オークスの想い
オークスの番がやってきた。
進行役の妖精に名前を呼ばれ、二人で壇上へと向かう。
いくらリヴァイアサンを倒したからと言って、全ての国民が俺のことを知っているわけではない。王候補の隣にいるのが人間であることに気づいた人たちは様々な反応を見せてくれる。
不審、動揺、尊敬、嫌悪、憧憬。
ありとあらゆる感情が渦巻く、大衆の中心への一歩を踏み出す。あまりに楽しげなその光景に躊躇うオークス。見ると彼の足は微かに震えていた。
「俺、この演説が終わったら結婚するんだ」
「えっ? あ、そうなのか? おめでとう」
「冗談だ。つっこんでくれ」
さすがにこちらでは死亡フラグギャグは通じないか。
だが意図だけは伝わったようで、その顔は引き締まっている。
「見せてやろうか、俺たちを」
俺たちは壇上に上がった。
ケアノの時とうってかわって、なかなか鎮まることのない大衆に向けて第一声をあげた。
「私はレイル・グレイと言います。こんなナリではありますが、人間の勇者候補という肩書きの冒険者です」
とりあえずは自己紹介から。他にもいろんな肩書きやら二つ名やらついているのかもしれないが、これでいい。
「あなた方はこの国をどう思っていますか?」
言外にいくつもの意味を含ませながら、その内容を聴衆の想像に任せる。質問を抽象的にすればそれだけ多くの人が自分の都合の良いように解釈してくれるだろう。
魔法の併用で、その声は大きさの割にはより遠くまで響いた。
「確かにっ……! 貨幣の価値が一定しないとか、王選定になって警備が手薄になったりだとか、特定の物がやたらと高価だったりいろいろと問題はあると思います」
警備については完全に俺たちのせいですね。実際はなんら警備には問題がない。リヴァイアサンを止められる国なんて海の中に作れるわけもないだろう。もしかしたらあれは時間稼ぎで、もう少し待ってれば本隊が到着したのかもしれないが、結果論から言えば部外者の俺に始末されたけどな。
「だけど……この国は素晴らしいと思います。これほどの多種族が平和に暮らす国は他に知りません。幻想的な光景が広がり、王もみんなの意思を尊重して決められる……」
落として上げる、基本だな。
これで政治についての民主主義を取る国民の立場というものを少しでも考えてもらえばなお良い。
「私が彼を推すのは、彼が普通だったからです。彼は当初、自分が王に相応しくないと嘆いていた。自分の能力を把握しながら、それでも国のことを思える人物がどれほどいるでしょうか! ここに立った多くの人は、自分が王に相応しいと立っているのでしょう。きっと彼だけです、今も、こんな自分を選んでくれるのかと不安で胸が押しつぶされそうになっているのは!」
倒置法による強調、さりげなく他の王候補を落とすというおまけ付きである。
「これまでこの国は国民の支持を受けた名君が治めてきたのでしょう。きっとそれなら今を維持するだけなら素晴らしい手腕を見せてくれることでしょう。だが、大きな革新に必要なのはカリスマでも武力でもない、等身大の目でこの国を見ることができる、そんな人物ではないでしょうか」
あまり長い演説も、国民を飽きさせる原因となる。これまでの演説で疲れてもいるだろう。ビシッと切り上げてその余韻で彼らに不信の種を蒔く。優れた人物を上に置くだけの今までのやり方に疑いを持つように。
「時には、人に支えられる王がいても良いのではないでしょうか。どうか、彼が万能だとはいいません。ですが、だからこそ多くの声が届く王を選び、そして支えてあげてほしい」
これでただ自分の選んだ候補を推すだけの演説ではなく、本当に国を思っているかのような錯覚を与える。
そう、今までの全ての活動がここに収束させるための布石であったのだ。
他の有力候補も、全てが万能ではない。そのことを知らせるためのネガティブキャンペーンに加えて、なら結果が良くなるのなら優れた人物を選ばなくても良いと言い聞かせる、その最高のシチュエーションを作るための準備であった。
これでいい。後はそっと拡声器を下ろして……と俺が切り上げようとしたその時、俺の手から拡声器を奪った人物がいた。
「ここからは僕の気持ちを聞いてほしい」
オークスだった。
予定にない行動に、何をする気か、と慌ててその顔を見た。しかし彼の顔には先ほどまでの怯えや竦みは見られない。
大丈夫か、と俺は成り行きを見守ることにした。
「まず初めに、僕は彼、レイルを単なる客でも、部下でもない。一人の友人だと思っている」
初耳だ、とまでは言わない。タメ語で話せと言われた時点で俺もオークスを一人の友として見ていたのだから。だがそれをここで言うことは良いのだろうか。
「彼は僕が魚人であっても、さらには貴族だと知っても態度をまるで変えなかった」
オークスはそれを俺が特別だとは言わなかった。貴族や王候補ってだけで態度を変えなかったのは俺だけではない。町の顔見知りの人々は何ら変わりなく彼に声をかけていた。それを不敬ととるかはその人次第だが。
「僕は多くの人に支えられていたことを自覚しました。きっとこれからもそうです。クイドさんみたいに強くないし、ケアノさんみたいに遥か先を考えて行動しているわけでもない。ロレイラさんみたいに魅力があるとも自惚れることもできない。ローナガ様みたいに賢いわけでもない。レイルと出会う前からずっと知っていました」
その言葉に何人かの人が反応した。
露骨に舌打ちする者、ニヤリと笑ったのはクイドか、ケアノは未だ無表情だ。
「レイルのやり方を見て思い知らされたんです。勝つのに相手より強い必要はない、と。彼はリヴァイアサンをも倒せる強さを持ちながら、自分を弱いと言いつづけていた。まるで自分に言い聞かせるように。それはきっと、強さは持つだけでは意味がないって言いたかったんだと思います」
それは買い被りだし、そもそもリヴァイアサンを倒したのが実力だとか思われても困る。
山の上で猿が石を蹴っ飛ばしたとするじゃん。転がった石が強い戦士の頭に当たって打ち所が悪くて死んだら、猿の方が戦士より強いのかよ。
「僕が王になったとしたら、人間と手を取り合うところから始めたい。レイルを見て思ったんだ。僕たちは、人魚、妖精、獣人、魚人と四種族で暮らしている。そこにもう一つ、種族が加われないはずがない。全ての人とは言わない。レイルのように、種族にとらわれない人間とだけでも、仲良くなっていきたいんです」
ちょっと待て、確かにそれは俺からも言いたかったが、今ここで言うのか?
