パンパ視点
まずパンパって誰だよって話ですよね
俺はパンパ。しがないトロルだ。
今日は週に一度の里回りの日で、里の警備についていた。
「俺ももっと立派な毛皮が手に入れればなあ」
トロルの狩人は狩った獲物で一番上等な奴の毛皮を服にすることで自分の強さを示す。
そんな風に洩らす脳裏には、ある人の立派な黒い毛皮が浮かんでいた。
俺がガサリという音に森の奥に気配を感じてそちらを見ると、里の外側から魔物が来るのが確認できた。
十体をゆうに超える魔物の小規模な群れは、アギトカゲと呼ばれる厄介な魔物の下に統率がとられていた。
俺は急遽仲間を集め、連携を組んで迎え討つ準備を整えた。
トロルは機動力に欠ける。ならばより隙のない陣をはって、逃げられないようにしなければならない。
幸い、戦士はすぐに集まれる場所にいたことで態勢は整った。
その太い棍棒によって二、三匹の魔物を仕留めることに成功したのだが、残りの七体もの魔物、しかもそのうち群れの統率者であるアギトカゲを二体とも含む七体に突破されてしまった。
落ちつけ。周りの女子供は避難させてあるから、逃げられたとしても追い詰めれば大丈夫のはずだ。
自分に言い聞かせて、仲間と共に魔物の行く先を見たときに絶句した。
「セ、セルバさん!?」
セルバさんは里でも指おりの戦士で、俺の憧れの人物でもある。
落ち着いた物腰でありながら、たくましい腕で魔物を仕留める歴戦の勇士だ。
その胸を覆うのは、セルバさんが仕留めた黒狼の毛皮。黒い艶やかなそれは強者の証明だ。俺もいつか身につけたいものだ。
そのセルバさんの元へと魔物が向かう。
危ない。いくらセルバさんでも、アギトカゲ二匹に加えて狼五匹を相手に勝てるとは思えない。アギトカゲは一匹でも苦戦する相手だ。
そしてセルバさんの後ろには……人間?
「あっ! セルバさん! いくらセルバさんでも分が悪いです!」
仲間の一人が叫んだ。
俺も逃げてほしかった。
しかしセルバさんは逃げないだろう。
里を危険に曝すわけにはいかないのと、後ろの人間が足手まといだからだ。
あいつらいったいなんなんだよ。
五人ともまだガキばっかりで、一番年長だと思われるのが魔法使いらしき女だ。しかもそれ以外が全員腰に差しているのが剣ときた。
上等な鎧をきているのかと思えば、全然そんなことはなく、どいつもこいつも軽装備だ。かろうじて赤い髪の女が肩と胸に皮の防具をつけているぐらいで、そいつら以外は全員布服ばかりだ。どこぞの貴族の坊ちゃんどもかと思ったが、護衛の一人もつけちゃいない。
だが俺のそんな心配や不満、危惧なども全て目の前でぶち壊されてしまった。
セルバさんが逃げろと叫ぶ中、そいつらはセルバさんの後ろから飛び出したのだ。
三人、一歩も動かなかった奴らもいたが、二人は恐ろしい速度で狼やアギトカゲの近くに入り込んだ。
俺は目を疑った。
もしもあれが夢だとか、幻覚の魔法だとかいうすがりつきたくなるような嘘があるならきっとすがりついていたに違いない。
魔法使いの姉ちゃんはわかる。
水魔法で狼を串刺しにしただけだ。
それだけでも魔法使いとしては優秀だし、あれほどの使い手はそうそう見ない。
だがあくまで常識の範囲内だったということだ。
問題は赤い髪の女と、無表情のままの男であった。
どちらも強者特有の覇気もなければ、鍛え上げられた肉体でもなかった。
しかし彼らは一歩も動かなかったというのに、三匹の狼と一匹のアギトカゲが殺されてしまったのだ。
倒されたことを喜ぶ声と、それを見ていた者による訝しげな視線が混ざる。
俺は後者側にいた。というよりは確信していた。あいつはどうしようもない怪物で、邪悪で、決して英雄などではないと。
剣を振るったときの表情は、俺たちが狩りの時に見せる感謝も、罪悪感も高揚もなかった。
まるで作業のように、何かを確かめるような目つきで何の感動もなく殺してみせたのだ。
どうしてあんな奴らを里に招きいれてしまったのか。
セルバさんの目が曇ってしまったのだろうか。
