魂との絆、凶悪な技術
少し前のことである。
擬神を倒した一行は城の外に出た。
そこにはリーズによって連れられた王様と、パニエによって縛られた今回の犯人がいた。
王様はレイルたちを見るとホッとした様子で、礼を述べた。
流石に擬神との戦いの間ずっと放っておいた点については、気が気でなかったと言った。
身分は王とはいえ、戦闘能力的には一般人であるのだ、怯えるもの仕方のないことである。
「くっ……私の作品はどうした」
「壊したよ。だから俺らが無事で戻ってきたんじゃねえか。さて……何から聞いたもんか」
「話すものか!」
「なあ、カグヤ。この前ロウに爪を剥がすコツを教えてもらっていたんだけど試したい」
「はあ……止めようがなさそうね」
カグヤはこうなったレイルが止められないことを知っているため、呆れながらも承諾した。
ミラは楽しそうである。アークディアは擬神の仕組みについて聞きたいとせがんでいる。
パニエはともかく、リーズはそれをよしとしなかった。
「拷問なんてしていいと思ってるのか!」
至極まっとうなその意見をレイルは煩わしそうに一蹴した。
「うっせえな。あんた邪魔」
リーズから見ればレイルはその周囲の信用と実績を盾にやりたい放題している残虐な冒険者であった。
勇者候補だというのも疑っているし、これまでの聞かされた功績も本当は嘘か、今回のように卑怯な手を使っておさめた勝利なのではないかと思っている。
これ以上見ていられないとばかりに、言い募ろうとするリーズ。しかしレイルが目で合図をしただけで、アークディアがリーズを束縛した。
戦いの中でアークディアの得体の知れない強さはわかっていたつもりであったが、こうも容易く拘束されたことにリーズは自らの弱さを呪った。
レイルは様々な質問をした。
無駄なことを言おうとした瞬間、顔面に拳を叩き込んで黙らせた。
その吐き気さえ催すような情景をミラとアークディアという絶対者に監視されて止めることもできないままにリーズは見ていた。青ざめた表情と苛立ちが交互に見え隠れしていた。
カグヤはロウで耐性があるため、平気な顔をしていた。
作ろうと思った経緯、作った技術や資金源など、必要なことを聞き出した。
「はぁ……はぁ……もう終わりか……」
体の至る部位から血を流し、息も絶え絶えに男が言った。
彼の名前はイジー。ヒジリアに強い敵意を持った発明家にして研究家である。
「そうかな」
「あれを倒すとはな……神性と格こそ及ばなかったものの、力も有り余ってたはずだがな」
「はっ。あれが?」
「なんだと……」
満身創痍でも自らの研究成果に対するプライドはあるらしい。
ここまでされても闘志を失わないイジーにカグヤは敵ながら強いと思った。
「あれぐらいで神を名乗るには程遠いな。力が有り余ってた? 違うな。能力こそが足りなかったんだよ。精神生命体のエネルギー自体はあったんだ。それを使えるだけの全てが足りなかった」
「貴様に何がわかる!」
「お前のことはわからないけど、神のことなら実際に見た分まだわかるさ」
レイルは苛立ち紛れに拷問とは無関係の蹴りをイジーに入れた。
イジーは咳き込み、血を吐いてのたうちまわる。それをレイルは冷ややかに見下し、見下ろしていた。
「ふん。別にあれが最高傑作というわけではない。私が死んでも──」
イジーが最後の言葉を言い終わることはなかった。レイルがその首を刎ねたからだ。ことりと落ちた首、その顔には恐怖とも安堵ともつかないような色があった。ただカグヤは、死にゆく者の気持ちなどわかりたくもない、と思った。
「終わった、か」
パニエは「終わった」と言った。
イジーの死を迎えるまではこの事件は終わっていないということであった。それにレイルは無言で同意し、そして面白くなさそうに死体を処理しようとした。
「別に殺さなくっても……」
「こいつが真犯人ならどうせ死刑だ。こいつに国民の恨みをぶつけて復興の糧にするのは悪くないが、それでいいのか?」
「そういうことを言ってるんじゃ……」
「なあリーズ。俺は別に倫理的にこいつを殺したわけじゃないぞ」
「どういうことよ」
