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お坊ちゃんの頼み事

 ぽこん、ぽこん、と時々空気の中から泡が上へと上がっていく。それは水上に上がるまでその姿を維持できるのだろうか、それとも上がるまでに霧散してしまうのだろうか。

 クラーケンは頭上にいる。その雄大な肉体はどこか美味しそうとさえ感じる。きっと元日本人の性だ、と言うと日本人に怒られるだろうか。どうして醤油がないのだろうか。


 俺たちは下の空気でできた通路を歩いてここまで来た。

 目の前にある城的な何かに呆然として尋ねた。


「えっ? これが家?」


 リエさんの案内した場所はどう見ても普通の家ではなかった。

 わざわざ外の人間に頼まなければいけないほどのことだ。権力者か何かに違いないとは思っていた。


「こちらでございます」


 上でぐるぐる回っているクラーケンに呼びかけた。


「クラーケン、お前はお留守番だ」

「ええっ! 」

「当たり前だ」


 何を驚いている。その体でどこの建物に入るつもりなのか。とりあえず他の人に迷惑さえかけなければそこらへんをぐるぐる回っていればいい。


「いいじゃない。どうせクラーケンには面白いことなんてないわよ?」


 カグヤの言うことももっともだ。

 素直に留守番してやがれ。

 驚いたり抗議したりはするけれど、反抗するつもりはないらしくあっさりと引き下がった。


「では」


 リエさんは俺たちを建物の中へと案内した。






 リエさんはここではかなり地位が高いらしく、門番から中の使用人に至るまでが、彼女の顔を見るなり恐縮して挨拶とともに道を譲る。人間というキワモノさえもしかすると彼女直属の奴隷か何かに見えているのだろうか。

 水の中をリエさんが、それに沿って空気の道を俺たちが。透明の何かによって上と下が空気と水の層に分断された通路を行く。


「これからお会いになる方は現在のアクエリウムにおいても両手の指で足りるほどにお偉い方です。粗相のないようにお願いしますね」


 ふむ。両手の指で、ということは王族と見てほぼ間違いないだろう。王族か……王族というと美形ばかりと出会ってきているから今度もイケメンだったらどうしようか。そんなことを憂いながら泳ぐたびに揺れる尾ひれを眺める。


「何いやらしい目で見てるの?」


 アイラのやや冷たい視線が突き刺さる。いやいや、そんなことは思っていない。だいたい尾ひれに欲情しろというのはなかなかマニアックだろ。その先に見える胸はスレンダーなヘソと相俟ってなかなかにいいものだがな。


「見るぐらいなら構いませんよ。様々な種族がいると様々な美的感覚がありますからね。人型で多少綺麗だったとしても見向きもされないので、私程度だと新鮮な感覚です」


 私程度って。前世なら確実にモてていたであろう綺麗なお姉さんがこの程度と呼ばれるのは、美的感覚の多様さからだとはなんとも悲しいものだ。魚人と獣人とか、魚人と人魚の恋とかないのだろうか。物語の中だけなのだろうか。


「ロウも鼻の下伸ばさないの」

「伸ばしてねえよ」


 ロウって鼻の下なんか伸ばしてたか?

 そういうのが顔に出ないからよくわからないな。さすがカグヤ。付き合いの長さが違うな。ついでに見てる量も。


「こちらでございます」


 ほらみろ。そんなくだらないこと言ってたから調度品を見るのを忘れていたじゃないか。



 ◇

 この城に住むのは第一皇子にして鯨の獣人、ローナガだ。

 王族というかそれに連なる家系は一つではないらしく、ホエイル家はその一つであるという。

 ホエイル家は海の王国アクエリウムの獣人の中では一番格の高い一族であるらしく、その影響力は国の中でもトップクラスだとか。


 そしてその家の一人息子ローナガというのが。


「よく来た。褒めてつかわす。そしてリエもよくやった。こやつらが件の人間族と申すか……なんとも脆弱そうなナリだの。役立つのか?」


 でっぷりとした見事なまでの放蕩息子に見える。

 鯨の獣人だから?

