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トロルの里を旅立つ

 精霊鉱、その名前を聞いた時に思わず小躍りしそうになった。ぐっと抑え込むことができたのは、強靭な精神力の賜物だ。

 だってさ、精霊鉱だぜ?

 確かに今までもアイテムボックスだとか、聖剣だとか、ゲーム臭漂う武器やファンタジー感溢れる道具を手にしてきたけれど、これに優るものはないな。

 長所も短所も特性がよくわかる鉱物は、まるで加工してくださいと言わんばかりだ。

 その使い道に思いを巡らせていると、アイラが精霊鉱を持ち上げた。


「ねえ。これ、私に任せてもらっても、いい?」


 上目遣いなどとあざとい真似をしてくれても全然構わなかったのだが、俺の方を見ようともせずに淡々と確認をとった。いつもならその大きな瞳に心がざわつくほどに見ているのに。よっぽど精霊鉱に思うところがあるらしい。

 うん。いいよ。それだけの承諾を迷うことはなかった。

 サーシャさんはそれが予想外だったのか、返事をした俺の方を見ている。


「へえ、レイルがこの中で一番上だと思ってたし、あなたが一番いろんなものを使うことを思いついてきたと思ったんだけど」


 精霊鉱も俺ならば有効活用できるだろう。そして有効活用できる人間が使った方がいいと言いたいのだろうか。

 買いかぶり、とまではいかずともサーシャさんの指摘は当たらずとも遠からず、といったところか。

 確かに俺がこのパーティーの決定権を持っている。だからアイラに任せるという決定をしたんだ。


「俺が倒せる敵は全部俺が倒すべき? 違うでしょう? 俺が短期的に今得をする選択じゃなくって、後々アイラが強くなって俺が、俺たちが得をする選択をとったんですよ。アイラはああ見えても鍛冶師の娘です。金属は扱える。それに……アイラがしようとしていることはだいたい想像がつきます」


「そういうことです。私とレイルくんが同じ考えなら、私がするのが一番効率が良いし、結局できたものは私にしか使えないもん」


 アイラの言葉で何を作るかについては確信が持てた。

 俺はアイラに腕輪から色々と出すように言った。

 セルバさんと親父さんが目の前に出されたものを見て驚く。


「それは……」


 宝石や金貨がそういったものの名産地であるトロルの里では価値があるとはあまり思えない。

 だから出したのはアクエリウムで買った魚介類や、ウィザリアで買った魔導具の幾つかだ。


「精霊鉱がたくさん欲しい。これでできるだけ貰えるか?」


 セルバさんの親父さんはそれを聞くと何度も確認した。

 武器にしにくい精霊鉱を大量に購入してどうするのか知らないからこそだろう。

 アイラのために、大量の精霊鉱を買い占めた。

 これを食べた魔獣が暴走することもあるため、見つかるたびに回収するのだという。その分、使い道もないから溜まって困っていたという。

 喜んで大量の精霊鉱を腕輪に保管した。



 ◇


 俺たちはトロルの里でしばらく過ごした。

 アイラは親父さんの炉を借りて精霊鉱の加工に勤しんでいた。


 そして今日は豊穣祭の狩人バージョンみたいなお祭りである。

 火を焚いてその周りでいつもより豪華な食事をみんなで楽しむだけの宴会のようなものだ。

 崇拝するべき何かが祀られている祠が今日に向けて綺麗に掃除されている。


 サーシャさんが子供には一番人気で、戦士たちにはカグヤが人気だ。しかしカグヤについてはロウが殺気を向けるので、なかなか近づけない戦士たちがため息とともに俺の元にくる。失礼な奴らだ。すいませんね、美女じゃなくって。


「いやいや。あんたにも話を聞きたいとは思ってるんだぜ?」


 首元に傷のある少し細身の──まあ他のトロルに比べたらなのでさほど細いわけでもないが──男性が俺の隣に腰掛けた。


「セルバさんが連れてきた人間のガキが化け物みてえな奴らだって噂でもちきりだからよ」


「失礼なもんだな。こんなしがない冒険者を捕まえて化け物なんてさ」


 あえて敬語は使わなかった。

 セルバさんから「トロルの里では客人でも同じ戦士ならば強さを認めれば対等。それを無視して敬語を使い続けるというのは自分もしくは相手を戦士と認めていないことになるからな」と言われた。

