護衛依頼
俺たち四人には屋敷が与えられている。俺たちに与えられたのは、当然のごとくユナイティアで最も大きな屋敷だった。部屋が四つあって、それぞれに個室が与えられている。
しかし自分の個室で一人でいる時間は圧倒的に少ない。寝る時でさえ、同じ部屋で寝ることがあり、総合すれば誰かといる時間の方が圧倒的に多い。
今日も今日とて、アイラは俺の部屋でくつろいでいた。
そんなアイラが珍しく楽しげであった。
何があったのかと聞いてみると、銀色の腕輪を指し示した。
「キノさんがね、この腕輪の新機能を教えてくれたの」
装飾は綺麗であるが、やや無骨なそれはゲームなどで言うところのアイテムボックスである。今でさえもその機能を知れば各国が目の色を変えて飛びつきそうなそれは、アイラも俺もまだ子供だったころにもらったものだ。
中には大量の食料、水、薬、毒などの消費物や金属や魔物の素材などといった材料、そして換金可能な宝石や金そのものなどと、倉庫と財布を合わせたようなラインナップとなっている。
「前にレイルくんに簡易使用許可みたいなの出したでしょ? それの上位互換みたいな機能があるんだって。権限の一部を四桁の数字と指紋認証で譲渡できるんだって。そのためのちっちゃい腕輪がこれ」
そういうと、アイラの腕輪よりも細い腕輪を取り出した。
十個ぐらいあるので、俺に一つ、カグヤとロウにも渡すつもりらしい。
「みんなには私とほぼ同じぐらい渡しておくね。正確には中のもの全部の出し入れが自由。体積指定で貸すこともできるんだって」
「ああ。じゃあシンヤに倉庫十個分ぐらい貸しておけるか? 中には穀物とか金とか保管物を入れておけばいいから」
「わかった」
ますます万能化してやがる。
待てよ。これを使えば遠距離で物体のやりとりができるんじゃないか?
例えば部下二人に同じ空間を移譲して、片方が入れたらもう片方が取り出せるようにしたら。
だから嬉しそうに持ち物整理をしていたわけか。
アイラが顔を上げた。
「あっ」
屋敷の呼び鈴が鳴った。
今現在、屋敷にいるのは俺とアイラなので、必然的に出るのは俺となる。
俺たちを訪ねたのは、先日にユナイティアを旅立ったローマニア代表一行であった。
ローマニア。どこかが非常に豊かというわけではないが、現在は比較的安定している国だという。ガラスの南東、ユナイティアの遥か西にある小さな国だ。小さな、とはいえユナイティアよりは大きい。
「どうかされましたか?」
恰幅の良い王は王冠というよりは帽子のようなものをつけていて、袖にはひだがある。
隣に妻と控える二人の従者、後ろには十人ほどの兵士が直立していた。
「いやはや。ここをしばらく行った先の道が塞がっていましてな。その場合遠回りをせねばならなくなりまして……」
横で聞いていたアイラが口を挟んだ。
「それってプバグフェア鉱山の横の道じゃない?」
「ああ、あそこか」
おそらくローマニアの近くの転移門と繋がる場所を思い出していたのだろう。
アイラに先を越されて、俺もその場所に思い至る。
ローマニア国王、ハル・アラシードは肯定の意を示した。
「レイル様はここの統治者であると同時に、冒険者で、勇者候補でもあるのでしょう? もしよろしければ、護衛を頼んでも、と思いましてな。アラシード五世の名において、指名依頼という形にさせていただこうかと」
側近の一人が丁寧な物腰で俺に頼んできた。
プバグフェア鉱山周辺の魔物ならば、それこそバジリスクでも出ない限りは楽勝である。さほど問題はないと思える。
「もちろん、勇者候補であると同時に、ここの代表でもあるレイル殿には十分に断る権利があります」
「いや、受けましょう。確認します。護衛、でよろしいのですね? 転移門……いや、国までですか。そこに到着するまでの身の安全を保証すれば」
「ええ」
不自然な提案ではある。
しかし、何かしらの思惑があるならそれごと叩き潰して利用すればいい。
ただ、試すような目つきだけは気に入らないが、俺は俺を利用しようとする相手には寛容なのだ。
◇
カグヤ、ロウ、俺にアイラ。
このメンバーは不動の四人で、それこそいつ抜けても構わないようにユナイティアはできている。
俺たちは学校で馬術の授業をとっていないので、馬車に並走するか中で寛ぐことになる。
前世の車を知る俺からすると、寛ぐという言葉からは程遠い。