 そんなことはない。途中、使用人の中に鯨の獣人を見かけたがここまで酷い見た目ではなかった。

 顔の表面には何やらザラザラとしたものができており、人間で言うところのニキビやソバカスだろうか。

 粘っこい声で俺たちを見定めるようなことを言った。


「その智謀と策謀、そして人脈から戦闘力に至るまで相当なものかと」

「余の信頼厚き貴様の言うことならばとりあえずは信じておこう」


 まあ実際に見てもらわないことにはな。見た目だけや噂、評判だけで判断されるのもなんとも居心地が悪い。


「おい、お前ら。お前らをここに呼んだのは他でもない。余の即位を手伝ってもらいたいのだ」


 はあ? 今即位とか言いました?

 だとすればこの人どこか頭が沸いてるんじゃないだろうかね。

 いきなり呼びつけた人間に即位なんて手伝わせてなんの役に立つっていうんだ。

 そりゃあ「役立つのか?」って聞くだろうさ。


「早とちりしてもらいたくはない。余の即位は決まっているようなものだが、それでも万が一ということはある」


 聞いてみれば、この国では王というものは国民の投票によって決めるのだとか。代表者を選んで政治をさせる。典型的な間接民主制だな。人間にも見習わせたいぐらいだぜ。


 もちろん候補がこいつ一人なはずがなく、いろんな家から候補が出ていて、いつも6〜10人ほどの候補者がいるのだとか。

 もちろん誰でも出られるわけがなく、名乗り出るためには三つほどの条件があり、そのうちの二つが一定の金額を納められるもの、そして高い位の家の後ろ盾を得られたものだ。

 今度の候補者の中には、人魚姫ロレイラや、魚人のスキュラ族代表オークス。そして最大のライバルとして海の神ポセイドンの血をひく海の妖精王ケアノ、サメの魚人シャクラ家代表クイドなどがいるらしい。


「邪魔者を消してもらえるかと思ってな」


 へえ。王族の世継ぎ争い、か。

 なるほど。だから俺たちを呼んだわけだ。他種族であっても利益があればなんでもしかねない実力者としての人間を、ねえ。

 俺たちがこの誘いを受けることに利益を見出していることさえお見通しってわけか。

 思ったよりも頭は悪くないらしい。


「半年ほど時間をいただけますか?」

「あなたという人はっ!」

「冗談ですよ」


 ここで俺様系キャラなら、「利益がない、断る」とか敬語も使わず退室しようとしてこいつを敵にまわした挙句力でボッコボコにしたりするのだろうか。

 俺には向いてないな。


「で、条件はあるか?」

「申し訳ございません。少々時間をいただけますか? 何しろここにきて日が浅く、この国についてほとんど何も知らないのです。見聞を広めるための猶予を」

「構わん。許す。ことは重大だ。関わりたくないように心変わりすることもあろう」


 おお。許してもらえた。

 これでとりあえずは俺の思い通りにするための猶予期間ができたと言えるだろう。

 俺たちは恭しく退室したのだった。




 ◇

 城の外で三人とともに歩く。

 見聞を広げるというのは全くの嘘ではない。

 だが猶予期間というのは本当だ。

 なんの躊躇もなく、王族に呼ばれたからといってホイホイと使われるほど馬鹿じゃあないし、そんな馬鹿をあの抜け目なさそうな皇子が欲しているわけでもあるまい。


「で、あんなのに従うの?」


 アイラはまだ真意を掴めていないようだ。そりゃそうか。俺もまだ決めてないんだから。


「へ? そんなこと言ってないぞ?」

「でも断ってねえじゃねえか」

「あのねえ。王侯貴族というのは総じて誇り高いというものでだな。あんな風に直々に頼んでおいて真っ向から断ったりしたら馬鹿にされたと思うものなのさ。ああいう場では返事を曖昧にしておいて、断るときもこっそり後から言うもんだ」


 まあこうすることで敵対するにしても無関係を装い遊び歩くにしても都合がいいからしたってのもあるが。

 そこまで説明するとやっぱりどこか呆れたように。


「あんたって……どこでそんな立ち回りを覚えてくんのよ」

「いやあ、俺って貴族育ちじゃん?」

「学校では王族を友達に遊びほうけて卒業と同時に旅立ったような男は貴族と言わねえだろ」


 まあね。

 でもまあ、面白そうじゃないか。

アクエリウム、王族争い編

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