避けたいほどにめんどくさい男
薬を飲んで、ぐっすり寝たらあっという間に治ってしまった。
この世界は回復力も高いのだろうか。お婆さんの薬の腕が良いということにしておこう。
仲間には心配をかけた。今度から刺されたらすぐにその場所を消毒しよう。
前世では多少の虫刺され程度じゃなんともなかったから油断していたんだ。きっとそうだ。
治ったら治ったで困った奴がいる。
俺らはさすがに迷惑をかけ続けるわけにもいかない、とお婆さんに龍の血のおすそ分けだけして宿屋に移った。
その場所を人から聞き出して、病み上がりの俺の元へと突撃してきた暑苦しいイケメンがいるのだ。
「また来たの?」
アイラがこいつが来るたびにしかめっ面になるから是非ともお帰りいただきたい。
俺もしかめっ面になる。ロウとカグヤなんか関係ありませんとばかりに部屋の奥に逃げやがった。
「逃げなかったことだけは褒めてやる」
セリフにオリジナリティーというものがない。だが三流な言い回しのそいつは見た目と剣の腕だけは一流である。
「忘れてくれてたらよかったのに」
心底そう思う。
しかもこいつの装備とか立ち居振る舞い見てるとどこかのいいとこの坊ちゃんみたいな気がするんだよな。
また決闘とか挑まれたら非常に面倒くさい。
もう空間術も波魔法も試さなくていいし、これ以上試すことといったらこいつが死にかねない。
というわけで。
「僕と決闘してくれ!」
「断る!」
当然答えは断る、だ。
魔法ありで30m以上離れたところから勝負なら考えなくもないけれど、その条件を引き出すためにも一度渋っておきたい。
「君には勇者としての誇りはないのか!?」
「誇り? そんなものは犬にでも食わせてやれ。それに俺は勇者じゃない」
自分で勇者とか名乗るのは恥ずかしすぎてやってられない。
せいぜい肩書きでの勇者候補ぐらいしか自己紹介でも言えない。
俺は謙虚なのだ。
「君はどこまでも勝手だな……」
勝手なのはどっちだよ。
だが(生前の小説の)経験上、こういう奴を断り続けると友情フラグや師弟フラグが立つことがある。
過去の話が出てきて、最初は嫌なやつかと思ってたけど……とか、こいつがピンチになって誰かに「助けてあげて!」とか頼み込まれたりしてだな。非常に嫌な展開である。
それだけは避けたいので適当なところで承諾せねばなるまい。
どうせ立つなら美少女との友情フラグがいいに決まってる。
せめて優秀で経験豊富な大人との友情フラグがいい。
「なあ、じゃあかけっこにするか! 向こうに何かをおいて、それを取ってここまで戻ってきたら勝ちってことで……」
「そんなもので僕たちの価値が決まるとでも?」
チッ。のらないか。
この勝負にのってくれたら、とても楽に勝てたんだけどな。
だって空間転移で取って戻るのに二秒もかからんぜ?
あいつが人間離れした身体能力でも人の認識速度には勝てまい。
「剣で……」
「なあ、お前馬鹿なの?」
「君も僕も勇者……候補なら剣でその意志を見せて何がおかしい」
「でも気づいてるんだろ? アイラがお前を断った以上、アイラを俺から引き剥がすには俺を殺さなければならないし、お前が俺を殺せばその時点でアイラがお前の隣にいくことは決してない」
「くっ……それはっ……」
アランはのけぞり言葉を失う。その程度で言い返せなくなるような理屈なら最初から振りかざすな。
「なんとも皮肉な話だよな。俺を殺しても殺さなくてもアイラは手に入らない」
残念にも折れかけのところを持ち直したようで、再度決闘を挑まれた。
「アイラを賭けて決闘してくれ。君が約束を守るかどうかは知らないが、少なくともそれならアイラも僕の元に来れるだろう」
こいつ、話聞いてたか?
「だからさ、俺に利益がないっつーの。それに人の意思は賭けるもんじゃない。賭けるなら自分の意思か相手の意思にしろ」
だいたいさ、お前がそこまでしなければ嫌な奴から逃げることもできないような弱いやつが好きなのか?
