再び出会う
またあの男が
そしてカグヤの元に現れたのは……
歴代最高峰の知略家の魔王とさえ言われるグラン。その辣腕ぶりは取り潰された悪徳貴族の魔族や整えられた国民の生活が示している。双子が王になってからは犯罪件数が一割減、年間死亡者数もかくんと下がったという話を聞いた。
そんな彼らが王になって未だ十年も経っていない。新しい王同士通じるものがあるのか、魔王グランと海底の王オークスは俺抜きにしても仲良くなっていた。仲良きことは美しきかな。自分の好きな人同士は必ず仲良くなるとまで幻想は抱いていないが、こうして仲良くなるのをみると嬉しい気持ちもある。
「けっ。相変わらずジジくさい澱んだ目をしてるんだな」
レオナに案内されていつもに増して不満げなレオンがやってきた。おまけに暴言付きである。レオンってこんなに口悪かったっけ。
「おう。よく来てくれたな! これでようやく軌道に乗ったことを示せそうだ。貿易が盛んになればなんとかやっていけるだろうよ」
加工貿易とはいかないが、自国のものを自国で賄い、他国のものをやりとりすることで儲けを出す。そんな貿易国家になれればいいな、なんて甘いだろうか。
にこやかに返事をするも、レオンの機嫌は晴れない。どころか悪化させているふしさえある。
「なあ、わかってんのか? ここで多種族混合で祝祭なんてするから、世界中の強者がここに集まるかもしれないんだぞ」
「そんなたいそうな。ただたくさん友達と国の人たちを集めて騒ごうってだけじゃねえか」
「何がそんなたいそうな、だよ! これは確実に歴史に残る話なんだぞ? 世界中を旅する冒険者でも、一つの種族と仲良くなれればいい方で、アクエリウムなんて入れた方が奇跡だし、人間嫌いのエルフと因縁の魔族を他国の貴賓と同じ場所に集めるとかどういうつもりだよ」
レオンはどうやら気軽な気持ちで今回の催しを開いたと思い、そしてそれが気に食わないらしい。
「どういうつもりかって聞かれたら、俺の一つの目標みたいなもんだったんだよ。まあ神に会う、世界を見て回り、他の種族とも仲良くなる。そしてその成果を見せつけたのがこの祝祭ってわけだ。それにな」
ヘラヘラとした呑気な理由の後で言葉を切った。
「秘境に、海底に、別々の大陸に。バラバラに散らばり、国交を絶ってきた多くの種族だけどさ、全てが全て仲良くできないわけでもないだろ? 差別とかそんなもんを抜きにして、最初は打算のためでもいい。利益のために仲良くなって結果としてお互いの理解が深まれば少しずつでもお互いを対等に見れるんじゃないか?」
ちょっと荒療治だったかもしれないけどな、と付け加える。
それに、これにどのように失敗してもほとんど俺たちに不利益がないのも原因だ。
どの国家がどの種族との交渉に失敗したところで、俺たちとの交流は途絶えないし、むしろここで他の種族に失礼な行動に出るならばその国を村八分にできるかもしれない。
「ま、お前が前から博打みたいな生き方をしてるのは知ってるけどさ」
「だから申したでしょう。レイル様なら大丈夫だって」
「レオンはわかってくれて何より。レオナはもう少し心配してくれ。ま、それでも俺が一応ここの責任者だからさ。元奴隷の子供たちを労働力として食いっぱぐれるような事態だけは避けるぜ? 誇りも、歴史も、伝統もない。そんな国だからこそ思いっきりやらなきゃな」
ふと、頭上が騒がしくなるのを感じた。
このユナイティアに巨大な城はない。精々最高でも三階建ての建物である。木造と石造りが基本ではあるが、四角四面で無骨な効率重視の建物ばかりが集まる町並みはまるで前世の日本のコンクリートジャングルの模倣のようだと思ったことがある。
そんなこの国で、頭上というのは限られている。それは登らねばならない場所、つまりは遠くを見るための場所であったりする。
