演説会
真珠の取り分は、俺三割、ロウ三割、オークス四割で当てようとしたのだが、オークスがびびって受け取らなかったために俺とロウで分けることになった。
チッ、貨幣偽造の共犯者に仕立て上げようとしていたのに。と思っていたら、売りはしないけれど一つだけなら、と受け取った。その反応は送りたい相手でもいるのか? それとも王になったらそれで指輪でも作るのか?
ロウまでもが、「俺はそんなにいらねえから」と遠慮したために、その八割から九割を俺が管理することとなった。プレゼントに幾つか使うとしても、これを一つ売るだけで一財産になることを思えば多すぎる。
そうして俺たちの資金確保が終わった。
それからはなかなか楽しくやっていた。
誰にもリヴァイアサンを殺せる冒険者に暗殺者を送れるほど度胸があるわけがなく、無事に平和な日常パートに突入したと言える。
商人に取引を持ちかけてみたり、ある貴族の屋敷に大量の武器を送ってみたり。アイラとカグヤをナンパした不届きものにロウと二人で闇討ちをかけにいったりしたこともあった。
王の選定に関わっている者たちも、薄々ではあるが俺たちがしてきたことに気がついているのか、嫌悪感をあらわにする者と褒める者、そして怖がる者に分かれていった。
リヴァイアサンを討伐したというだけで、何も知らない民衆からはまだまだ人気もあるようだ。街を歩けば声をかけられたり、お店ではおまけしてもらえたりすることがしばしばある。
まるで他人事のように話してはいるものの、俺たちの人気はオークスの人気に直結する。少しぐらいは気をつけた方がいいかもしれない。
魔物を誘っていた俺が言うのはあまりに白々しくふざけたものではあるが。
影に日陰にと華々しさから程遠い活躍を繰り返してその日を待った。
今回は地道な宣伝活動と、人々の意識の刷り込みなどの積み重ねが大事なのだ。
戦闘みたいに一撃必殺で殺すことができれば良いわけではない。
どんでん返しなどあり得ないとも言える。だからこそ、僅かな時間をフルに使って、褒められないような手段まで駆使して……っていつも通りか。
ま、決め手、ってのは存在し得るがな。
その決め手となり得る、王の意思表明の演説会の日がやってきた。
◇
演説会のルールは至って簡単。
王として立候補した貴族陣のお坊ちゃん、お嬢様方について、「王になったらこんなことをしてみせる!」とか「こんな点で王に相応しい!」と宣伝活動を公式に行える場である。
宣伝する人は誰かなどとは問わない。多くの場合は、支持者の中で一番候補の人を知っている奴であったり、一番影響力の高い人物を押す。
だから人間である俺でも他国の政治活動におおっぴらに参加できるというイベントではあるが、それでも本来影響力もあまりないはずで、候補のことをさほど知っているとも思えない人間の勇者候補なんてイロモノが出てくることは異常事態である。
そのあたりを理解してローナガも俺の裏切りについてさほど気にしていなかったようだ。自分を選ばない時点で勝ちにこだわらないとも思われているのかもしれない。
王を選ぶというのは、これから数十年、場合によってはこの国の何百年先を左右する行事である。
国民の多くがこの演説会の会場のどこかにいると言っても過言ではない。
全て、ではなく多く、といったのは、この日だけは国の各地に風属性の魔石をふんだんに利用した魔導具が設置され、家にいるだけの、または家から出られない人たちもその演説を聞くことができるからだ。
いくら会場が大きく、この国の人口が少なかったり立体で聴衆席が作れるといっても会場に全国民が収まるはずもない。それを考慮した上での措置でもある。
家にいる人の中には、その場の雰囲気に惑わされず判断したい、または人のいる場所に姿を現したくないワケありの人など少数の曲者がいる。
そういった奴はただ大衆に迎合することを嫌うため、前もって根回しは済んでいる。
俺たちは貴賓というかメインとして拘束されているオークスの元に向かっていた。
運の良いことに、俺たちの番は最後だ。他の人の番は知らされないが、何番かだけはわかる。
「すごい人だね」
人混みに慣れないアイラはややおどおどしながら俺の服の後ろを握る。
上下左右、前後問わずに展開された席には関係者が出入りするための結界通路が存在している。これは妖精族の協力……まあケアノの指令によるものだ。この役目ばかりは毎回同じで妖精のものであるらしい。
「うっわー慣れねえわ」
「ロウは隠密行動が基本だから余計でしょう?」
そういうカグヤはあまり動じていないようだ。ああ、昔ストーカー予備軍に家の周りを包囲されたことがあるんだっけか。
俺だって久しぶりすぎて、しかも注目されないのが普通だから注目されまくる今は非常に居心地が悪い。
野球選手やサッカー選手はこんな気分だったのだろうか。
演説会が始まった。
一番手はロレイラであった。
