嫌な相手、好きな相手
天使さんについては、用事というほどの用事はないらしい。ということは焦って対応しなくとも良いということになる。
いや、問題はあの方ではない。ヒジリアよりやってきた、いかにもデキる男の文学系お兄さんみたいなのがヤバイ。
ただ者じゃない。俺の中の何かが警鐘を鳴らす。
その本能による危機察知は、見当違いでこそあれ、間違ってはいなかった。
「あなたの聖剣が欲しくてやってまいりました!」
扉を開けた瞬間に、こんなことを言う奴がまともなはずがないのだから。
こいつを相手にする時は一人は嫌だと、仲間を全員巻き込んでいるのだが、レオナもシンヤも絶句している。
アイラは「えっ? どうして?」みたいな顔であるが、ロウとカグヤが殺気を飛ばした。
「怖いですね、そんなに凄まないでください。私は、あなたの立派な聖剣が欲しくってきただけですよ」
えっ? 何かの比喩? 性剣が欲しい? こいつ男だよな?
俺は激しく勘違いして混乱した。
「申し遅れました。私、ユダといってヒジリアにて聖物回収取締官という聖物に対する権限を与えられた者です」
そう言うと、装飾の立派な十字架のような物を見せてきた。透明なガラスのような中に銀色に輝く十字がある。この世界でも十字架は特別なのか。
ユダって……その名前はどうかと思うのは前世知識によるものであって、この世界では関係ないに違いない。
「あなたの腰に差している立派な剣は聖剣とお見受けしますが」
あ、ああ、そういうことか。
やたらと鼻息荒く丁寧語で迫ってくるから、そっちの方面の人かと。
腰に差している方じゃなくって、ついている方の性剣が本当に聖剣だったらどうしようかと。
「渡せと言われて渡せる物でもないだろう?」
「当然、見返りは用意いたします。その人がその聖物に求めている価値に見合うものを」
「なら無理じゃねえか? 俺がこれに期待しているのは、精神生命体をも攻撃できて、手入れいらずの絶対に壊れない剣だ。その条件の対価となると、同じ聖剣か、副作用のない魔剣か、精神生命体を攻撃できる程度の剣を無限に用意する必要があるぞ」
「そう……ですよね。一定で妥協してもらうか、私が諦めることになるか」
「そもそも勇者候補の権限の一つに、活動に支障をきたすほどの権力による侵害を跳ね除けるってのがあったはずだ。剣を徴収されるというのはそれに当たるはずだが」
勇者候補が国に入る時に制限が緩くなるのは、この権限の延長である。
「実際、上層部からは全ての聖物を回収しろとは言われておりません。優先的に回収するのは、神に近い聖性の高いもの、そして――――――危険度の高いものです」
「じゃあ、別にいいだろう。これも普通にしてればただの丈夫な剣でしかないんだから」
ただの、丈夫な、という二つのキーワードをとらえて彼が豹変した。
「あなたは間違っている!」
あまりの剣幕に、先ほどのアンセムくんには距離を詰められた俺も思わず下がった。
両肩をガシッと掴まれて、助けを求めるように仲間を見るも、敵意が感じられないので横に首をふる一同に絶望した。
俺は宗教関係者が苦手なのだ。偏見かもしれないが、神を信じていればいるほど話が通じないイメージがあるのだ。
「聖物とはそれだけで価値のあるものです。だからこれは私の個人的な趣味によるものです。私は聖物が好きで好きで堪らないのでこの職についているのです。ここなら合法的に聖物を探すことができるから。ああっ……その神々しい剣に触れてみたい。どうか触ることだけでも許してはもらえませんか……」
最後ぐらいでハァハァと息遣いも荒く、興奮しているのが丸わかりなので、触らせることには抵抗を覚えた。
「私、聖なるものしか愛せない体質でしてね。先ほどの女性は……例外でしょうか。会った瞬間痺れるような思いだったのですが……おそらく神の祝福でも受けた聖女かもしれません」
おい、それは体質じゃなくって性癖だろうが。それに聖物愛好――――Hierophiliaとか、マニアックすぎるだろ。
アイラに聞けば、あの女性は本当に天使らしく、この人が惚れ込むのも当然であるということだ。
聖剣をよほど気に入っているようなので、「空喰らい」を抜いて彼に向けた。
彼は喜んで飛びついてきたので、そのままブスリと突き刺した。
じゃあこうすれば嫌いにならないだろうかと思ったのだ。
彼は最初こそうめき、腹から血を出してうずくまった。
けれど、その後の言葉を聞いて全員が戦慄した。
「うふふふふ。ありがとうございます。ああっ、聖なる剣が、私を貫いているっ! ずぶりと、もっとお願いします! もっとぉぉぉっ!!!」
女子勢どころか男子勢もドン引きである。
いつから俺の日常はR18指定されたんだ?
こいつどうしたらいいんだよ。聖剣を渡す以外の解決方法が思い浮かばない相手とか本当無理。誰かこいつを連れていってくれませんかね。
「私の中に聖剣がっ! そのまま、一つになりたい。今なら死ねるっ!」
この聖剣ってそんな価値のある物なのか。
このままでは本当に死にそうなので、剣を抜いた。
ヒジリアに敵対すると表明したくないのもあるが、何よりこの変態の死体を処理することを考えたら気が滅入る。
敵対についてはもう遅いか?
