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聖女の襲撃

聖女の過去回想のせいで、やたらと長くなって戦闘が一回で終わりませんでしたね。

 レイルを襲った聖女の名はセティエという。父親がヒジリアの司祭で、貴族である。そして母親が妾、つまりは彼女自身は妾腹である。

 妾腹ということで、第三者からの扱いや身分としては立場が低かった。父親に出会ったのは七歳の時のことであった。

 セティエの母親は少しおかしな人間であった。彼女が生きていけたのは幸運と、境遇と、そしてほんの少しの生への執着のおかげであった。

 ここまではどこまでもありふれた悲劇であった。

 彼女がその人格を歪ませたのは、皮肉にも不幸ではなく幸福の部分であった。

 彼女の父親は彼女を決してぞんざいには扱わなかった。自分の子供の一人として愛情を注ぎ、慈しみ育てた。

 病弱であった母親が死んでからその母親の面影を求めるようにますます父親は彼女を溺愛した。


 いつしか彼女はその心の在り方から時術と結界術の才能を開花させた。

 彼女の世界は一変した。時術も結界術も使い手は希少であり、それらが使えることを信心の象徴のように考える風潮がヒジリアにはあったからだ。

 しかし彼女は頑なにその心を開こうとはしなかった。

 確かに誰にでも優しく、慈愛を持って接し、微笑みかけるだけならば完璧だった。

 だが心のどこかで一線を引いて、見えない壁で自分の周囲を覆っていた。

 彼女の適性である時術で彼女の時間だけが止まっているかのように。

 彼女の結界術で彼女の周りだけ結界があるかのように。


 そんな壁を壊した二人目の人間がカイであった。

 ヒジリアで空間術、魂魄術、時間術、結界術の複合古代儀式である召喚の儀を行って出てきたのは冴えない少年であった。

 決して逞しいとは言えない体躯、黒髪黒目にやや幼さの残る顔立ちの彼は何のしがらみもなくセティエに手を差し伸べた。

 セティエは自分が聖女であることを自覚し、そして感謝した。


 いるのが当たり前になっていた父親とは違い、初めて失う可能性のある色づいた存在を認識したのだ。

 そして父親さえもがいつかはいなくなることを恐れた。

 初めて神を信じ、祈った。


 二人の役に立ちたい。


 その願いは決して対立するものではなかったが、綺麗なままで両立させるにはあまりに複雑で困難なものであった。


 そして迷った。


 大切な人のために何かしたい。

 邪魔者は排除したい。

 父が望むヒジリアの安寧を。

 カイが望む世界の平和を。

 全てを手に入れるには無力であった。


 ならば。

 どれかを選ぶか、合理性を求めなければならないのならば。

 切り替えればいいのだ。

 自分と自分を切り離し、分断し、区別し、切り替えればきっと助けられる。

 大丈夫だ。人を助けたいと思う自分も、邪魔者を消したいと思う自分。どちらも同じ判断を下していて、それを実行する人格と止める人格があればいいのだ。


 そうして彼女は分裂した。

 

 レイル・グレイは危険だ。

 前々から武勇伝を聞いていた。

 大型の魔物を軽々と狩ってくる少年であるとか。深い智謀と先見の才で国を救ったとか。母国では幾つかの発明品を生み出し巨万の富を隠し持つだとか。魔族と人間の友好の架け橋であるとか。

 そして同時に劣悪な人間だという噂も聞いていた。

 打算と欲望に満ちており、平気で人を救ったり救わなかったりするだとか、周囲には少女を侍らしているなどと。人を傷つけることを喜ぶとか、他の勇者候補を潰しているなどという噂もあった。


 彼女がはっきりとレイルが危険であると認識したのはユナイティアでの行動を見ていてだ。

 勇者候補と名乗りながら、卑怯な手口で敵を滅ぼし自分のことしか考えていない勇者候補。あまつさえ、魔王と親しくしていたのだ。

 レイルのことをセティエはそんな風に思っていた。

 そして排除しようと決意したのはカイがカグヤに敗北してからだ。


(ヒジリアにも、ひいてはお父様にも、そしてカイ様にも有害でしかありません。最強の勇者はカイ様だけです。魔族は敵です。親しくなんてしなくていいのです)


