たまにはのんびりお勉強も
天使のわりに祝福どころか不吉な予言を残すと、後は用済みとばかりに飛び立ってしまった。
彼女が飛び去ったのを知ると、ユダがこの世の終わりのように膝をついて悔しがっていた。
すると、まるでそれを見ていたかのようなタイミングでフラストさんが帰ってきた。
ユダはフラストさんについていくといって聞かなかった。
フラストさんは非常に迷惑そうな顔をしていたが、自分の命令に絶対服従ならば、というとんでもない条件でついてくることを許した。
自分一人なら飛んで帰るつもりだったそうだが、そうでないなら、と胸元から出した魔導具で転移して帰っていった。
忘れ物ってそれかよ。
足蹴にされてまで、喜んでついていくあの人を見ていると、聖物愛好じゃなくって被虐性愛者みたいなんだよな。俺の性け……聖剣にぶっさされて興奮していたし。
できれば会いたくないものである。でもフラストさんにまた会うには、あの人もついてくるのかと思うと真に残念である。
◇
シンヤに溜まっていた諸々を突き出されて、ユダの時と同じぐらい逃げたかったが、キラキラと覗いている子供たちの目線に負けて仕事を始めた。
この世界は技術水準は低いくせに、魔導具のおかげで一部だけが歪に発達している。
ライト然り、そして製紙技術然り。
魔物の中には成長速度の異常に高い植物魔物がいて、そいつが原料になるらしい。葉などに毒があるが、それを好んで食べる魔物もいるらしい。そいつらは温厚でのろまなので、魔物を狩る邪魔にはならないとのこと。それってもしかしてユーカリとコアラじゃねえの? トゥレントにもユーカリタイプがいるってことだろうか。
とにかく、金を出せば安定して紙が手に入るのはとても嬉しいことだ。まだまだ前世よりは高いだろうけど、作っただけで驚かれるほどの貴重品ではない。
まあもともと、綺麗な紙を作る知識なんてないので、紙が使えると聞いたときは非常に安心した。
シンヤが横で様々な情報について口頭でまとめて教えてくれる。
トークがうまく、まとめかたもスッキリしているので、前世みたいに新聞やニュースを見るよりずっと理解しやすい。
「で、こことあの国がきな臭いって話だ。ここまでがトーリからの報告だ。あいつら、結構立派に情報収集をしてくれているみたいだ。よかったな」
まあ裏切られることを前提に送りこんだエサみたいな側面もあったんだけどな。
頑張っているならそれでいい。
貿易が盛んになれば、情報は必須である。
俺としては百人や二百人、手練ればかりで諜報部隊を作っておきたいぐらいだ。
お前は情報戦でも仕掛けるのかといった用心っぷりだが、ここは歴史と規模が足りない。全員が兵士で、全員が農民で、幹部全員が王様のような歪な国に近づいていっている。
ならば少数精鋭で戦争を起こさないためにも情報は大事だ。
「そういえば、レイルってよく二歳まで生きてたよな」
ロウが言った。カグヤは成長が速く、最初から喋ることができたという摩訶不思議な生命体だったからそういったところまで気が回らなかったのかもしれない。一番の常識人が遅れをとったのは珍しいことだ。
「ああ。あんなクソみたいな両親でも友人はいたみたいでな。たびたび家を訪れては、説教かましながら俺に乳を飲ませてくれてたんだよ。今頃どうしてるだろうな。まあ興味はないんだけどさ」
結局、あの掃き溜めから俺を連れ出してくれなかったあたり、あの人が心配していたのは俺じゃなかったのだろう。俺という息子を虐待のあまり殺してしまった親に、あいつらがなってしまわないようにと俺を生かしていただけにすぎない。
あれらを両親と呼ぶのは憚られる。
しかしあの人が母乳を与えるのを止めなかったことや、暴力で俺を殺してしまわなかったあたり、最後の良心があったか、あの人が歯止めとなっていた可能性も否定はできない。
「ま、レイルならその人まで殺さなかったあたり、まだ良心が残っていたのね、って感じね」
「だよな。後顧の憂いになるから、とか言って目撃者全員始末しそうだしさ」
途中からいなくなったし、別に俺のことを知っていても一緒に焼け死んだと思ってくれるかと思って放置しておいたんだがな。
本心がどうであれ一応命の恩人であるわけだし、無駄な殺しをすることもあるまいと。というよりはそこまで考える余裕もなかった気がする。
