威を利用して聖女たる肩書きを、そして勇者の側付きという立場を得たのと同じく、彼もまた聖女の父親という身分を利用して今はヒジリアでも有数の貴族だ。
もちろん、国の最高権力が集まるこの場にいるのは父親という当事者であるからでしかないのだが。
堅物で品行方正と言われる彼も娘のこととなると感情を見せた。
そん彼を末席の男が揶揄した。
「"治癒"に"結界"ともなると必死ですね。妾の子が役に立ってよかったじゃあないですか」
粘つくようないやらしい表現にセティエの父はますます怒気を強めた。
「勘違いなさるな。我々の言い含めも無視して独断専行、あの化け物に突撃したのは貴殿の娘だ。我々がその尻拭いに苦情をいいこそすれ、非難される謂れはない」
「ならいい! 私がうって出よう。軍の指揮権を! 聖騎士部隊で国ごと叩き潰してくれよう!」
そういって立ち上がった。
この親あっての娘か、と呆れたような視線に居心地の悪さが増す。
そんな時、会議室の扉が大仰に開かれた。
薄暗い部屋にさす外からの光と、突然の来訪者に部屋の権力者たちは一斉に扉を見た。
「セティエがレイル・グレイに捕まったとは本当ですか!」
それはヒジリアによって召喚された異世界の勇者、カイであった。
「ふん。貴様を信じて我が娘を託したというのに。失望したぞ。守りきることもできなかったとはな」
何故目を離した。言外にそう言うセティエの父、バルゴ・ガイアスにカイは押し黙った。
彼が悪くないことは誰の目にも明らかなのだが、夢見がちな年頃の青年としては大切な少女一人守れなかった無力感を今も噛み締めており、当然言い返すことはできなかった。
「今私に許可さえ出していただければ取り返して見せましょう」
「待ってください、ガイアス卿! それではヒジリアとユナイティアの総力戦になります。セティエはそんなこと望んでいません!」
「貴様に何がわかる。あの子の孤独が、生み望んで親からの愛を受け入れるだけの力がなかった哀れな娘の嘆きが」
コン、と机を叩く音がした。
それはだんだんと熱を増していく、セティエに近しい者同士の口論を妨げるための合図であった。
まとめ役、つまりは判断を下す法皇が口を開いた。
「セティエは優秀な聖女だった。その結界を破るにはそれ以上の攻撃をぶつけるか、中のセティエに解除させるほどの出来事がなければいけないと言われるほどにな。結界の力は聖騎士全員でかかっても壊せなかった。そして彼女は戦闘において馬鹿ではない。敵とみなした相手に万全を期して挑んだ」
淡々とセティエの能力と性格からくる予想を述べていく。そしてそのほとんどは正解であった。
「なのに、だ。現在彼女以外の聖騎士は全員殺害され、何より防御に特化した聖女が囚われている」
レイル・グレイは中の聖女を揺るがすほどのことをしてのけたか、圧倒的な攻撃手段を持っていると考えなければならない、と締めくくった。
「ここで無策に突っ込むのは人質である聖女を危険に晒す行為だ。幸いあの邪悪すぎる勇者候補は打算のある話し合いが通じる」
よって却下だ、とガイアスに告げた。
今も娘が辱められているかもしれないというのに、ここでのんびりと相手が解放してくれるのを待つことなど正気の沙汰ではないとガイアスは思った。
「もういい」
彼は予め懐に忍ばせていた手紙を机の上に置いた。
そして立ち上がり、おもむろに退室しようとする。
その行動を不審に思った法皇が手紙を広げた。
そこに書かれていた内容に驚き、ガイアスを止めるが、すでに彼は見えない。
こうしてこの日、一人の貴族が私兵と部下と財産を持って、ヒジリアから姿を消した。
カグヤ「見てよ、レイル。私もとうとうアイラの弾丸作りに魔法で貢献できるようになったのよ」
レイル「おお、凄いな。これで鍛治場を借りなくとも弾が作り放題だな。ところでカグヤってその刀よく持つよな。聖剣とかでもないのにどうして今まで持ったんだ?」
カグヤ「実は……ロウに時術で血で濡れるたびに戻してもらってるのよね。いや、ね、私たちって怪我しないじゃない。だから時間巻き戻しの練習も必要だとか言ってその言葉に甘えちゃってズルズルと」
レイル「ま、いいんじゃね? それでも手入れを欠かしていないんだし。俺みたいに適当に洗って乾かしてなんて服みたいな扱いするよりずっといい」
カグヤ「私はあんたのその扱いでもつ聖剣の方が理不尽だと思うわよ」