俺なら自分で抗うから手伝ってくれ、助けてくれと叫ぶ奴の方が好きだね。
「じゃあ話は簡単だ。君が決闘に負ければアイラと旅をするのをやめてもらいたい」
落とし所はそんなもんか。
「じゃあさ、野蛮に暴力で決めるんじゃなくって勇者らしい決闘方法にしよう」
「勇者……勇気とかか? 無謀な行動をどれだけとれるかとかならやらないからな?」
勇者、ねえ。
そもそも勇者の定義なんてものは曖昧なんだよな。
周りの人がそう呼ぶかどうか、だし。勇者候補の資格を持っていても勇者と呼ばれるのはほんの一握りだ。
多分今も勇者候補という奴なら二十や三十といるのだろう。
けれど勇者として名前を聞くのは十人にも満たない。
「うーん……どうしようか。人助け勝負?」
「そうだな……僕が思う勇者というのは目の前に困っている人がいたら手を差し伸べられるような存在、かな」
おう。今も目の前にお前のせいで困っている奴がいるぜ。だがその解決方法はお前が手を差し伸べないことなんだがな。
「うわぁ……無理だわ。確かに助けても誰でもじゃあねえわー」
「君とはつくづく合わないようだね。やっぱり一番手っ取り早いのは強さかい?」
結局そこに行き着くわけですね、わかります。
「じゃあ集団戦にしようぜ。人徳も勇者の資質、だろ? あ、ごめん、友達いなかった? だから一人旅なんだっけ? 孤高の勇者様(笑)」
「失礼だな、君は。人に対する礼儀というものを知らないのか?」
「俺だって年配の方や先輩、王様とかにはちゃんと敬語を使えるし敬う気持ちもあるぜ? お前に使う気にならないだけで」
徹底的に煽る。
俺個人が楽しんでいるのもあるけれど、これで冷静さを欠いてくれるならなお良い。
「言い方は気に食わないがそれでいいだろう」
「三人でいいか?」
「いいだろう。というかいいのか? ただし神はなしだ」
その質問は俺たちが四人組であることについてだろう。
いいんだよ。どうせ連れてこられる仲間の数なんて数えてたら戦争になっちまうからな。
少なければ人数なんてどうでもいい。
「最初から想定してねーよ、あんなの」
決闘方法が決まった。
◇
決闘当日、約束の場所へと彼は二人の人間を連れてきていた。
男一人に女一人。どちらも銀色の立派な鎧に身を包み、腰には立派な剣をさしている。どちらも美形だ。類は友を呼ぶをこんな形で実践すんな。
男はややチリチリの焦げ茶色の髪で、彫りの深い男だった。
女は壮麗な、と形容するのがちょうどいい感じだろうか。
切れ長のややつり上がった瞳にキュッと引き結ばれた口元は随分と気が強そうだ。
「フッ。アラン、お前ほどの男が参加してくれと頼むぐらいだからどれほどの男かと思えば、こんな奴らに出向く必要があったのか?」
「いいでしょう。貴方がそう言うならこのお遊びに付き合ってあげても」
彼らはどちらも聖騎士であるようだ。なるほど、ここはヒジリアの近くだ。聖騎士なら呼びやすいんだろう。ついでにこいつのキャラならそんな知り合いがいてもおかしくはない。
くくっ。集団戦だって言ってるのに、同じ系統の人間ばかり揃えて。対策を立ててくれと言ってるようなもんだな。
バカなの? 死ぬの?
「アイラの参加はやめてもらおうか」
その発言も折り込み済みだ。
アランは直接アイラの武器を見てしまっている。警戒するのは当然だ。
あれを見てまともに戦おうなんて考える奴がいたら馬鹿か余程の自信家だ。
「ああ、いいぞ。ただし、今からここに来てもらう奴のことは他言無用、という約束をしてもらえるならな」
「聖騎士イシュエルの名にかけて」
「聖騎士ドイマークの名にかけて」
「僕からも約束しよう」
おれはその言葉を聞いて、後ろに控えさせていたアークディアを呼んだ。
「我が君、望みを」
「いや、いい。下がってろ」
恭しく跪くアークディアを手で制する。
俺の意を汲んでかどうかは知らないが黙ったままのアークディア。
賢い奴だ。沈黙は金という諺を見事に体現している。余計なことは言わない。それこそが優秀な奴というものだ。
「受肉していない悪魔ごとき、私たちの相手になるとでも?」
聖騎士というぐらいだ。
きっとあれらの剣も「空喰らい」と同じく高位精神生命体を斬ることのできる聖剣なのだろう。
だがそれが何の関係がある?
「御託はいいよ。始めようぜ」
俺はアイラを下がらせ、カグヤと共に前に出た。
「君たちの三人はそれでいいのか?」
「ああ」
その場に見えない火花が散り、決戦の開始を知らせた。
不自然なメンバー構成でしょうか?
いえいえ。これで最善、ですよ。