「もっと打算的に殺したんだ。こいつは神なんて作っていない。偶然見つけた神聖な依り代の封印を解いて得体の知れないモノを操っていただけ。俺らは擬神とこいつを相手にしていたから戦いの中で偶然殺してしまい、死体を焼いてしまった。これがこの事件の結末とする」
「わけがわからないわよ!」
「なあ、俺もわからん。もしよければ教えてくれないか」
パニエもレイルがわざわざ真犯人を殺してまで真相を隠した理由が知りたかった。敵なのだから殺したことについて責めるつもりはないが、話すことでレイルに不利なことがあるとは思えなかったからだ。
「他の国がその技術を欲するから、でしょ?」
カグヤはその考えに行き着いていたようで、レイルの行動の理由の一端を説明した。
「そうだ。偶然や個人の才覚だということにすれば真似しようとする奴がいても、国が利用しようとは思わないだろう。もしも技術を持ったこいつを生かしたまま連れて帰れば、復興の支援をする代わりにこいつの身柄を要求する国が出るとも限らん」
そんなこともあるか、と納得しかけるリーズ。
「そうなった時、国民のことを思えば渡してしまえ、となるかもしれないが、国民の怒りはどこにむける? 今回の犠牲者の仇みたいな奴が他の国に取られて、挙句の果てには軍事利用なんてされた日にはやってられねえだろ?」
「ふーん。結構考えていたのね」
「いや、まだだ。俺はまだあんたの理由を聞いてねえぞ。俺の見たてじゃあそんな国の先を思って動く人間じゃねえだろ」
パニエは誤魔化されなかった。
短時間とはいえ、打算的で自己保身が優先で、仲間第一のレイルの本質をよく見抜いていた。
「……わかったよ。確かにさっきのは建前だし表向きだ。本当の理由は二つ。一つはあいつの言葉を最後まで聞きたくなかった、だ」
「それはわからないわね」
カグヤもパニエもリーズもレイルとは違い、この世界で育った。
だから、創作物であるような「嫌な捨て台詞」というものを知らなかった。
「ああいう時に敵が言う言葉なんて、死に際のハッタリかもしれないし、とにかく信憑性に欠ける。そのくせして、こちらの不安を煽る『貴様は近いうちに大切なものを失う』とか具体性のない漠然としたことばっかり言う。聞く価値はない。むしろ聞くだけ損だ」
「……末期の捨て台詞を黙らせるために殺したの?」
「……いや、次が本命だ」
もしそれだけで殺されたとすれば、敵ながら不憫過ぎる、とパニエは心中仮初めの涙を流した。
「あの精神生命体の製造なんて技術が伝わり、まともな魔法や武器の通じない軍隊なんかができれば俺たちが危険に晒されるからだ」
軍事など発達しなければいい。そう思っていることがわかる口調だった。
「あんな危険な情報は俺らだけが握ってれば十分だ。だから三人も黙っていてくれることを約束してくれるよな?」
「言っとくが俺は見ての通りの長いものに巻かれたい人間だぜ?」
「私がもしも、魔物の駆逐のためにこの情報を国に流して、精神生命体の軍隊を率いる身分を手に入れるとか思わないのかしら。私だって騎士。国に仕えるものよ」
「なんとも恐ろしい男よ。だが王という国を守る立場にいる以上、それは……」
約束はできない、と暗に拒否した三人にレイルは一歩踏み出して穏やかに言った。
「なあ、さっきイジーの奴を戦いの中で偶然殺してしまった、って言ったけど…………三人にもこの手は使えるんだぜ? それに俺の空間術を知ってるなら、情報が漏れたと知った瞬間三人ともを暗殺しにいくことだって考えられるしな」
三人は黙った。
◇
そうして王さえも脅迫して得た保険を元に防衛戦の場まで戻ったレイルが見たのが前回の最後の場面となる。
倒れた女性の周りには人が集まり、手当や時術など様々な手段が取られているのが遠目にもわかった。
「どうした!」
駆けつけた六人は騒ぎの中に入っていった。
他にも怪我をしている人はいたが、いずれも軽傷であったり、治療で治るもののようであった。
もう既に死んでいる者もいる中、どうしてその人だけが騒ぎになっているのか気になったからだ。
「ああ、レイルか。もう大丈夫なのか?」
ロウは疲れたように尋ねた。
「それより、この人は────」
レイルは言いかけて止まった。