いくらネガティブキャンペーンされたからと言って、その美貌にはいささかの変化もない。いざその姿を見ると見惚れる輩が続出するほどには。
「私、ロレイラ様の演説をさせていただく者です」
ロレイラの他に壇上に上がったのは筋骨隆々な男の人魚。その表情からはロレイラへの心酔しか読み取ることはできない。
彼女の声ならば、自身で演説された方が厄介だったようにも思えるが、彼女の強みである美貌を自分で解説するのはやや印象も悪かろう。
話さずとも、彼女が壇上にいるだけでも影響はある。
「ロレイラ様が最も王に相応しいと思ってこの場に立っています。それだけは譲ることができません!」
頑として言い切った男に、称賛の声が飛ぶ。そしてそれを咎める女性がいないのも面白い。
魔法で声や見た目をいじくりたかったが、この会場内に簡易結界が張られており、その中でバレずにことを済ませるほどの自信はなかった。
結界はもちろん、国の重要人物の集まる会場で暗殺騒ぎなどがあれば困るからだろう。
「ロレイラ様の声は万人を癒します。それは何故か? もちろん歌声に魔力が込められているのもあります。だがそれ以上に、彼女の声には心がこもっているからです!」
そして彼はロレイラの優しさがいかに素晴らしいか、慈悲深い彼女なら、 平和で素晴らしい国へと発展させてくれることなどを力説した。
そうして一人目の演説は終わった。
次に出てきたのはイカの魚人の女の子であった。
有力候補はだいたい頭に入れているが、この王の選定というものは本来立候補者が演説会より前にわかることはあまりない。暗殺や妨害を防ぐためである。
立候補すると思っていたのにしなかったり、逆に全然名前も知らない相手が出てきたりする。彼女は後者であった。
貴族の一人が、彼女の経歴と共に現在のスペックの高さを出し、将来の有望性などを語った。
最後に、その貴族から風属性の魔導具を受け取った。
「私は、ある人のために王になりたいと思っています! その人は優しく、いつも国を憂いているのに全く自信がありません! 私が、王になって、その人を認めて、認めさせてあげたい! だから、これは自分勝手な立候補です。そんな私でよければ、どうか、王に!」
なんだか聞き覚えのあるようなことを言って彼女の演説が幕を下ろした。
ローナガ、そしてまた一人、と終わっていき、クイドの番になった。
クイドは自分の他に演説の役を連れていたはずが、最初からそいつの持っていた拡声器を取りあげた。
「クイドさんっ!」
取り上げられた彼が悲鳴に似た声をあげる。
「いや、お前を信頼してないわけじゃねえよ。でも、やっぱり性に合わないんだよなぁ」
そして全体に向けて語り出した。
「なあ、最初は俺もこいつに演説を任せてとちらねえように堂々としようと思っていた。だがなぁ……俺には似合わねえんだよ。どうにも格式だとかを重んじれなくてな。俺はあまり賢くはねえ、だが何かあったときには率先してお前らを守るために前に出る自信がある。そんな俺を王失格だと言うやつもいるだろう」
クイドはすうっと息を吸った。
その全身から殺気にもにた気配が立ち上る。
そこで民衆のざわめきもなりを潜めた。
「だが! 王は一番だ! 自分の民も守れなくって何が平和だ! 俺は強く、勇敢に生きてみせる! 信じてくれるものを引っ張って、背後の奴らを守るために! だから、ついてきたい奴だけついてこい! 一番前にいてこそ王だ!」
ビリビリと振動が伝わるほどの一喝に、鳥肌が立った。
素直に凄いと思った。王として云々ではなく、その覇気と、タイミングの良さに。
今まで、王を人を使う、人の上に立つ、そんな立場として演説してきた奴らを一気に否定した。おそらく彼にはそんな意図はないだろうが、策略も、悪意もないだけに彼の声はよく響く。
彼の豪胆さがよくでた演説だと思った。
割れんばかりの拍手と喝采に包まれ、彼は壇上をおりた。
次は、一番の強敵であるケアノの番であった。
妖精のほとんどと、そして多くの現場で働く職人などにも支持の高い妖精の王。
彼の演説について、さほど語ることは多くない。
クイドが殺気にも似た気配を出してようやく民衆は静まり返ったが、彼は格が違った。
彼が壇上に立つだけで、誰もが一言も発することができなくなった。
まるで時が止まったかのような錯覚を、戦場以外で受けることになるとは思わなかった。
クイドが鼓舞した民衆を、まるで冷水をかけるように元に戻してみせた。
まるで冷静になれとでも言わんばかりに。
彼は自ら出たのだが、クイドのように声を荒げることはなかった。
まるで自分がここにいるのが当然とでも言うかのようだった。
こいつの後で演説しなければならないのか……マジかよ。
珍しくレイルがおとなしい回でした。
次回、レイルサイドの演説。レイルのオークスに対するスタンス、そしてオークスがレイルを認めた理由が。
アクエリウムの王編も終わりに近づいてまいりました。