「会えないといいね」
「ああ。気まずいし、どうせ今会ってもわからないだろう」
命の恩人に対する感想としてはかなり外れているが、概ねその通りである。
◇
ところで、ここの名前が決まったことを忘れていた。
この自治区は「ユナイティア」という国として認められた。
そのうち、国としての建国記念パーティー的なものを開く予定もある。
ここの国は非常に奇妙で、国が一つの会社のようになっている。
移住してきたものも、何らかの形で国に関わる仕事をしていて、元奴隷だった者たちも、農作業などに勤しんている。最近は派遣業務もほとんどしていない。
人材は一年間かけて、みっちりと知識と仕事などを教え込まれ、身につけた奴から順番に働くという制度になっている。
最低限の知識がないと、時々とんでもないことをしでかす可能性があるからっていうのと、どうせ養うならば優秀な人材の方が役に立つと思ってのことである。
第一次生産から商業に至るまで、国が独占しているというかなり堅固な支配体制ではあるが、その分決まりというのはかなり緩い。未だに法律の一つもないのだから驚きだ。だからこそ、他から来た旅人やら勇者候補やら他種族がどんな目的で来ようと、問題を起こそうとも俺の采配一つで軍に配属されたり、左遷されたりするんだけどな。
俺としては、最大限国の利益になるように、かつ人道的な範囲におさまる嫌がらせを行っているつもりなのだが、事実というものは歪曲されて伝わるものである。
何が言いたいのかというと。
「レイル様! 勉強教えて!」
「カグヤ様! 僕は剣を!」
こんな俺でも仕事を教えられてこき使う予定の子供たちに慕われているということである。
自分の作った軽い教材もどきが、しっかりと効果を発揮しているのかを点検したいこともあり、そういったお誘いには暇な限りこたえている。
「ああ、そこそこ。桁を揃えてかかないと筆算がしにくいぞ」
小学生レベルの問題が主流であり、教えるのは簡単だと思われがちだかそうではない。
レベルが違いすぎると、どこで躓いているのかわからないので説明もしづらい。特に、不確定の数をXとおけないことは辛い。
男の子が3桁÷1桁の割り算に挑戦していた。
「3で割れるかどうかは各桁の数を足して3で割れるかで確かめられるぞ。468なら4と6と8を足してみろ。18だろ。18なら3で割れるから、468は3で割れる」
「どうして3で割れるかどうか確かめられるの?」
「その原理は十年早いな。興味があって、それを解明できるぐらいに数を研究できたらきっと歴史に名を残せるぞ」
たかが十年頑張れば歴史に名を残せるなどとうそぶく。
いや、実際に数学というものが魔法や経済の学問の道具として認められるならば、俺の持つ程度の知識でさえ歴史を変えられるほどにあるのだろう。
例えば物理学、これは魔法と組み合わせるだけでこの世界の戦争の様相を変化させる。
重力加速度や摩擦力などの力学一つでも技術というものは変わっていくに違いない。
その淵に立つということはすなわち歴史に名を残す機会があるということだ。
この子の数学的思考がもっと発達すれば、各桁の数をa、b、c……とおいて3の倍数の証明とかをさせても良いかもしれない。
3桁なら100a+10b+cで3で割り切れる条件を判別すれば良いだけなのだから。
「頑張ってみる」
「おう。いろんなことを学べばそのうちできるかもな」
次に話しかけてきたのは女の子だった。
「漢字が覚えられないの」
「基本的な漢字は覚えてるんだよな。じゃあ覚えやすいのからしっかり覚えてみようか。例えば、意味を表す部分と読み方を表す部分に分かれている漢字とかな。ほら、銅は金属だろ? で読み方はドウだから同なんだ。そうやって覚えていったら容量が少なくて済むぞ」
そうやって年下に勉強を教えていると、警備にあたっていた男の一人から連絡が入った。
聞けば近くに冒険者が複数いるとのこと。近くといっても、作らせた望遠鏡で確認したことなので、まだここに来たわけではないが。
警備には常に三人以上で行動させているため、誰かが来たときに連絡係よりも俺が近くにいれば俺に直接連絡するように言ってある。
素早い連絡によって早めに対処できそうでよかった。
冒険者はボロボロのようです




