各国の代表と、各種族の代表
トロルの里には名前がないと気づいたのは帰ってからのことであった。
彼らは他に同じ種族の住む集落がない。だからこそ、区別する必要性がないのだろう。トロルにとっての里といえばあの場所で、他に国などないのだから。
帰ってきた俺たちはというと。
「おい、あの記録どこにやった?」
「どれだけの国に招待状送ったの?」
「こっちの予算なんですけど……」
建国記念だか、独立記念だかよくわからないパーティーの準備に大忙しであった。
俺たちが抜けていた間の仕事がいっきに襲いかかり、魔物と戦うのも普段の訓練も、他種族の元に遊びにいくこともせずに基本ユナイティアに定住して仕事をこなしていた。
とは言えど、俺の主な仕事は各国への招待状と、それぞれの最終決定に問題がないか目を通すことと、来客の対応ぐらいのものである。
アイラは久しぶりに実家の鍛冶屋の設備を借りて武器の開発に勤しんでいる。トロルの里でやりきれなかったことや、刺激、インスピレーションを受けたことを頑張っているのだろう。
ロウには情報部門についてもらっている。
カグヤも戦闘ばかりずば抜けているから忘れがちだが、頭の回転も速い。
十分に俺なんかより正統派の有能な人材だろう。
建物を建て、設備を整え、この国は王都オンリーみたいな見た目だけども、その文明レベル自体は他の国にも引けをとらないものとなっている。
なんというか、統治できる範囲しか領地としておらず、開拓を進めるごとに領地が広がっていく発展途上の国なので、仕事は尽きない。
この世界は文明レベルの割りには、人の手の入っていない土地が多いのだ。
魔獣などのパワーバランスがあって、なかなか遠征が難しいとかも理由の一つかもしれない。
結局自分たちで一から開拓するよりも、他の国の開拓された状態をのっとった方が速く発展できるんだろうし。
そうして半月が過ぎた。
何の問題も発生することなく準備は進んでいった。
とうとう各国の重鎮が、そして数多の種族が集まる日がやってきた。
◇
当日。軍でのお越しはご遠慮くださいと言って人数制限を設けたおかげでかなりの手練ればかりが王や王妃、姫や大臣の周りに集まっている。もちろん、俺の名前で不審な動きをした者や、人に危害を加えようとした者を処罰する旨も伝えてある。ただし決闘だけは認めている。両者合意の戦いを止めるほど無粋ではない。
先日の擬神の話題が広がっているからか、この日のために国に臨時で雇われ、駆けつけた冒険者もいる。
もちろん、代表者が集まる建物は城みたいな大きさにまで改築されていて、そこは国の使者しか入ることはできないけれど、それ以外の場所には屋台の設立なども事前登録で認めてあるし、観光も簡単な持ち物検査の後に認めている。
最も多いのは人間である。国の数も、一度に連れてくる人数もダントツである。
逆に少ないのは魔族である。たった一つしかない国ノーマ、そこからやってきたのは三人である。グラン、グローサ、メイド長。そしておそらく最も少数精鋭の国である。
グランも俺ほどではないが空間転移を使える。三人が空間接続で突然ユナイティアに現れた時は大騒ぎになった。
魔王の二人は大剣を持っていて、メイド長は素手である。
グランが俺に親しげに、そしてどこか威圧的に話しかけてきた。
「レイル。これがお前の言っていた自治区か? とうてい"区"とは見えないないな。まあクラーケンも後で見せてもらえると嬉しいな」
圧倒的な存在感、武器を持たぬメイド長でさえ、手を出してはいけない相手だと肌で感じる。
騒ぎが収まってなお、緊張が人間の間に走った。人間だけではない、全ての種族が緊張に包まれた。
そう、魔族。歴史上の大きな戦争はほとんどが魔族と人間が関わっている。
それを恥と見るのは前世の価値観を持つ俺ばかりで、それだけ大きな戦争を繰り返してもなお生き残って繁栄してきたこの種族は恐れられている。しかも魔王ともなれば、竜などに並ぶ怪物級の実力者、登場するだけで護衛の兵士に鳥肌が立ち、警戒を露わにする。
一応事前に他種族が来ることもあるのでご了承くださいといった注意書きをしてあったのだが、魔王の前ではそんなものも霞むらしい。
エルフ、トロルを通じて他の森の民にも招待状を出した。彼らには森の民連合という形で参加してもらっている。
俺が空間転移で迎えにいったことを他の国には隠して、ユナイティアから離れた場所に来てもらった。
その中のエルフが俺たちを見ると握手と共に挨拶をしてきた。
「我らが友よ。本来ならば人のいるこのような場所には出ない我らだが、この時ばかりは招待していただき感謝する」
遠回しに今回は特例であると宣言し、他の種族へと牽制する。
エルフは森の民の中でも発言力は強いらしい。
そして、高い魔法能力と総じて容姿の良いエルフを欲しがる国は多く、個人を召し抱えることができなくとも友好だけでも結びたいという国は多い。先ほどとは違い、好奇と打算に満ちた、舌なめずりをするような視線に曝される。そして特にそういったものに敏感なのがトロル。自分たちの中で選別を済ませているようだ。
獣人たちは元々肉体スペックが段違いである。俺が送るまでもなく、一度開放された転移門をくぐってやってきた。
「おうおう。いい準備運動だったぜ!」
「てめえら! 久しぶりだな!」
「レイル、来てやったの!」
リオはこの場の最高権力者かつ代表者の俺にも前と同じような態度で接してくれた。
獣人の国からは十種族の代表十人と、そのお付きが二人ずつ、つまりは三十人である。そしてその親族が数人ずつ。総勢でも五十を超えない。
「あのクラーケンは優秀だな」
「こんなに早く再会するなんてな」
アクエリウムからは、元王候補と王、そして軍から数十人が来ていた。海岸まではクラーケンに案内させた。そのために連れてきた節もある。
照れくさそうなオークスに、チラチラと隣から熱い視線が注がれている。見せつけやがって。
こうした集まりに、人数を威厳とするのは人間ばかり。それ以外の種族はどれだけ優秀な者だけを連れてこられるかを重視しているようだ。烏合の衆など名を落とすだけだと言わんばかりである。
この催しには知る限りの国を招待している。そしてそのほとんどが招待を受けてくれた。警備がザルだとか、他種族が来るだとか、そういった理由で断るのは脅えているようで権威に関わるからであろう。
ギャクラ、ガラス、ウィザリア、エターニア、ヒジリア……今までに巡った国も、行ったことのない国も参加してくれている。
この時に復興支援をもっと取り付けたいという目的もあり、リューカからも参加している。
しかし、そうして人間、魔族、獣人、魚人、エルフ、ドワーフ、トロルと大量の種族が混在しているという前代未聞の異常な光景を自分が中心になって成立させたことに少しの照れと誇らしさを胸に抱いた。
この場をどのように利用しようとするかはそれぞれの国次第である。




