カニとクジラって何倍差があるんだろう
◇
所変わってオークスの城に呼ばれた。
調度品や内装はローナガの城とは比べものにはならないが、それでも一般貴族よりはやや良さそうだ。
あくまで人間貴族の屋敷で十年ほど過ごし、人間の王城の幾つかを見たことがある人間主観ではあるのでどこまで当てになるのかはわからない。
そもそも家具の高さなんて見栄をどれだけ張るか、ぐらいの違いでしかないわけだし、どちらかというとどれだけ機能的かつ快適な家に住んでいるかの方が重要とも言える。
後から聞いたことだが、この国の貴族、つまりは王候補というのは若い者から選定する傾向があるらしい。
ローナガもあれでいて、脂ぎったおっさんだったりはしないわけだ。結構若い者ばかりということである。
ここにいるオークスはその中でなお若い。父親がまだ現役で当主の座についており、将来に向けて頑張っている最中、と。
ますます分が悪い。若いのはいいこと、と言えるのは体力面ばかりで、経験による老獪さは他に敗北するというわけで。それを国民もわかっているからこそ、のこの状態ということもある。
で、その父親だがオークスは期待というから親バカかと思えばそうでもないようで。
「オークス。今回はよくやったと言っておこう。だがな……また逃げおったな!」
「ご、ごめんなさい!」
開幕早々怒鳴られてオークスも背筋を伸ばして答えた。
ご隠居生活はまだまだ遠そうだな。
「で、そいつらが」
「王選定の時まで助力していただく食客という名の部下になります」
「失礼した。愚息を頼む。リヴァイアサンを倒したのはそなたらと聞いている。その意味をも理解した上で、と」
「いえいえ。運が良かっただけでございます」
「馬鹿いえ。運が良いだけで無傷で仕留めてこられるものか。軍が出動してもまともに傷が与えられなかったと聞く。そなたがいなければ泥沼の消耗戦だったに違いない」
本当に運が良かっただけなんだけどな。水神の羽衣がなければあんな強引な策なんてできるはずもない。その羽衣だって貰い物でしかない。
「何をしたのかは……聞かせてもらえないだろうな。魔導士にとって手の内の秘匿は基本だろうし」
「えーっと……別に職業魔導士ってわけじゃないんですけどね。確かに魔法は使いますけど」
「だが光魔法の空間術を使ったのだろう?」
この国においても空間術と波属性の光魔法は同じように分類されるらしい。時術も同じことを考えるとまあ、波属性を特別扱いしているというふうにもとれるけど。
「そなたらも腕はたつのだろう? ぜひとも愚息を頼む」
「それぞれ特徴はありますが、レイルが弱いという以上、私たちもまた、弱いですよ」
「レイルくんは強いんじゃないかな。強い敵でも倒すけど」
「俺がまあこの中では能力的には一番まともかもな」
三人も軽く自己紹介した。
オークスはカグヤとアイラを見て、すぐに目を逸らした。
オークスの親父さんはその様子を面白がる素振りであった。
それから幾つかのことについて尋ねられた。
たわいないこと、答えたくないことといろいろあったけれど、まあ適当な答えを返していく。
全てが終わり、とりあえずオークスに呼びかけた。
「オークス様、この城に貴族の目録などはありますか?」
俺は誰にでも平等な男ではない。その場にいる人間によって対応が変わる。今回、オークスに敬語になったのもその一環である。
それがオークスにとっては不自然だったようで、俺に訂正を求めた。
「何を今更かしこまっているんだ。今までみたいに呼び捨てと普通に話すのでいい。今の僕は単なる一貴族だ」
父親は何を言うのかと様子を窺ってみるも、何も言わないのは放任主義なのか。
いや、とても納得した顔だからこのセリフは彼の意にかなうものなのだろう。
◇
オークスのお父さんのいた部屋から出て、オークスの家の書斎に向かった。
「王の選定までいくらだったっけ?」
「一ヶ月、ってところかな」
滞在することを考えれば随分長いが、王候補を王として擁立するには随分と短い。
「あのケアノってのが強そうだったな」
「ああ。僕より五つしか歳上じゃないんだけど、小さいころから神童と言われていてね。気がつけば有力候補さ。いや、同じ有力候補のローナガ様も僕より十も歳上か。経験による狡猾さと貴族としての力が強いからね」
オークスもまともに教育は受けているらしく、貴族の顔と特徴ぐらいは覚えているらしい。立派なことだ。