俺がいる間は見張りはいらないだろう? 空間把握の方が堅実? そんなことはない。俺だって暇があれば国の周りを空間把握で見ているが、俺だっていつも見ていられるわけじゃあない。それに、俺が認識しているのに「見えない」という事態があるのであればそれも一つの重要な情報アドバンテージである。
そもそも俺がなくても立ちゆく国づくりを目指しているため、そんな部分で個人の能力に頼った国にするつもりもない。
「あっ、レイルの兄貴。聞いてくだせえ。遠くに厄介なのが!」
俺をレイルの兄貴だの旦那だのと呼ぶのはほとんどが元シンヤの部下である。農耕か使用人、事務処理などに従事したがる傾向の強い元奴隷たちに比べると、警備や側付きなどといった国の兵士や個人に付き従う仕事を好むややゴロツキの名残りのある男たちだ。
その一人────確か名前はウグイとか言ったか────が俺に慌てた様子で報告してきた。
「ありゃあ大鬼ですよ。しかもかなり大きい」
その名前を聞いてレオンが血相を変えた。
大鬼。それは手練れの冒険者が十人がかりでも倒せるかどうかと言われる強靭で大柄な肉体による力任せの攻撃を得意とする魔物だ。人型をしているが、意思疎通が可能だった例が少なく、言葉を使わないのでゴブリンなどと同じ魔獣として分類される。
黒々とした肌は生半可な刃物を通さないと言われ、出会いたくない魔物の一匹だ。
だが、今回ばかりはあまりにも運が悪い。
レオンの言うことが本当だとすれば、ここは現在、世界中から強力な兵士や冒険者が来ていることになる。王やその関係者を守るため、そもそも王が強い場合などここにいるのは歴戦の猛者達である。大鬼の一匹ぐらい、片付けられなくてどうしようか。
しかし、せっかく来てもらった客人たちに国の防衛を任せるのも随分と失礼な話ではあるし、景気づけも兼ねて俺と数人、付いてきたい奴で狩るのも悪くはない。
強いことは倒せない理由にはならない。アイラと俺だけでも十分に圏内である。
「ああ、じゃあ俺が……」
と空間把握で魔物の位置を確認する。
なるほど、大きい。軽く巨人みたいな体格だ。斬れば傷つけることはできるかもしれないが、殴られればタダではすまない。
と思考を巡らせたところであることに気づく。
「いや、いらないな」
俺は空間把握で確認したまま、わざわざウグイのいる見張りの塔の上まで登った。
俺が出向くつもりがないことにウグイは慌てて急かした。
「ちょっ、レイルさん。勘弁してくださいよ。こっから人数を投入するのも大変ですよ。今回は他国の重要人物がうじゃうじゃいるんでしょう? あ、もしかしてギリギリまで引きつけて倒すところを見世物にでもする気で?」
違うからな?
と、大鬼がこちらへ向かってくるのがわかる。
肉眼でかろうじてわかる範囲へ、そしてユナイティアを目前にしたところで俺とウグイは人影を確認した。
「あーあ。手柄はあいつのもんだな」
「何をのんきにしてるんですか。あの人一人ですよ? 魔王ぐらいのバケモンならともかく、人間が一人で対峙できる魔物でもないでしょうに」
「あー、大丈夫」
男を認識した大鬼は目標をユナイティアからその男へと変えた。
遠巻きなので流石に地響きはここまでは聞こえてこないが、波魔法でその音を聴いている俺は魔法をやめようかと思った。
男が飛び上がると、一撃で大鬼の首が飛んだ。
何の雑念もない、綺麗な剛剣。
首は弧を描いてぐしゃっと地面に落ちた。大鬼の首から下はしばらく立ったままで、烏天狗に鍛えられた子に仕えた男の壮絶な最後を彷彿とさせた。
ぐらぁっとスローモーションのように体も倒れたところで、男は大鬼の首を持ち、持っていた武器も拾ってこちらへと来た。
俺が向こうを見ていることに視線だけで気づいたらしい。
ギロリとこちらに向ける目は、かつての涼しげなだけのスカした目ではなかった。
少し、好みになったかもな。