まあいいか、満足そうだし。
ユダは血まみれの腹部を愛おしそうに撫でながら、口惜しいとばかりに溜息をついて、その傷を治した。
「全員がそうというわけではありませんが、高位の司祭や特殊職ともなるとこれぐらいの傷を簡単に治せる人も多いのですよ」
「治せなかったほうが世界は平和だったんじゃないのか」
前世ではお目にかかることのできない異常性癖者を前にしてどっと疲れた。
とりあえず気に入られているのが俺自身でなかったことだけが救いである。
触らせてもらえるだけで満足だったのに、まさか突っ込まれるとは思わなかったユダは実に満ち足りた顔をしていた。賢者タイムという奴だな。
ユダは先ほどの感触を思い出しては口の端からヨダレを垂らしそうになっていて気持ち悪いことこのうえない。
俺も性癖だとか、見た目で人を判断しないように気をつけているが、ここまでぶっ飛んでいるとどうしようもない。
とりあえず満足するまでここにいてもらって、そのうち帰るのを待とう。
◇
天使さんのお名前はフラストと言うらしい。
翼の数が多いのは熾天使だからだという。なるほど、わからん。
だが俺たちの前では翼を隠さないでいてくれている。とても眼福、目の保養である。テンションが高めであるのを隠しているのだ。翼、超綺麗。
「あなたがアイラの大切な人?」
「相思相愛と言っても過言ではないな」
アイラが俺のこと大切って?
俺もアイラは大切なのでどちらにせよ間違いない。
「へえ。地上で天使なんて初めて見たぜ。本当、レイルといると退屈しねえな」
「前に天界に行ったときは遠目にしか見てなかったからこうしてゆっくり話す機会があって嬉しいわね」
「久しぶり」
フラストに四人がそれぞれ挨拶した。
しかしフラストの目線は俺たちではなく、その隣にいる一人の少女に向けられている。
「どうしてここにあなたがいるのかしら?」
「レイルたちがいつまでも他の奴らばかり構っておって暇だったのじゃ。わしが客として扱われぬのなら、わしも一緒にこちら側に立てばよかろうと思ってな」
ミラだった。
ついてくるといって聞かなかったのだ。死神なんだから、わざわざ気まずそうなところへ飛び込む意味はわからなかったが、あまりに自信満々なので大丈夫だろうとたかをくくっていた。
甘かった。自分より何百と年長であろうが、精神年齢とは何百と過ごしたところでさほど変わらないものであることを忘れていた。
異世界マジックである。
いや、現実逃避している場合ではない。
この剣呑かつ気まずさMAXの状況をどうにかせねばならんのだ。
と二人の間に割り込み、言い訳の一つでもしようかと思ったのだが、拍子抜けするような理由でバトルは起こらなかった。
「理由を言ってはもらえないようね……何を言っても、私が立場上格上の貴女に指図できることなんてないのだから、これ以上の詮索は無駄かしら」
フラストさん……ミラの掛け値なしの本音をすっとぼけた──策略や駆け引きの一種だと思ったらしい。
そうか、このちんちくりんの方が上なのか。
ミラが凄いことはわかっていたが、天使様もひれ伏す権力か。存在の格というものは凄いのだな。フラストさんは敬語使ってないけど。
俺がフラストさんにさん付けで、ミラが呼び捨てなのはその立場によるものだ。フラストさんをアイラの友人という形では認めているが、この場においては身内ではなく客だということに他ならない。ミラはもう身内だ。
それを言うと調子にのってややこしそうなので、本人には言わないけれど。
「よくわからんが、世間は狭いの! わしが気に入った人間と、お主が気に入った人間がこうして仲間同士だとはの」
なんだかいい感じにまとめようとしやがった。
「フラストさんがここまでわざわざ飛んできてくれたのはどうしてだ?」
「アイラに会いにきたのと、アイラの仲間っていうのを見たかったから、というのが初めの理由ね」
どうしてアイラは機械族とか天使とかやたらとそれっぽいのに好かれるんだよ。俺なんて死神とか悪魔とかだぞ。好かれるだけマシか。
性格か? 性格なのか?
これじゃあ俺がラスボスでアイラが勇者とかでも驚かんぞ。いかにも選ばれました感出てるし。それは熱い戦いになりそうだ。俺からすればアイラと戦うなんて御免だがな。
「もう一つは忠告、かしら」
「忠告?」
カグヤが聞き返した。
「あまりに日頃の行いが悪いと天罰を与えますよってか?」
シャレにならねえぜ。
「いえ。あなたの思うような忠告ではなくってね」
だよな。でなければ親を殺した時に最大の天罰が下って俺はここにいないだろう。
「私の主が不穏な力を感じるって言うから」
「嫌なフラグビンビンだな」
「フラグ?」
「いや。続けて」
「えーっと……まだその正体ははっきりと確信が持てないから言えないそうなんだけど、しいて言うなら私たちを冒涜する存在?」
また禍々しいものが出たもんだな。
「あの神殿で次来る人を待ってもよかったのだけど、誰に相談していいかわからなかったし。あなた、一応勇者候補なんでしょ?」
「ああ。フラストさんが神の眷属天使族で、その主が神族であっても他種族であるのは同じだ。俺は他人の言葉は平等に耳を傾ける勇者候補だからな」
「それは良かった」
フラストさんは「それは近いうちに現れるでしょう」と縁起の悪いことを言い残した。
異常性癖ってかなり数があるんてすよね。エメトフィリアとか、シンフォフィリアとか。
知ってましたか? 同じ年下への性愛でも、ペドフィリア、エフェボフィリア、ロリータコンプレックスなどと細分化されていることを。
今回登場していただいたのは聖物愛好。実際に見たことはないので、個人差という理由で軽めにさせていただきました。