有力な貴族同士はパーティーなどで会うこともあり、顔見知りであることも多いようだ。
だからこそまがりなりにも王候補であるオークスはクイドやケアノに顔を覚えられていたわけだが。
どうだろうか、顔を覚えられている、評価が下されているというのは有利に働くだろうか。
相手が先入観で油断などしないような慎重なタイプであれば、情報が渡っているだけ損だということになる。
ぐるぐると、思考を巡らせる。
「なあアイラ、この国の物価はどんな感じだったか覚えてる?」
「そんなに人間の国と変わらなかったよ。やっぱり魚介類は安いし、肉や野菜はとても高かった。燃料はガスとか石油が多かったね。あくまで薪のかわり、って感じだったけど」
仲間にも話をしながら現状を確認していく。と言ってもロウとカグヤには各貴族の情報収集に出てもらっているのだが。
その間もオークスと共に貴族の情報を頭に叩き込んでいく。分厚い議事録や、貴族の家系図など様々な本をめくっていく。こういう本は好きじゃないが、必要に駆られれば見ることもあるさ。そもそも貴族の力関係とかがめんどくさくって跡を継いでないのに、こんなところで政争に巻き込まれにいくなんてな。
「石油やガスとはなんだ?」
あ、アイラには俺の世界の呼び名で教えていたから馴染みがないのか。そもそも未だに薪で生活する人間にさえ馴染みのないもので、この国ぐらいしか使っていないのだろうな。
「アクエリウムで使われている黒油と青霧のことだよ」
そう、アクエリウムでは石油とガスのことを黒油と青霧と呼んでいた。
こればっかりは初代からこの世界にきた異世界人、つまりは俺の元いた世界と同じ世界から来た奴も訂正することはなかったらしい。
呼び名ぐらいは言語統一に組み込まなくてもいいもんな。
「あれらが薪の代わり以外に使い道なんかあるのか?」
「いや、あるにはあるんだけど無理っていうか。薪の代わりってのは同じなんだけどもっと効率の良い使い方があるってだけだ」
現代のプラスチック製造とか、ガソリンエンジンだとか、作るにはまだまだ何も足りていない。知識も、そして技術も。足りていたとしても言うつもりもない。だからここは詳しく話すことはないだろう。それに、薪程度で済むのは魔石や魔結晶などを利用した魔導具の発達がある。下手に軍事利用できそうな劣化知識を流布する意義はないだろう。
「へー。ここが空席なんだ」
俺が注目したのは、この前の人事について空席になっている部分である。
それらは全て、新人育成や引退などと言って空席になっているのだが、どれもこれも王を支える重要職じゃないか。
「王の選定が予定されると、新しい王の人事を左右しにくいように空席にするんだよ。下手に選ぶと選ばれた者の支持者が強くなるだろ?」
パワーバランスをとるというやつか。あまりよくわからない考え方だな。王になっただけのお飾りじゃなくって、重要職の人事ぐらい自分で決めろ、それで王としての立場を確保しろ、ってことなのだろうか。
「ああ、わかったよ」
なんとなくこの戦いの勝ち方と結末が見えてきたような気がする。
「ん? これは」
「ああ。こいつみたいにはなるなと父に言われるよ。ローナガ様を支持している貴族の一人で、貴族の中でも特に自尊心が高いんだ。ローナガ様を支持する一方で名誉とかにこだわる方だよ」
「よし、君に決めた」
「何が?」
ポケット魔物系ネタも通じるわけもない。アイラが聞いてくれるのが唯一の救いだ。
貴族の名前はキセ・クライブ。ワタリガニの魚人である。
「オークス、こいつをローナガ様のところに送りつけよう」
「えっ? 間諜をさせるってこと?」
「いやいや。とても善意から全身全霊、とても真面目に忠実にローナガ様のためだけに働いてもらおう」
「送り込むって言っても彼はすでにローナガ様派閥だよ? 取り込むの?」
「そりゃあ無理だよ。ローナガ様以上の利益をオークスに見出せるのはこの国に何もない俺たちぐらいだって」
「送り込むのにどうやって頼むの?」
「まあ見てろって」
そうだな。自分で言っててもちょっとわけわかんないね。
でも文字通り、なんだよな。これ以上にしてもらうことの説明はない。そこに違う思惑があったとしても、ね。
一週間後、キセさんはローナガの一派から手酷く扱われ、追い出されてしまったのだった。
さて、何を思ってレイルはそんなことをしたのか。
ローナガやその支持派の考えは?