「ヒッ! 誰ですか、あの怪物。レイルの兄貴、心当たりがあるんですかい?」
俺がアイラと共同制作した双眼鏡を片手に顔を引きつらせたウグイくんの反応は決して大げさなものではない。
よほど地獄をくぐり抜けてきたのだろう。
でなければ、敗北して惨めに放り出された屈辱からこんなにも早く立ち直って戻ってくるはずがない。
魔王討伐を目論み、かつてアイラを仲間にしたいと決闘をふっかけてきた、やたらと実力だけはある勇者の一人、アランが再び俺たちの前に姿を現した。
◇
突然、大鬼の首を携えてやってきた高名な勇者の登場に人間側の王たちは色めきたった。
何故かエルフは嫌悪を示し、魔王弟は我関せずと、魔王姉はやや楽しげに口角を上げた。
「君ともう敵対する気はないよ。だけど君を認めることはないだろうね」
ややガラが悪くなったようだが、その本質に何ら変わりがないことを知って落胆した。
「なーんだ。残念。せっかく志とか、誇りとかへし折れたかなーって期待したのにさ」
青筋を浮かべるも、それ以上は何も言わないアランはすっかり煽り甲斐がなくなってしまった。
大人になった、と喜んであげるべきか。いやいや、こいつは友達でさえないのだから、成長を喜ぶ義務も権利もなかろうというものだ。
なにやら人が少なくなってきたな。
◇
私は片手で刀の調子を確かめた。
目敏い兵士はその様子を見て警戒を強め、さらに腕の立つ用心棒の冒険者や兵士長などはその動作に殺気がないことを感じて歯牙にも掛けない。
レイルが方々で客人の対応に追われている中、ロウは怪しげな行動があれば始末するようにと言われていて、アイラは外の監視やレイルと同じ対応に追われていた。
すると私はしなければならない仕事というものがなく、それこそレイルへの顔つなぎやシンヤさんの補助に回ることとなっていた。
その客人の中で、人間でありながら異彩を放つ集団がいた。
青と白を基調とした、やたらと線がまっすぐな法衣や修道服に身を包み、レイルの次に挨拶されることの多い代表者たちだ。
ヒジリア、と呼ばれる宗教国家で、あくまで宗教の聖地にして教会本部がヒジリアにあるからそこが国となっているだけで、その権力は他国にさえ及ぶ。
目を離してはいけない相手だとはわかっていても、観察し続けるのは憂鬱になる。
ヒジリアの代表者の中に比較的若い男の子がいた。
見た目だけで言うならば、私たちよりも一つ二つ年下といったところかしら。
まだ幼さが残る顔に、私と同じ真っ黒な髪、これといった特徴のない体格で腰にはやたらと上等な剣を携えている。
あの剣って、レイルのと同じぐらいじゃないかしら。
そんな風に見ていたのがバレたのか、彼は集団の中からするりと抜け出して私の方へぐんぐんと歩いてきた。
きっと気のせいだ。
他の人が目的に違いない。
そう自分に言い聞かせて、そっと目を逸らしてその場から立ち去ろうかとも思った。
しかし、何も悪いことをしていないのに避けたとあれば心証は悪いし、何より失礼だ。
私はそのまま彼を出迎えた。
結論から言うのならば、彼の目的は私ではなかった。
彼が私に向かって要求したことは、私が失礼だとか思ったことが馬鹿らしくなるぐらいには無礼で不躾なものだった。
「レイル・グレイと戦いたい!」
先ほどの気遣いを返してほしい。
聞けば彼は、異世界から召喚された勇者らしい。
ヒジリアが自国に伝わる秘術を用いて、勇者たる資質を持った人間を召喚したのだとか。
ヒジリアによる全面的な援助と訓練でみるみる力をつけていくその様は努力してきたその他大勢の凡夫たちを嘲笑うかのような所業であった。
飛竜を一人で討伐した時など、魔物を倒すたびに流石勇者だと彼の名声はますます高まったという。
それはもう、面倒くさいことになった。
レイルの気持ちが悲しいほどに痛感できたのと、この子の提案が私たちにとって不利ではないものの、手間がかかることは確かだった。
