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客人たち

 オークスたちに別れを告げた。オークスは寂しそうに、「またいつでも来てくれ」と言っていた。

 朝方、俺たちは海上に転移した。わざわざ海の上に転移したのは、もう一度上空からこの国のある場所の海を見ておきたかったからだ。俺にだって感傷というものはあるのだ。

 海は群青と紺碧を混ぜこんで、アクエリウムを隠していた。

 今でもあの国にいたことが夢のようだ。


 いつまでも上空待機しているわけにもいかず、クラーケンの入江の向こうにある自治区に戻った。



 ◇


 シンヤはできる男である。俺なんかよりもずっと正統派の賢く、有能で、俺の下につくのが不思議なぐらいだ。

 それはここまで発展した自治区を見るたびに思う。俺は人材を育てろとは言ったが、本格的に町を作れとは言ってない。だが目の前に広がるのはもはや都市国家に近い。


「おかえりなさいませ!」


 自治区に戻ると、で迎える役割はシンヤのようだが、その仕事を奪って先に飛び出してくるのがレオナである。

 なあ、俺は帰ると一言も言ってないはずだが、お前は知人センサーでもついているのか?

 逆にレオナが飛び出すと俺が帰ってきた合図となるらしく、何人かの子供たちやガラの悪い男たちが出てくる。好奇と親しみのこもった視線は悪くない。


「おう、レイルの旦那帰ったのか」


 ちょっとだけ気まずそうな顔をしたのは、何か言いにくいことでもあるのだろうか。

 どうやら俺たち専用の施設があるようで、その建物について話しながら何故か別の場所へと向かう。


「ここって……」


 大きく、立派ではあるが、どこか機能の足りなさそうな建物の中へと案内された。


「ああ。客人用の特別宿泊施設だ。レイルの旦那に客がいるんだ」

「私たちは先に戻っていていいかしら?」

「そうだな……まあ」

「いて欲しいなー」


 どう考えても俺一人で背負うには嫌なことが待ち受けている。能力的に無理、ではなく、主に精神的に嫌だというだけだが。

 俺に自己犠牲精神というものはないので、当然仲間を積極的に巻き込んでいく。


「いいぞ?」

「……やっぱりここにいるわ」


 カグヤが意見を翻す。ロウがここにいるからだろうか。そんなことを思った。


「というわけで全員参加希望だな」


 四人を見てそう言うと、シンヤが俺を妙な目で見ていた。


「……俺からは何も言うまい」

「じゃあ案内してくれよ」

「へいへい。こちらですよ、旦那様」


 慇懃無礼の馬鹿丁寧から馬鹿だけを抜いたような口調で案内された。

 大きな部屋には机が置いてあり、そこには大勢の人間(?)が待っていた。


「お主が最悪の勇者、レイル・グレイか! 某と手合わせ願いたい!」

「貴様が愚民の分際で、僕の婚約者を誑かした極悪人か!」

「はじめまして。ヒジリアよりやってまいりました。貴方がいなかったのでこちらで待たせていただきました。そこの高貴なるお方、名前だけでも……」

「遊びにきたわ。ここは騒がしいわね」


「やっと帰ってきたか。待ちわびたぞ。そういうわしも冥界で仕事をしに一度帰ったのじゃがな」


 上から筋骨隆々のおっさん、いかにもお坊ちゃんといった風情の男の子、メガネをかけたお兄さん、翼を隠した綺麗なお姉さん、そして白髪に鎌を持った少女である。

 後ろの二人はわかる。当然最後はミラであり、もう一人はおそらくアイラの言っていた天使だろう。

 上の三人は何だ? 一人は俺に用事で、もう一人がレオナの関係者であることがわかるが……ヒジリアから来た人は何故か息を荒げて横の天使をナンパしている。


 厄介な事にしかならなさそうだ。

 俺は無言でバタンと扉を閉めた。





 シンヤ曰く、どいつもこの場所ではなく俺への客であったために、こうして一箇所に集まってもらったのだとか。

 お願いだから部屋をそれぞれに分けてほしかった。そしてミラはもう顔見知りなんだからここに放り込まないでほしい。

 死神と天使と人と、おっさんは獣人かな?と、ってカオスすぎる。


 俺は部屋の前で頭を抱えていた。

 カグヤの不審な目つきはいつものことである。ロウは面白がっている。アイラだけが癒しだ。レオナにもついてきてほしい。ミラ?あいつは駄目だ。厄介事側にいる。


 というよりヒジリアの人が俺に何の用だよ。

 ま、まさかヒジリアがここに宣戦布告とかか?