 そしてカイに「することがある」とだけ告げて先に帰ってもらった。

 ユナイティアから離れ、お得意の権力も口も通じない状況下で叩き潰すために。

 偶然にも足手まといを抱えていたので、成功率は跳ね上がったと喜んでいた。

 セティエに、いや聖女に個人的な忠誠を誓う聖騎士六人がセティエに付き従っている。


「レイル・グレイ。あなたを危険人物として討伐しにきました」


 こうして今に至る。


 もっともレイルはそういった敵の過去には興味が無い。

 彼女が泣いて命乞いをすれば嬉々として奴隷化したり、ヒジリアの脅迫材料にしようとするのが彼である。

 故に物語にもレイルにも何の関係のない話であった。






 ◇


 俺が戦っている間に馬車を人質に取られるのも嫌だし、魔物に襲われても面白くない。

 ローマニアの騎士には悪いが、彼らは戦力として数えない方がいいだろう。向こうが揃えてきたのは聖騎士。波属性の光魔法で剣戟を強化した集団だ。俺のが聖剣だからこそまともに打ちあえる自信があるが、普通の剣で戦えばすぐに折られる可能性がある。丈夫なだけの聖剣万歳。それに空間魔法は本来一人か軍団向きなのだ。

 魔物の集団に強いカグヤとアイラ、そして騎士との対人戦よりもこういう時を狙ってくる奴の方が得意なロウを残して一人馬車の外に出た。


 俺は前方に立ちはだかる聖女様に見覚えがあった。

 カグヤと戦ったカイとかいう同郷人の付き添いでいた人だったと思う。

 少し自信がないのは、その雰囲気がまるで違ったからだ。

 まあ誰もが仮面を被って生きることが当たり前であるから、多少豹変したところで驚くことでもないか。


「これはこれは。ヒジリアのセティエさんでは?」


 俺は招待した人間とその関係者の名前はだいたい覚えている。

 それこそ兵士みたいに名簿云々がない人間でもなければ、つまりは聖女なんて称号にある女性を覚えていないわけがないのだ。

 ちなみにヒジリアでは聖女というのは称号であると同時に階位や職業として成立している。

 聖女という役職は儀礼行事か勇者などの重要人物の付き添いなどに起用される特殊な術式の使い手の女性全般を指す。

 全般、とはいえそこまで人数が多いわけでもなく、本当に称号として与えられるのは二、三人ほどしかいないのだとか。


「いえ。それは私の双子の姉でしょう。今の私はレティエ。セティエとは違います。姉ほど生易しくはないので」


 底冷えのするような目で言った。

 まるで俺を虫けらや家畜のように見ている。

 一部に需要がありそうだが、俺はどうにも思わない。

 いや、問題はそこではない。

 今回のヒジリアの訪問者の中には聖女は一人しかいなかったし、レティエなどという名前もなかった。

 つまり彼女はセティエで、それをしらを切っているか……そうか、そういうことか。


「二重人格、か」


 俺の推測は当たっていたようで、「そうですね。肉体は同じです」と返した。自覚はあるんだな。記憶は共有していても、行動だけが異なるというわけか。

 しかし判断基準もブレてはいないようだ。

 つまり性格・・よりは行動の結果(・・・・・)を切り替えているのか。

 あの時見た聖女様とやらは虫も殺さないような人間に見えたし、そういう人間として認識されていた。

 しかし解離性同一性障害や多重人格障害なんて、ストレスのかかる過酷な環境下でなるって聞いたことがある気がするんだがな。

 今やヒジリア最高の聖女などと名高い彼女が、どんな悲惨な人生を送ってきたんだか。


 まあ、どうでもいいことか。


「へえ。ヒジリアは俺を神敵認定でもしたのかな?」

「いえ。これは私の独断です」


 さすがにここで言質がとれるほど馬鹿じゃないか。

 それに彼女は「合理性」を求めた人格みたいだし、おそらく俺の言葉に耳など貸さないだろう。

 そしてこうもべらべらと喋るということは、ここにいる関係者全員をまとめて殺す気なのだろう。


「そいつらがあんたの飼い犬?」