「それはできないわ」
周りの王や貴族が「良いではないか。晩餐会のいい前座になるのでは?」などとヒジリアのご機嫌取りのために生ぬるい応援をしてくれるおかげで無視することが難しくなったのが不愉快ね。
「負けるからか?」
「忙しいからよ。あなたと戦う理由もないしね」
「ふん。どうだか」
レイルの話が本当ならば、レイルの元いたという世界と同じ世界から、しかもレイルと同じ国から召喚されたはず。
しかしなんというか、全く共通点が感じられないわね。
後ろからは女騎士と聖女と言われるヒジリアの上級職についた貴族令嬢が駆けつけた。
「流石はカイ様。他の勇者候補を倒して自分が真の勇者だと示すおつもりなのですね」
「ほどほどにな。お前の力は規格外なんだから」
聖女はよほどカイと呼ばれた勇者を尊敬して慕っているみたい。
女騎士は窘める役割ってところかしら。
「大丈夫。それに、戦ってみなくちゃ結果なんてわからないだろ?」
うわあ……凄く嫌な相手ね。
レイルの性格の悪さとは似たような、それでいて違うような。
あれは絶対に勝つ自信があるけど、謙虚ですよーって周りに思ってもらうための演技だ。
少なくとも実力を隠すためや、相手の方が格上だけど搦め手で倒そうとかそういう感じの言葉じゃない。
「じゃあこうしましょう。レイルは忙しいからまず私が相手するわ。もしも私に勝てばレイルに顔つなぎぐらいはしてあげる。レイルが勝負を受けるかどうかは別だけどね。けど負けたら退いてもらうわ。それでいいかしら?」
「時間稼ぎと俺の実力を測ろうっていう算段? 随分と狡い真似をするんだな」
「カイは妙に鋭いよな」
「相手の思惑を見抜く目も素晴らしいですわ」
得意げな顔で解説してくれたところ悪いけど全然違うから。
そうか、これがレイルの言っていた「勘違い系」という奴なのかしら。
そして取り巻きの女性陣も納得しないでほしいのだけど。
「わかっていないわね。私の役目は選別作業。あなたの相手は私で十分って言っているの。遊んであげるわ」
「ねえ……本気で言ってるのか?」
きゅぅ、と彼の目が細められた。
いいだろう、ならば俺の実力を見せてやろう。
そんな声が聞こえた気がした。
レイルがふざけて提案した施設の中には、闘技場というものがある。
私個人の感想としては結構好きな施設だけど、訓練場はともかくとして本当にいるのかどうかとずっと疑問視だったけどこんなところで役に立つとは思わなかった。
レンガによる石造りの闘技場をレイルはコロシアムと呼んでいて、「殺しあむ?」と聞き違えると、「いや、殺し合いはダメだ」とそんなことを言っていた。
「で、ここで戦うのか?」
円形状の何の障害物もない空間で周りの客席を見上げながらカイくんは言った。
「ええ。この施設の決め事は三つ。一つ、使いたいときは関係者に申し出ること。これは私の権限でも十分大丈夫。
二つ、この施設の中では殺し合いをしてはならない。あくまで行われるのは競技としての試合とすること。
三つ、お互い決めた勝利条件さえ守れば、禍根を残さぬこと。つまりはここでの結果は誰も覆してはならないってことね」
あくまで見世物として、あくまで前座として戦うのだ。客席があった方が良い。
すでに顔つなぎなどや挨拶を終えて余裕のある方々が休憩がてら観戦に来てくれている。
あ、レイルもいるじゃない。ロウもアイラも観にきてくれている。
無様な姿は見せられないわね。
「勝利条件は相手を行動不能にするか、降参の二文字を言わせることでのみとしよう」
「もちろん、魔法だろうが武器だろうが自由に使っていいわ」
「後悔するなよ」
言い終わるのと同時に戦闘が始まった。
召喚勇者の特徴は何なのか!
この話ではスキル的なものは出す予定がないので、あくまで剣と魔法と知識の範囲内なんですけどね。
結構長めになりました