ぐるぐる回る思考を抑えて、俺は思わず叫んだ。
「ふざけるなっ!」
あいつらだけは、あいつらだけはこの里から追い出さなければ。
◇
動きを見せたロウ、カグヤはぱたぱたと埃を落とし、レイルは剣についた血糊をとった。
戦いの喧騒冷めやらぬ中、トロルの見る目はまちまちである。その全てが畏怖や奇異ではないのはひとえにセルバの人徳のたまものである。
かつて、どの魔物と対峙するにも魔法に気を配り、罠を構えてきたレイルだが、予想以上のあっけなさにもう一度軽く剣をふった。
その動作にややトロルの戦士たちはたじろぐ。
こんなものか。
自らの力を確かめるとともに、それでもなお弱者の自覚を忘れないように、そして自惚れないようにと言い聞かせる。
そしてレイルたちは離れた場所から聞こえてくる理由なき罵声に驚きの視線を向けた。
「ふざけるなっ!」
発したのも当然のごとくトロルの男性であった。
「おい……どうしたんだよ……」
彼の隣にいた斧を持った戦士が肩を掴んでたしなめるように言った。
今にもレイルたちに飛びかかろうとするのを止めてもいた。
「なんだ。パンパか。何を殺気立っている」
「セルバさん、こいつらに脅されているんでしょう? それともあんたの見る目は曇っちまったって言うんですか?」
毛むくじゃらの腕を握りしめて懇願するように言い募る彼に、セルバは何を思ったのかを察した。
規格外の力と、通常とは違う思考というものはいつだって人を怯えさせる。
レイルたちは信用できないと、パンパはそう判断したのだということを理解したのだ。
「確かに彼らは英雄ではない。弱きを助け、悪を滅ぼすわけでもなければ無私の善行を積んでくれるわけでもない。今回は偶然条件が重なっただけで、彼らを"良い人"だと思って招きいれたわけではない。しかし信じてくれ。彼らは私たちを害するためにここに来たわけではないことを」
そう、パンパのいうことも正しいのだ。
森人ならともかく、魔族と並んで苦手とする他種族である人間を招きいれるのは危険を伴う。
もしもセルバが利用されていて、彼らがここへと国の軍隊を呼び寄せたりしたならば。
そう考えるだけで拒絶反応を起こすのも無理はないことだ。
「最初彼らと出会ったときに連れてきたのは、もしも敵対しても大丈夫だという自信があったがそんなことはなかったようだ。そして彼らは私を見ても何ら動揺はなかった。それに、エルフの里を救ったときでさえ、何も要求しなかった人間だぞ?」
そう。エルフは奴隷的にも国の侵略相手としてもかなり価値のある種族である。
一度人間が知れば蹂躙されるに違いないと思っていたパンパにとって、未だ彼らがエルフに手を出していないという事実は受け入れがたいものだった。
「ははっ、そーいうことだよ。エルフの奴らに何もお礼をされちゃいないわけじゃねえし、今回は話の邪魔が入ったから殺しただけだよ。それに、セルバさんに何かお礼でも貰おうか、なんて下心もあるから、信用なんてしてもらえなくてもいいんだよ」
そう、先ほど見せたような実力があるのならば、ここでのんびりとしているよりもさらに味方を増やして襲った方が効率は良いのだ。
ただ滅ぼして奪うよりも、生かして交易相手にする方が旨味のあることをレイルはよく理解していた。
そして国の独立記念パーティーが近いこの時期に、他種族を配下になんて置いて周りの国を刺激するリスクも回避したかった。
「言い分はわかった。だが妙な真似をしてみろ、すぐに叩き出して……いや、ぶっ殺してやる」
「無理だよ、あんたには。不意打ちは通じないからそのつもりで」
そう言ってレイルは笑う。
獲物を目の前にした獣のように、にぃっと口角があがり、ギラリと目には光が宿る。
レイルとしては、敵対する意思などまるでないのだが、まるでパンパを挑発して喧嘩を売っているかのようであった。
アイラは気づいているのだが、これはレイルからすれば随分と優しい、気遣いのある応対であったという。
それをパンパにいったとしても信じてはもらえないだろうが。