 ……ってどこの魔物の街だよ、ここは確かに他種族もいるけれど……と脳内に主要住民を思い浮かべた。

 元奴隷商、元暗殺者、元奴隷、死神ミラ魔族ホームレス魔物クラーケン、そして俺たち。

 ああっ、駄目だ。どう見ても魔物の街より邪悪だ。討伐依頼どころか国が総出で襲ってきても仕方ない。

 やっぱりヒジリアに目をつけられたということか。くそう、ならばこれからヒジリアにいって主要人物に毒を盛ってこれば……


「物騒なことばっかり考えているわね。どうしてそう、起こる前に無駄に悲観的になるのかしら」


 どうやら口に出ていたらしい。


「で、盛ってくるのか?」

「ははははは。冗談だよ。冗談」


 俺は笑ってごまかした。



 ◇



 とりあえずミラには別の部屋にいってもらって、カグヤやロウ、アイラと語らっていてもらうことにした。知人なのに待たせるのも悪いし、他はどうせ俺に用事があるようなので。本当は一緒にいてほしかったのだが。

 一番手っ取り早く終わりそうな獣人のおっさんから話を聞くことにした。

 部屋から呼び出して、用件だけを尋ねた。

 かなり無礼な態度である。まあアポもなしに貴族で勇者候補で自治区の責任者を訪ねて、宿泊施設に居座っているような豪胆なお方だ。それぐらい気にすることもあるまい。

 一応客人だ。表面上だけ丁寧な対応を心がけて丁重に帰っていただこう。


「これでも飲んで」


 俺はコップに茶を淹れて出した。茶は少々値が張るが、手に入らないこともない。

 彼はそれを飲まずに本題を切り出した。


「ドウアと申す。先ほども言ったように、手合わせ願いたい」

「丁重にお断りさせていただきます」


「戦って勝つことこそ武人の誉れではないのか?」

「武人ではないですし」

「負けるのが怖いのか?」

「負けたことぐらいありますよ」

「ならばなぜ」


 言い募るのでだんだんと面倒になってきた。


「じゃあこうしましょう。僕が勝ったらここで働いてください。僕が負けたら……お金でもあげましょうか」

「随分こちらに不利に見えるな」

「当然でしょう。戦いたくないのに決闘を受けるんですから」


 この場所に足りないのは武力である。農作業用の労働力は足りているようだし、統率者は増やす意味がない。彼を引き込んで、元奴隷商の部下の自警団に組み込もう。


「まあよかろう。某も腕には自信がある」

「決闘はじゃあ一息ついた三十分後ぐらいでいいでしょうか」

「いいだろう。それにしてもそちらは随分呑気なものだ。武人の覇気が感じられん。不気味さだけか?」


 そう言うと、ドウアはおもむろに剣を抜いた。鞘と剣がこすれる音がして、その剣を俺に突きつけた。よける理由もないかと、真正面から剣を見据えた。


「ほう……なかなか肝は据わっているということか。戦いは剣を打ち合わせる前から始まっていると思っている。相手の力量をはかるのもまた、戦いだともな」

「戦いはもう始まっている、ねえ。僕と同意見だったとは」

「ふん、やる気があるのかないのか。三十分後とは言ったが、いつでも襲いかかってきて構わん」


 そう言って、俺が出したお茶をぐいっと飲みほした。


「ありがとうございます。気が向いたら……と言いたいところですが、もう何もしないと思いますよ」

「そんな言葉を信じられるほど、呑気な生活は送っておらん」

「別に信じなくても構いませんよ」


 ドウア対レイル、決闘の約束がここに!と盛り上げてくれる解説者でもいればね。



 ◇


 アイラが出てきて、俺の様子を見にきた。事情を説明すると、怪訝そうに尋ねた。


「レイルくん決闘するの?」

「で、決闘がどうなったかって? 俺がまともに決闘なんてするわけないじゃないですかーやだー」

「しないの?」

「まあするけど」

「わけわかんない」


 とこんな会話を繰り広げているのは、ドウアさんの目の前。つまりは決闘直前のことである。

 カグヤやロウの他にも、何人もの観客が見に来ていて非常に辛い。できればどこかへ行ってもらいたいものだ。


「早くしてもらいたいのだが」

「ああ。悪い悪い。じゃあ始めようか。好きな時でいいぞ」

「そちらの方が気楽で良いな!」


 そう言い終えるが早いか、ドウアさんは地を蹴って迫ってきた。

 ガッと激しい音と共に、背後の地面がえぐれる。


「はっ! これから部下になる相手に敬語なんていらねえかと思ってな」


 やや反った80センチメートルほどの剣身は先が二つに分かれており、シャムシールみたいな感じだな。

 まっすぐにきたそれを空喰らいで受けとめた。


 勝負は一瞬であった。


 ドウアさんは膝をついた。

 顔を真っ青にして、冷や汗をかきながらこちらを睨みつけている。


「何を……した……?」

「えっ? その顔だともうわかってるんじゃねえの? 攻撃してもいいって言うから毒を盛らせてもらいました!」


 毒をっていうか、単に薬にも分類されるけどな。やや効き目が強すぎるやつだけど、その分お高いやつだ。


「いつの間に……」

「決闘の話が出る前に出されたお茶だから大丈夫だと思った? 残念、下剤でした!」

「卑怯者が!」

「警戒心が強いみたいだから、もしかしたら解毒剤でも飲んだのかなーって思ってた、ごめんね。臭いものをみんなに見せたくないから、漏らす前に降参して出しにいってほしいかな」


 お茶で色は誤魔化せたし、味はないから飲ませるだけなら苦労しないよね。

 獣人の素晴らしい身体能力も、冒険者としての経験も技術も、動けないならなんの意味もないよな。


「くそっ……降参だ」


 下剤だけに。ってやかましいわ。

うむ。レイルくんはいつも使い古された手法を使ってくれますね。

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