アイラの激怒 ⑦
完璧超人系のイケメン勇者が登場しましたね。暑苦しさ以外は問題なくイケメンです。
そこからのことは語るまでもないことだ。
試練の時だけ祭壇に用意してある知恵の実と月人の水をフラストさんに家の倉庫からとってきてもらった。
本来かかるはずの時間よりもずっと早く終わったので私の心には多少の余裕が生まれていた。
この神殿がエルフの協力を得て、フラストさんのために作られたということも聞いた。
この神殿にかけられた様々な術式はエルフの里にかけられていたものとよく似ているらしい。
そんなことまで聞けたのは、私の耳にエルフの耳飾りがあるのを見たからだそうだ。
ついでに言うと、あの巨人族を封印するのを手伝う代わりに作ってもらったのだとか。
どうりで、巨人族を封印したのに、再度封印する方法が残っていないわけだ。
まあ多少の見栄は構わない。それで私たちが不利益をこうむったわけでもないし。
まあ、事実としてこの耳飾りはこの神殿の中でも有効であったということだ。
そんなことをしなくとも、最後は彼女が神殿の外まで連れ出してくれた。その時は余計なことに調整されてしまったので、アランさんと同じ時間に神殿の外に放り出された。
私たちはお礼と別れを告げ、フラストさんの家を後にした。
さすがに一緒には来てくれなかったけど、また今度遊びに行くと言ってもらえたので、ギャクラと自治区の場所だけは教えておいた。
レイルくんの名前さえ出せばどこででも会いにこれるだろう。
フラストさんにはぜひまた会いたい。
で、面倒なのはここからだ。
私とキノさんとアランさんの三人になってからのことである。
アランさんが私にぐいっと迫ってきたのだ。
敵意のない行動だけにキノさんが防ぐこともなかったし、私が予想することもできなかった。
両肩を掴まれ、見下ろされるような形で誘われた。
「アイラ、君さえよければ僕と旅をしないか?」
「お断りします」
間髪容れずに拒否した。
何故?などと聞いたりはしなかった。どうでもよかったからだ。
「僕は見てのとおり、近接型でね。君のあの戦闘方法なら僕と相性もいいと思うんだ」
「聞いてません。お断りします」
「どうしてだい? 君は今も二人で旅をしているじゃないか」
「それは私の仲間の一人が蜘蛛の毒で倒れているので治すための薬の材料を探しにきたんです。他にも仲間が三人いるんです。キノさんは臨時で手伝ってもらってます」
「そもそもそのキノさんってなんだい?」
ここで正直に機械族だと言うのはダメだろうか。
私は空気を読んで嘘をついた。
「妖精が中に入って動かせる魔導人形です。今は中に光の精霊が入っています」
キノさんは私の考えを理解して黙っていてくれた。
「こんな場所に君たち二人放り出すことになるような奴よりも、僕といた方がいい」
客観的に見れば整った容姿なのだろう。そんな顔で迫れば勘違いする女性などいくらでもいるだろうし、それだけ強ければ選び放題だろうに。
どうして私なのだろうか。
実に迷惑だ。
「僕は君が必要だ。あの見事な手腕、冷静さ、そして天使相手にも物怖じしない精神。君は素晴らしい冒険者だ」
私は自惚れるわけじゃないけど性別ぐらいは自覚している。
容姿などの下心や、後ろのキノさんを含めなかったこと、そして神に会えるかもなどと露骨な浅ましさを感じさせなかったことだけは高評価だ。
「今まで多くの人間が僕と旅をしたい、僕の人々を救う旅についていきたいと言ってくれた。けど君だけなんだ、一緒に旅ができると思えるのは」
人気者は辛いね。こうして聞くと自慢にしか聞こえない。そして多分、その多くの人の全員が全員、彼の正義に賛同してついてこようとしたわけじゃないんだろう。彼の強さを利用しようと近づいた人間も多くいたに違いない。彼はそれを無意識に感じとったからこそ、断り続けてきたのだろうと予測する。
「だけどご遠慮します。他の人を当たってください」
まあそれとこれとは別。
私が仲間から離脱する理由にはならない。
レイルくんのことだ、多分私がここでこの人についていくと言ったら寂しがったり引き止めたりはしても最終的には私の意思を尊重してくれるのかもしれない。
だがこれもまた、私の意思だ。
「……君がそこまで言う仲間……それを取りまとめる人間はそれほどの者なのかい?」
アランさんの真剣な眼差しは依然として変わらず、こちらを試すように尋ねた。
額の兜と歯が腹立たしいほどに眩しい。
「剣技ならば貴方の方が上でしょうね」
レイルくんは最近とても剣の腕が上がってきている。
けどそれでも彼の方が剣だけなら上だろう。
戦い慣れている感じがした。
「なら! やはり僕と!」
「でも、『僕といた方がいい』貴方はそう言ったけど、レイルくんといた方がずっと安全」
そもそも自分の保身のためだけに会ったばかりの強いだけのお坊ちゃんにホイホイとついていくようなバカだと私は思われているのだろうか?