 セティ……いやレティエを挑発するつもりだったが、のったのは飼い犬と言われた聖騎士たちであった。


「我々はセティエ様であろうとレティエ様であろうと関係なく付き従うと決めた彼女の騎士だ! それをよりによって飼い犬とは!」


 どっちでもいい。もうこいつらは敵でしかないのだ。

 俺は聖騎士が激昂した瞬間に不意打ちで聖女の後ろに回り込み、首を刎ねようとした。

 しかし空間転移が阻害され、大きく弾き飛ばされた。

 足で踏ん張ったせいで、草原がえぐれて土肌が露出した。


「厄介だな」


 おそらくは結界術だろう。

 対物理と対魔術を両方組んでいる。

 見れば聖女を囲むように聖騎士が配置して剣を縦に持っている。

 そうか、あれが媒体になって強化しているのか。


「あなたは私を攻撃できない」


 だが、と後に続いたのは魔法の攻撃であった。

 聖騎士たちがその剣を構えると、光が剣身となって伸びて俺の元まで届こうとした。

 しかし伸びようが光だろうが直線が横からくるのに逃げられないわけはない。

 だが避ければ後ろを巻き込むだろうから、しょうがなく正面から真面目に取り組んで解体した。


 たかが光だ。


 アイラに借り受けた腕輪の権限を利用し、アイテムボックスから鏡を出した。

 襲いくる光の剣を鏡と波魔法でちょいちょいと弄くれば空気に散乱して消える。


 剣を空間転移させて攻撃を試みるも、ガンガンと激しい音がするばかりで結界に綻びがでる気配はない。


 そう。空間術は応用幅が広い分、弱点もあれば、威力も足りないと言われる。

 もちろん一定以下の生物に対してはこれより強い武器はない。

 それを説明するには魔法や魔力の説明からすることになる。

 本来の魔力というのは体力を変換したエネルギーであり、その量自体はごく僅かだ。

 それでも個人によって魔法の威力に大きく差が出るのは、魔力が貯蓄できるという性質にある。

 魔力の扱いに長け、そして存在としての格が高い生物というのはその身にゆっくりと魔力を貯めることができるのだ。

 そういう相手は魔法や術式で干渉することが難しくなり、結果としてバジリスクのように空間術が効かないなどということもある。


 そして今回などは本当にやりにくい。

 こうした開かれた空間で、結界をガチガチに固められると単なる消耗戦になりかねない。

 今も結界の向こうからは俺を狙い撃ちできるが、俺の攻撃は相手に届かない。

 空間把握と波魔法のおかげで、先ほどから乱舞する魔法の雨嵐をなんとか防げてはいるが。


 なんともやりにくい相手だし、相手もその勝算をもって俺を襲撃したのだろう。

 アイラの波状弾幕で消耗戦で戦うのも悪くはないが、それまで持ち堪えるのも大変だ。

 先ほどから波魔法で音や光といった防ぎにくい魔法で攻撃しているが、魔力で干渉を受けたものは何であろうと通さないらしい。


「大丈夫ー!?」

「もし大変だったら誰か応援に寄越すわよ!」

「まあ俺がいなくてもなんとかなるだろ」


 三人が心配の声援をかけてくれた。


「うーん。どうしようか」


 波魔法で防ぐのがめんどくさくなってデフォルトで反射に設定した。

 どこぞのベクトル操作みたいだなんて浪漫溢れることを思いながらの行動は攻めあぐねている敵方にも苛立ちを与えた。


「我ら六人が揃って倒せないとは」


「本当。悪魔じみた強さね」


 いやいや。窮地に追い込まれているのは俺の方ですし。

 何を被害者がこれから覚醒しますの前フリみたいなことを言っているのやら。

 俺は手に魔力を集めて、後ろに待つ仲間たちを確認した。

 そして高らかに宣言したのだ。


「退却しよっかな。転移!」


 なんだと!?などと慌て騒ぐ彼らを無視して、俺は唐突に彼らの目の前から姿を消した。

やはり相手がやたらと強いですね。

負けることはなくとも、まともに勝てないこともあるのですよ。


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