とはいえ、馬車の速度は歩く速さより少し速いぐらいから、走る速度ぐらいである。
そんなものに並走し続けるのもどうかということで、護衛用の馬車と、王族用の馬車とに分かれて移動するのだ。前方を護衛馬車が行き、その後方を王用の馬車がついて行く形になる。
護衛用。つまりは俺たち四人以外にも、兵士と側付きの人が同じ馬車にいるということでもある。
御者を入れて十人。つまりは何人かの騎士が交代で外を歩いている。
馬車と外を歩く騎士には魔導具が渡されており、さほど支障はないようだ。
ロウとカグヤは目を瞑っている。眠っているわけではなく、耳に神経を集中させているのだ。
俺は音に関する部分は二人に任せて、空間把握でのみ護衛を行っていられた。周囲500mほどに敵がいないかだけを探知している。
「噂はかねがねお聞きしております」
目の前にいた側付きの女騎士がそんなことを言った。金髪のおさげが肩より少し下まで届いている。立派な鎧をつけていて、先ほどまで王の側にいた騎士のようだ。
突然のことに、それが俺のことだとかわかるまでにコンマ数秒がかかった。
「噂だなんて。あまりよろしいものでもないだろうに」
俺は自虐的に笑って言った。
近くにいる魔物を空間転移と空喰らいで蹴散らす。
「いえ、ご武功の数々。数多の種族との交遊に、先ほどからの受け答えから見せる智謀、あの場所を取り仕切るだけの手腕までとは。天は二物を与えずとは貴方には通じないのでしょう。私などまだまだ若輩者で、他の隊長などに比べればまだまだ弱いです」
なるほど。至極真面目でお堅い人間であるらしい。言葉遣いから感じられる堅物具合から察するに、おそらくここは居心地が悪かろう。
「そんな。敬語なんて使わなくても。今は依頼者と冒険者。気楽に、な。それに……謙遜すんなよ」
「鎧をつけているってことと、ここにいるってことは王族じゃあない。だが単純な腕っ節ではそこらの兵士からずば抜けているわけでもない。それでもあんたの地位は随分高いように見えたぞ。少なくとも今、王族用の馬車に乗せられている側近の奴よりは、な」
単純な観察の結果からくる推測をベラベラと続ける。
「ならあんたは違うところで活躍していると見るべきだ。俺と一緒に乗せられたところと、その性格から察するに……軍を率いる統率型の勇者候補じゃねえのか?」
彼女は驚いたように目を見開く。
そしてその目が細められたかと思うと、諦めたようにため息をついた。
「……ええ。申し遅れました。私、ジェンヌ・バラドと言います。ローマニアにて勇者候補の一人に名を連ねさせていただいております」
それからジェンヌはぽそぽそと勇者候補になった経緯などを話した。
非道な父親の汚名を返上するがためにやってきたことや、大した実力もないのに祭り上げられる不安、それでも今の地位で頑張ろうと思っていることなど。
そしてあの王が俺を護衛につけてジェンヌと同席させた理由の一つが解けた。
彼女の重荷が取りのぞけるのは、同じ勇者候補である俺がいいと思ったのだろう。
そんな時、ガタンと馬車が大きく揺れた。急停止したようだ。
俺の膝をまくらに寝ていたアイラが起きて銃を取り出した。
「何があった!」
御者の男に尋ねた。それと同時に空間把握を500mから1000mにまで広げる。
元の圏内よりも少し離れたところに数人の人間がいたのだ。
「わかりません。ただ、前方に人が立ち塞がっています」
冷静すぎる兵士を不穏に思いながらも、空間把握でその正体を探りつつ外に出た。
確かに六人ほどの人がいる。どいつもこいつも全身を鎧に包み、立派な剣を構えている。いや、一人だけ随分と違った服装の奴がいる。
銀色の長い髪と白い薄い服を重ねた格好が見事なアンバランスさを際立たせており、琥珀色の瞳がこちらを強烈な意思の元に睨んでいる。
水色の装飾品と、手に持っているのは黒い長い杖からなんとなくではあるがどんな戦闘スタイルかはわかる。
彼女の口が小さく開く。凛とした声がこちらまで届くのは魔法を併用しているのか。
「レイル・グレイ。あなたを危険人物として討伐しにきました」
ヒジリアの差し金だろうか。
同時掲載していた「小説家になろうを味わう」は完結しております。
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