倒れた人の横にある杖に見覚えがあったからだ。
大きな宝玉があしらわれ、杖自体は骨のようなものでできている。
「もしかして、サーシャさんか?」
「その、声は……あの時の」
サーシャ。それは以前この国をレイルたちが初めて訪れた時に、腕を見たいと魔法で試練を課してきたのがこの女性であった。
国でも有数の使い手で、水魔法で敵う者はいないと言われる魔法使いである。
レイルたちのことは忘れようにも忘れられなかったようで、ロウがいた時点で予想はしていたらしく驚くこともなかった。
「喋らないでっ!」
必死に治療に当たっている修道服の女性が叫んだ。
時術、界術を同時に発動しているあたり、かなり優秀な人であるらしい。
「ロウ、時術で巻き戻せなかったのか?」
レイルは今にも死にそうなサーシャの横に跪き、ロウに尋ねた。
「途中で厄介なのが出てきた。あれは偽天使とは違う奴だ。だけど、偽天使のことを知っている口調だった」
そいつが出てきた途端にその場所の戦況がひっくり返ったのだと周りにいた兵士の一人が言った。
「いつもの倍以上の軍勢とはいえ、レイルのおかげで大丈夫だと思ったんだ。サーシャさんは最前線でもどきどもを蹴散らしていて、厄介なあいつが現れた時も真っ先に戦っていたってよ」
サーシャがレイルの方を見て、かすかに震える声で聞いた。
「天使が結構前に消えたって聞いたけど……親玉は倒したのかしら? じゃあ大丈夫?」
何が大丈夫なのかは誰もがわかっていても聞きたくなかった。
「大丈夫なものか。これから国の復興を目指すんだ。人手は足りないし、魔物や盗賊からみんなを守る力もいる。あいつの脅威は終わってなんかいないぞ」
それに、と言いかけてやめた。
確信の持てないことを言っても仕方がないからだ。
その一方で、レイルは自分がこの国を思っていた以上に気に入っていたことに気がついた。
その理由を記憶を紐解き探る中で、候補にあたる条件を見つけ出す。
(そうか……俺がこの国に初めて来たとき、人の悪意に触れなかったんだよな。いたのは強力な魔法使い、幼馴染を想う男の子、当主の試練に挑む女の子と誰もが俺に敵意を向けなかったし、怯えも利用しようともしなかった)
広く言うならばカレンの行動も結果的にはレイルを利用していたのだが、それはあくまで依頼であるしカレンはそこまで考えてもいなかった。
だからレイルはこの国で経験したことはまるでほのぼのとした日常のように平和なことばかりだったのを覚えていた。
(と、ここまで気づけば顔見知りぐらいは助けたいんだよな……)
サーシャが受けたのは、魂と肉体を繋ぐ絆の破壊であるという。
魂術の一つであり、これは肉体を著しく傷つけることに成功しなければ効きづらいとも言う。
持って半日だと言った。
ミラがその魂を見てレイルに教えた。
「ミラ……」
「レイルよ」
「いや、いい。わかってる。お前の助けは借りないし、借りようとも思わない」
「そうじゃな。まだこやつは生者。魂をどうのこうのすることはないの」
「ありがとう」
レイルは簡潔にお礼をいった。
それはミラが遠回しに、彼女の魂をどうこうしようとルール違反でもなければ妨害することもないと宣言したからだ。
レイルは人ごみから少し離れて、アークディアを呼び寄せた。
「アークディア」
「はっ。できます。ですが……」
「教えろ」
「では」
これだけのやりとりで、レイルとアークディアはサーシャの状態を改善する方法について話しあった。
そしてサーシャの元に戻ると、こう言ったのだ。
「あなたを助けられるかもしれない」
その言葉に周囲がどよめく。
「本……当、に……?」
「まあ可能性だけだ。だけどそのためには一般的に受け入れづらいかもしれない方法を取る。だけど信じてほしい」
まだ、サーシャは死んでいない。ならばどうにかして助けられるはずだとレイルは確信している。その方法として悪魔を使うことになろうと。
「いい、わ。信じる」
「いいのか?」
「私が暴走とかしたなら殺せるならいいわ」
「その必要はないかな」
「頼む、わ」
その言葉を最後に安心したようにサーシャの意識は途切れた。
後はレイルとアークディア次第である。




