伽藍堂の瞳
絶対に敵うことのなかった天使もどきの攻撃を防ぎ続けられた理由がある。
単純にあいつらは出てくる時間帯が限られているのだ。
黄昏時、逢魔が時、トワイライト。
日が傾いて朱色に染まるその時にあいつらは人間の多くいる場所を襲うのだという。そして日が沈むと同時に撤収していくのだとか。
なんとなくだが、ある一つの仮説が浮かんだ。
もしかして、太陽の光を活動エネルギーにしてるんじゃないか、と。
まあだからと言って太陽の光を遮って、確証が得られていない仮説のために相手にむざむざ襲撃の日をわざわざバラすような真似はできない。
相手は疲れ知らずの化物、こちらは物資に限界のある人間。木だって切り出して時間が経てば魂が抜けて武器としての価値を失う。
短期決戦がいいだろうということになった。
朝一で戦闘に従事する全ての人に天使もどきの対処法が伝達された。
朝から多くの人が木を切り出していた。
切り出した木を次々と武器に加工していく。全員が弓矢や剣、ナイフなどの木でできた武器を手にしていく。
麻の服を着た狩人といった感じの冒険者は弓矢を作っている。その一方でなめした皮で胸元から腰にかけてを覆った冒険者が、木で出来た球体に鎖をつけていた。何あれ。
俺は本当はカレンだとか、キリアだとかサーシャさんとかを探したかったが、さすがに空気を読んで自分勝手な行動には走らなかった。白い目で見られることがわかってるしな。
俺も木剣、木のナイフをホームレスやらロウに渡した。
「はい、木剣」
ホームレスに聞くと、こいつもここに残るそうだ。
本人曰く、野生と本能の熱い戦いはしたいけど、得体の知れない化物相手にしかも通じるのは木剣とかやってられない、だそうだ。
ロウも怪我しそうなのはどちらかというと乱戦になる天使もどきの軍勢との戦いだから残るという。お前は僧侶か、と言いたいけれど、当初斥候だ!とか言ってたころに比べればまあ随分と真っ当な役職なのでいいとしよう。
「アイラ、どうする?」
「私も残る。レイルくんは早く倒して戻ってきてほしい」
「わかった」
アイラも何やら思うことがあるらしい。
それは次の言葉でさほど深刻なものではないことがわかる。
「連弩を使いたくって」
そうだ。もともと刃物を苦手とするかはアイラは銃器の他にも木で作ることのできる武器にはあらかた手を出している。その中には弓矢もある。銃器を使うことが多くて出番がなかったのだが、今回は出番がありそうだ。
弩とは改造された機械弓のことで、古くは秦の始皇帝や斉の孫臏などの古代中国から使われていた由緒正しい弓である。
その中でも連弩とは日清戦争にまで使われたという。
こちらでもその発明はされており、ギャクラの王立図書館の文献にもそれがのっている本があった。
アイラはそれを威力を落として連射性能を引き上げていた。
「ああ。銃では通じないしな」
「それに威力ばっかり強いしね」
隣にはアークディアが顕現している。
俺に言い含められているので、人間に擬態はしているものの、戦闘の時は隠せないかもしれない。
当然俺と一緒に討伐チームに入る。
「変なモノが現れましたね」
アークディアは何もいらなさそうだ。同じ条件だからか。その口調は心配よりも好奇の色が強い。まだ見たことのない状況を楽しんでさえいるようであった。
俺は何も言うまい。契約していて手伝ってくれるのならば問題はない。
ミラもこちらについてきてくれるようだ。あれらの魂はこの世界の理から外れているので、ミラが砕いても問題はないらしい。
ミラの持つ鎌は通常の武器としても十分な力を誇るが、精神や魂にこそその威力を増大させるものらしい。
彼女からすれば生きている者など恐怖の対象ではなく、精神世界でこそ本領発揮する武器が必要なのだとか。
俺たちのように一般人からすれば、どちらもそれで首を刈られれば死ぬのは一緒なのでどうでもいい範囲だ。
俺とミラ、アークディアは五人の人間の気配が近づくのを感じ、そちらに目を向けた。
半分は昨日の会議で見かけた顔だが、もう半分は知らない人だった。二人ともが俺たちより少し年上で、薄黄色のローブを羽織った男に立派な甲冑に身を包んだ女性の兵士であった。
「レイルさん。こちらが討伐隊に加わりたいと志願した者たちです」
この二人がそうか。俺の要望である程度の実力がないもの、俺の命令に従わないであろうほどに素行に問題のあるものはやめてほしいという部分はクリアしているのだろうか。まあ最大の希望であった少人数が良いというのは大丈夫だったようだけど。
「よろしく」
男はただ一言だけぼそりと言った。だがそれははしゃいでスラスラと自己紹介するタイプではないというだけで、こちらへの負の感情は感じなかった。
「共に敵を倒して平和を取り戻しましょう!」
女騎士さんは爽やかにそんなことを言った。
多分この人は反りが合わないだろうな。
◇
少人数で王都まで跳んだ。アークディア、ミラ、カグヤ、そして冒険者組合からの志願であるパニエさんと、軍からの志願であるリーズさんである。
転移呪文を使うから、と説明はしたものの、本来は転移門ぐらいでしか体験することのない術を何もないところで体験したことに二人は素直に驚いていた。
「人はいないな……」
この言葉は視覚に頼ったものではない。空間把握で人の存在を探ったのだが、人っ子一人といない。避難しているのだからいたほうが困る。
木造の冒険者組合の建物も、石造りの屋敷の数々も、立ち並ぶ店にも人はいない。
不気味なほどに静まりかえっていた。
「早く行きましょう!」
何故かそわそわしているリーズさんが面倒くさい。できればここに置いていきたい。
「落ち着いてくれないかしら。なにを浮き足だっているのか知らないけれど、相手は正体がわからないのよ?」
「は、はい。すいません」
見た目だけはあまり変わらない、下手すると俺たちの方が歳下に見えるはずなのに、カグヤに叱られている彼女はまるでカグヤの妹が何かのようである。
そういえば、アイラと俺、カグヤとロウに分かれることはよくあったけど、こうしてカグヤと組むことは珍しいんだよな。
戦闘スタイルからすればカグヤと組んでもおかしくはないんだけれど。
「はーあ、だりぃ」
パニエさんは両手を頭の後ろで組んでいった。
この人本当に志願してくれたのだろうか。じゃんけんで負けたとかだったら嫌だなあ。
無駄なおしゃべりをしながりも、本来の目的を達成するために
いつもは兵士が警備し、堅く閉ざされた門も無防備に開け放されている。
城の周りの水路に水が流れる音だけが響き、まるで俺たちを誘っているかのようだった。
城の中には人がいる。しかしうろつき回る人がいない以上、死んでいるか動けない状態にあるか、である。
生きている人を見つけられたら解放するが、最優先は討伐にさせてもらおう。
「レイル、門に罠はないの?」
「ああ、ないよ。つーかそんなことを考えるような相手じゃないだろ」
「普通城って罠とかあるじゃない」
「それもそうだな」
「何をのんびりしているの? 私が一番乗りさせてもらうわよ!」
罠について話している間に後ろから来たリーズさんが城に乗り込んでしまった。
後から俺たちもついて城に入っていった。
鬼が出るか蛇が出るか。
偽天使の群れを見ているとあまり闇とか邪とかはでないだろうがな。だってあいつらには何の意思も感じられなかった。空虚で、伽藍神の祀られた堂のように何もない瞳であった。その主である。きっと何もないに違いない。
俺たちの宣戦布告が始まった。




