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新たなる政争

 入ってきたタコの魚人のスキュラっぽい青年と目が合った。

 お互い、「こいつ誰だよ」って思っているに違いない。少なくとも俺は思っている。

 先ほどまで俺たちに話をしていてくれたこの酒場の女主人────モルボさんがその青年を紹介してくれた。


「この子はオーくんって呼ばれててね。時々こうしてここに来ているのさ」


「お前は酒を飲むのか?」


 俺はそう言いつつ、果汁の氷割りをあおる。酒ではない。つまりはジュースだ。こんな異世界でまで前世の法律にとらわれているわけではないし、前世でも小学生の時点で酒ぐらい飲んだことはある。単にどのお酒がいいのかよくわからないだけだ。


「そうだったらなんだよ。酒ぐらい飲むさ」


「へえ、俺は飲まねえんだ」


「バカにしてるのか」


「いやいや。別に飲もうが飲まないがいいじゃないか」


「君が聞いたんだろ」


 確信した。この子はツッコミ役だ。


「なあ、モルボさん。なんでこの子僕に厳しいの? 人間に恨みでもあるの?」


「あんた、からかうのもそれぐらいにしておいたら? その子ね、それでも次の王候補に上がるぐらいには身分が高いのよ。地元のおばちゃんおっさんには愛されているんだけどね……あんたみたいに初対面でいろいろ言われることがなかったからじゃない?」


「オーくんってオークスのことかよ」


「私はさん付けなのに、その子には呼び捨てなのね」


 呆れたような、それでいて面白がるように言った。


「王族? それがなんの関係があるんですか? こうしてホイホイと市井に降りてきたってことは一般市民と同じ扱いでしょう? 客でもないのにどうして畏まらなきゃダメなんですか? 俺の中ではモルボさんの方が身分が上ですからね」


 誰にでも敬語というのもそれはそれで魅力的な人格なのかもしれないし、誰にでも敬語を使わないというのもかっこいいと思われることもあるのかもしれない。

 だが、基準こそやや俺の感情に頼る部分があるものの、俺の中では敬語を使う相手と使わない相手の線引きが明確にある。


「モルボさん、この無礼な奴をどうにかできませんか?」


「その子も一応、礼儀正しい方のお客様だからねえ。ちょっとふざけたぐらいじゃ追い出せないわ」


 くうぅ、と唸ると足をびたんびたんと波打たせた。生まれた水流がイソギンチャクの触手でできたモルボさんの髪を揺らす。行儀の悪いことで。


「で、もうすぐ選定式だってのに、こんなところにいていいのかい?」


「いいんですよ。どうぜ僕なんて、王にはむいてないんだ。父も、家庭教師の人も、槍の稽古をつけてくれる人もみんな期待してる。でも王になんてなりたくない……いや、なれやしないんだ」


「どうしてそう思うんだい?」


「だって。ロレイラさんはとても人気があるし、クイドさんはあんなにみんなに尊敬されている。あの二人にも勝てないのに、最有力候補って言われてる」


 悔しげというよりは諦めと自嘲といったところか。

 カウンターに握りこぶしを置き、もう片方の手にも力がこもっている。


「おいおい、次期王候補が随分と弱気じゃねえか」


 何が楽しいのかロウは楽しそうに笑う。

 カグヤはやや軽蔑気味な目ではある。アイラに至ってはほとんど興味がないようだ。


「僕には皆を従えるだけの圧倒的は魅力も、実力も、手腕もない。権力は父のものだし、金でも負けている。そんな僕がどうやって勝つっていうんだ! 総合で見たら今回の最弱は間違いなく僕だ!」


 何こいつ、酔ってんの?

 だいぶ自虐的だけど、王族に名を連ねるだけで十分持ってるほうじゃないか。

 それでもって、現状を認識する能力と良識、他に何がいるんだよ。

 そんだけあれば普通に幸せになれるだろうに。


 最弱、いい響きだ。


 人は誰もが弱い。強いとか自称しちゃう奴の気が知れない。

 なんともウジウジしていて、おおよそ友達として腹を割って話すには物足りなやつだが、それ以上にこいつにはこいつの役割がある。


「もう逃げてしまいたい。どこか遠くの国に。誰も僕を知らないところに」


 お前……海以外でどこに逃げるつもりだよ。

 魚人だろ?