「強さを持たない僕に、何ができるかはわかりません。未だに僕が王に相応しいなんて思えない。そんな僕でも、支えてくれる人はどうか、僕を選んでください。力を貸してください」
なんていうか、ここに最初立った時とは随分違った様子だな。
微笑ましさであったり、値踏みするような目であったり、感情の種類も量もかなり変化していた。
ケアノとローナガはその結末が予想できているかのように眉をひそめている。
気まずさも少し残る会場を後にし、俺たちの演説会はこうして終わった。
◇
そして俺は帰ってきてから頭を抱えていた。俺にしては珍しい悩み方である。それもこれも、オークスの最後の言葉が原因である。
「はあ…………どうなるんだよ」
完全に予定外の行動に、とっさのフォローも何もできなかった。
計画に修正を入れた方がいいのだろうか。
人間との貿易や友好はもっと時間をかけて慎重に推し進めなければならないから、むしろオークスが王になってから反対されながら進める方がよかったのに。あんな演説で王になると、むしろ反対意見が出にくくってやりにくそうだ。
そしてそもそも王になれるかどうかだ。
オークスの言葉は一見なんの問題もなさそうに思えるが、俺を友人扱いし、そして他の王候補を褒めたのは結果に影響するだろう。
そんな俺に、アイラが面白がるように話しかけてきた。
「レイルくんにしては珍しいね」
「俺が何を悩んでいるのかわかったのか」
「オークスくんが予定外の演説をしたこと、でしょ」
「ああ。どうせオークスの立候補だし、オークスの演説なんだから別にどうしようといいんだけどよ」
「だから珍しいって言ったの。オークスくんのあれを失敗として捉えていることが珍しいねって。レイルくんなら笑いとばすところでしょ」
「俺の立ち位置じゃねえんだよな……」
落ち込んでいるというのかなんなのか。
「オークスくんがレイルくんに全て任せて、王になったとしても、その王としての在り方とやりたいことに食い違いが出たら周りの人は苦労するじゃん? どうせなら今のうちに言って納得してもらってから王に選んでもらえば、その問題をただ感情で反対されないんじゃない?」
「……それもそうか。でもなアイラ、俺の中では感情も一つの理由として主張できるんだぜ?」
仕事は感情を抜きにしなければならないが、外交においては政治家たちの感情は国民の感情に含まれるのだから。
例えば、感情を抜きに得があるから人間と友好を結ぶと言ったって、それを国民が嫌がれば良い関係を築けるとは思えない。
だからこそ、俺にしてはらしくない怪物の討伐をして評判を高めたのだから。いや、俺は結構評判のために無償労働することもあるか。
「だからさ、自分たちが支えたいって思った王様が人間と手を結んでも平和になるように手伝ってくれって言うならそれは感情面での補完にならない?」
なるほど。
「アイラに言われる側になるなんてな。なるほど、確かに俺はちょっと後ろ向きすぎたかもな。オークスが目指したい王と、国民が欲しい王が食い違うならオークスも動きづらいだろうし」
そうすると俺の意見も通りにくくなるのは必然で。
そう考えるとオークスが前面に出たのは、最後に彼自身を見せるという俺の最初の宣言に忠実だったのだから決して悪手ではなかったのだ。
それをアイラに言われてしまうあたり、参ってしまっていると言える。
というかアイラが成長しているのだ。ついでに言うと俺の成長は生まれる前に止まっている気がしてならない。
「大丈夫。レイルくんは凄いかもしれないけど、足りないなら埋められるから」
「よろしく。きっと俺一人だったらどこかで暴虐の限りを尽くして大魔王になってしまってたかもしれないからな」
と空間把握を部屋の周囲までにしていたら、部屋のすぐ外に人を探知した。同時に扉が開けられて、現れたのがカグヤとロウだとわかる。
「それについては今もあまり変わらないわよ。積極的に引っ掻き回すだけの機動力がなく、あんたより善良なだけ魔王の方がずっとマシよ」
「魔王に失礼だろ、レイル」
二人は遠くからも俺の会話を聞いていたらしい。盗み聞きとは悪趣味な奴らだ。聞かれて困る会話を魔法で隠蔽もせずにするほど俺もゆるゆるじゃあないが。
「なかなかよかったぜ。レイルにしては大人しすぎたけどな」
「私はホッとしているわ」
「何をバカなことを。俺みたいな人間の良心を凝縮したような男がそんなに酷いことをするはずがないじゃないか」
「レイルくんは時々、自信に見せかけた自虐を言うよね」
はいはい。冗談ですよ。
ようやく次回、アクエリウム編が終わりそうです