 パンパさんはセルバさんに敬語なのはどうなのかと聞けば、里の中で上下関係があったり、明らかに実力も年齢も上ならば別に構わないとのこと。

 その辺りの距離感はわからないが、とにかくパンパさんがセルバさんに敬語を使うのは全く問題がないそうだ。そして俺がこの里の戦士に敬語を使うのは失礼、と。理由は俺は客人で、他種族で、里のどの戦士よりも強いからだそうだ。

 タイガと名乗った彼は軽く笑いながら答えた。


「ははっ。これでも褒めてんだぜ? 俺らなんてこんなナリだからよく化け物なんて言われてよ、最近ではその強さで化け物と言われることを誉れとしてるぐらいだ。お前は間違いなくその誉れを受けるだけの強さがあるはずだ」


 結果が全ての戦士の世界で無駄な謙遜は嫌みにもなる。

 そういうものなのかと納得して、果実で作られた飲み物を呷る。

 やや発酵しているのか、アルコールのような独特の酒臭さを鼻腔の奥にほんのりと感じながら酸味で喉を通す。

 向こうでアイラが鍛冶屋の親父さんと熱心に話しているのが見える。

 学べるものがあるのなら頼もしい限りだ。


「あの時はどうやって倒したんだ?」


 やはり魔物を相手にする者としては気になるところだろう。

 本来ならば手の内を明かすのは苦手なのだが、信頼してくれた相手に情報を開示することで応じるのも悪くないと思った。酒が入ってほろ酔いだったのもあるか。

 剣を抜くと空間を歪めて接続コネクトして、剣先だけを違う場所へと転移させる。

 目の前で突き出された剣が先だけ離れた場所に出たのを見て彼はその正体を見抜く。


「それは空間術ってのか?」


「ああ。こうやって相手の中身に剣を通して斬った。それだけだ」


 倒した直接の攻撃方法はそれで確かにあっているし、彼が聞きたいのもその内容であっているのだが、俺の強さの本当の理由である空間把握については話していない。


「空間術なんて転移できるだけでもかなりなんだがな。そうやって完全に使いこなしているなんて伝説級なんじゃねえか?」


「こんなものは極めれば誰でもできる。だって単なる空間術でしかないんだから」


「その極めるってのが難しいんだよ」


「俺としては極める方法よりも見極めるコツが知りたいな」


「おっ? トロルの秘術っつーか眼に興味があるのか?」


 俺たちはトロルと人間、お互いのことについて話した。

 途中からセルバさんも参加して男子会みたいになった。運ばれてくる料理はどれも美味しかった。

 むさ苦しい宴会だったけど、なかなか楽しかった。ロウがナイフ投げみたいなことをしていてサーカスみたいだなんて思った。

 この世界では酒を飲むのに年齢制限は存在しない。自己判断で飲める。酒を飲んで騒ぐなんて前世ではできなかったことも今はできる。ちびちび一杯だけしか飲んでいなかったからか、幸い最後まで気を失うことはなかった。



 ◇


 次の日、二日酔いの頭を抑えてトロルの里を後にした。

 セルバさんに俺たちのユナイティアのお披露目会みたいなのに参加するかと聞いたら是非行きたいが遠いからな……とボヤいていたので、時期になれば迎えにいくと言っておいた。

 誰よりも別れを惜しんでいたのが、セルバさんの親父さんで、何かあったらうちにこいと言っていた…………アイラに。


 いい人ばかりでこの里は大丈夫なのかと言いたい。

 最後まで敵対的なパンパさんがいなかったらと思うとこの里の人たちはもっと警戒心を持った方がいい。

 それが自分たちの見る目に対する自信の現れなのかもしれない。


こんな物語を書きつつ、エッセイの「小説家になろうを味わう」を同時並行で更新しています。もしよろしければそちらもどうぞ!

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