 えら呼吸以外に口呼吸ができても、皮膚の乾燥とか食料環境とか陸上はオススメできないぞ?


 そんな弱虫なこいつを見て俺は決めた。


「なあ、三人とも、俺は今からすごく厳しい道にいく。ついてくるか?」


「面白い道ならな」


「右に同じく」


「その人のことは気に入らないけど、いいよ」


 アイラはもう何をするのか気がついているのか。

 さすがアイラ。ずっと俺といただけのことはあるな。


「さっきから何をわけのわからないことを……」


「決めたよ。俺はお前を王にする! お前が泣いて嫌がろうが、逃げ出そうが王に祭り上げてやるよ!」


「は?」


 間抜けなツラが拝めて実に愉快だ。

 できることならば、他の王候補の奴らもこんな顔にしたいもんだ。


「はあぁぁぁぁぁっっ!?」


 オークスくんの絶叫が酒場に響き渡った。








 お忍びできたやんごとなき身分の男と、滅多にこの国を訪れない人間の組み合わせだけでも目を引くのに、それが大きな声をあげれば目立つのは当然のことで。

 モルボさんもいたたまれなくなったのか、上の部屋を貸してやるからそこで話すようにと俺たちを酒場兼自宅の自宅に追いやった。

 気の利く人というのはどこにいても慕われるもんだ。

 オークスとやらがこの人を慕ってここに愚痴りにきているのもわかるような気がした。


「なあ、お前バカなの?」


 オークスはまさか手伝ってあげようという立派な精神の冒険者に向かってなんたる暴言をはくのか。

 心の広すぎる俺はそれを笑って済ませてやるから、後は頷くだけでいいんだ。簡単だろう?


「目的はなんだ? この国の権力者としての地位か?」


「いらねえよ、そんなもん」


 ロウの言う通りだ。

 何が楽しくて海の底に定住しなくちゃならないんだ。それなら自治区かギャクラに定住するし、そんなことなら余計にローナガに従った方が甘い汁を吸える。


「じゃあ、なぜ! こんな一番勝ち目のない僕を!」


「君の人格に惚れたから──────とか言ってほしいわけ? ないわー」


 軽く声を漏らした後は口をパクパクと酸欠の魚のように動かしている。

 もしかして図星か?

 ならちょっとナルシストなんじゃないか?

 王になりたくないとか酒場で愚痴る男の子にどうやって入れ込むんだよ。


「言っただろ……僕は王になんてなりたくない。そんな器じゃないんだ」


 うーむ。俺の性格がもっと良くて、イケメンで、人のことを思いやれるような素晴らしい人間であればなあ。

 きっとこいつを立ち直らせるために遊び歩いたり、慰めの言葉をかけて、それでも立ち直らないこいつを一発殴って説教したりするんだろうな。

 それともなんだ、「なら逃げてしまえばいいじゃないか!」とか爽やかにこいつを瞬間移動でアクエリウムの外にでも連れ出すの? どうして?


「ねえ、こいつ王にするの?」


「ああ、するよ。なあオークス。俺は実はこの国にはローナガ様に王になる手伝いを請われてここに来たんだ」


「ますますおかしいじゃないか。僕なんかじゃなくって、ローナガ様のところで頑張ればいいじゃないか。どうせ君たちは強くって賢くって人にも慕われるような凄い冒険者なんだろう? ローナガ様は無駄な手は打たない。君たちを呼んだということは君たちは能力のある人なんだろ?」