だとすれば心外。私にも打算と保身以外の感情っていうものがあるのに。
だから私はなおも挑発し続ける。
「それに、あなたとレイルくんが決め事なしで戦えば必ずレイルくんが勝つから」
「それは……卑怯ってことかい?」
「戦いに卑怯もなにもないでしょ? レイルくんは奴隷商とも友達になるし、人質だって平気でとる。人助けだって巡り巡って自分のためでしかない。確かに戦わないことも多いよ。で、それの何が卑怯なの?」
どんな方法でも使うと言ってくれるから、安心してレイルくんの隣や後ろにいられるのに。
「後ろの君も言ってやってくれ!」
「オ前ニツイテイクカドウカハアイラノ意思ダ。私ガ見タノハ子供ノコロノレイルダガ、ソレデモレイルノ方ガ面白イノハ確カダ」
キノさんはこういう時に空気を読んでくれるから嬉しい。
「僕では、無理なのか」
「諦めて」
「いや、諦めない。せめてそのレイルとかいう奴に会ってからだ。同じ名前の勇者候補を一人知っているが、そいつじゃないことだけを祈ってるよ」
いや、多分その人です。
レイルなんて名前の勇者候補はそんなにいないだろうし、評判がそこまで悪いのもうちのレイルくんだと思います。
◇
というわけで、アランさんの勧誘自体は一旦終わったかのように見えた。
けれど、言葉通り全く諦めてはいないようで、私たちについてくると言い出した。
私も一度断ったのだが、私の足の速さではこの人をどうしたって振り切れない。
それに、この人もこんなのだけど強さで言えば以前出会ったトーリとかいう勇者候補よりもずっと強いだろう。
あの二人は二人であの程度であったが、この人は一人で剣だけでここまで来れる強さがあるのだ。
だからレイルくんがどう見るかわからないのでとりあえず放置することにした。
お土産がこれか……随分大きなお土産にうんざりするしかない。これで自立歩行じゃなければ捨てていく。
「アイラ、イイノカ」
「ついてくるぐらい好きにさせとこ。ちょうどいい用心棒になるし」
「やはり今まで一緒にいた仲間のことだ。僕のことをよく知らないのに離脱はしづらいだろう。ここでもっとよく知ってもらいたいんだ」
やはり巨大蠍とは相性が悪かったのもあるのかもしれない。
大抵の魔物が一撃で仕留められ、私の出番はほぼない。
剣技に加えて体格もよい。カグヤちゃんの方が技術はあるだろうけど、魔法がなしだと力で押し負ける可能性もある。
ロウくんだと戦闘になる前に暗殺しなければならない。
レイルくんは……何するかわからないから勝ち負けを考えることが馬鹿らしい。
下手するとその場から空間転移で離れて遠くから一方的に攻撃し続けるなんてこともしかねない。
「まさか戦わない帰り道の方が疲れるなんて」
この勘違い男をなんとしてほしい。そう思うと、腕輪の中にしまったはずの荷物がずっしりと重さを増したような気がした。
今回のヒロインはキノさ……じゃなくって、レイルにとってはお婆さ……でもなくいつも通りアイラです。