 ああ、こいつ、別に馬鹿じゃあないんだな。

 前半も後半も間違いだらけだけど、自分につくことが、ローナガ側の俺たちにとってどれだけ不利か理解しているんだ。

 ついでに俺たちへの警戒を解かない。ローナガ側のスパイである可能性を疑っているわけだ。で、その申し出を断るのに一番手っ取り早いのが彼自身の立場なのだ。


「ま、お前がお世辞にも王に向いているなんて心酔したわけではないけど」


「そうだよ、だから」


「王になるのに能力がいるとも思えないからな」


 百の諫言と、民の声を聞き入れる耳、流されない意思、カリスマ、武力、金、権力…………どれもあれば良いものだろう。

 俺は王に全てが必要だなんて思ってはいない。

 たまには環境や運なんてものが絡んでもいいんじゃないかと思う。

 こいつにとっての運が俺らだったというだけで。


「信頼できないってなら証拠を見せてやるよ」


 そうだ、ローナガのところに行こう。





 ◇

 一週間は欲しい。

 そんな風に言った俺たちがこんなに早く帰ってきたことに不審な目を向けるのも仕方がないか。


「後ろにいるのはオークスとかいう弱小候補か。随分小物から仕留めてきたものだな」


 ローナガは俺がオークスを捕らえて秘密裏に殺してみせることで、彼に従うという意思表明する気なのだと考えているようだ。酷い誤解だ。

 おかげで「やはりこいつ……」ってオークスが今にも俺を刺しそうな目で見ている。勘弁してくれ。


「ローナガ様。この度、私はあなたの下につかないことを決めました」


「どうしてそんなことを決めたのかはわからないが……もっとわからないのはそいつがここにいることだな」


「私たちはこの弱小候補、オークスにつくことに決めました。いや違いますね。俺たちがこいつを王にします」


 彼の隣にいた執事から殺気が放たれる。鋭い刺すような殺気にオークスの足が竦む。こいつというやつは。


「ふん……構わんだろう。もっと賢い男だと思っていたようだが……そのように血迷った選択をするとは。余の見る目が濁っていたということだろう。使えない人材はいらん。見逃してやるから何処へでもゆけ」


「恐れながら申しあげさせていただくとすれば、別に血迷ったわけではございません」


「なら、その理由でも話してくれるというのか。敵対するというのに随分と親切なことだな」


 まあ俺がここで偽の情報を流してローナガを混乱させるかもしれないことを思うと、親切な、というのも皮肉なのかもしれないけれど。


「例えば。私があなたに協力してあなたが王になったとしましょう。あなたは私にどれだけの報酬を支払えますか?」


「それなら金でも、地位でも、なんならこの国の特権でも与えてやろうか? 貴様の国でも役に立つような獣人や人魚の女でも構わんぞ。もちろん余への謁見許可ぐらいもつけてやる」


 その言葉を聞いて確信する。

 やはりこちらについておこう、と。


「わかってませんね。謁見許可じゃ足りない(・・・・)んですよ」


 その言葉に三人がニヤリと笑う。


「僕にはそれ以上のものなんて……!」


「そいつの言う通り。余に用意できず、そいつに用意できる報酬など想像がつかんのだが。ただ他の奴に入れ込んだのならわかるんだがな」


 確かに俺がロレイアとかいう王候補に色ボケしていたなら話はもっと楽だったろうにな。

 クイドとかならちょっと難しかっただろうけど。


「私は、いえ俺はそいつの中での地位が欲しいんですよ」


 放っておいても勝つようなローナガに協力したとして、用意された報酬は形として見えるものばかりだろう。

 俺たちは協力者のその他大勢の一組としてカウントされ、国では普通の貴族程度の扱いも受けられるかどうかというところだろう。


 一方、オークスならば。

 この劣勢を跳ね返して彼を王にすることができたならば、彼は俺を即位の一番の立役者として見ざるを得ない。

 外戚だとか、門外顧問だとか。

 とにかく無視できないアドバイザーみたいな位置につける。


 要するにこの国と、その王に恩を売りたいというわけだ。


「だがその劣勢から跳ね返すのは容易ではないぞ」


「あははは。でしょうね。だからこそ、でしょうか。元々貴方に敵対しているつもりさえないんですよ。貴方ほど力があれば、正攻法で俺たちをねじ伏せられるはず。小童四人、弱小の候補についたところで痛くも痒くもないんじゃないですか? それで負けても俺たちの実力不足ですしね」


 それに。と続ける。


「わかってますか? これで俺たちは負けたとしても全然損はしないんですよ。敵の懐に潜り込んで他の敵の支持者を奪っていたとか言い訳はいくらでもできますし」


 所詮は他の国。王が誰になろうと、戦争をおっ始めようみたいな馬鹿じゃない限りは俺たちに被害はない。

 0か1か。利益が上がるか上がらないかのたった二択しかない賭け。しかも賭けるのは俺たちの時間と労力。


「貴様らの言い分はわかったし、確かに余が従えられなかった相手に敗北などすればそれこそ余の王の資質が問われることになろう。いいだろう、受けてたつ」


 だから、別に勝ちとか負けとかじゃあないんだって。

 どこで、誰が、どれだけ利益を上げるか。

 王になる奴は、どれだけ自分と国民に利益を上げられるか。

 簡単な話だろう?

やらかしましたね

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