アイラの激怒 ③
アイラは激怒した。かの邪知暴虐のレイルを助けねばならぬと決意した。アイラはレイルがわからぬ。だがレイルのことには人一倍敏感であった。
時空を完全に支配した神殿。それはもはや迷宮や亜空間とも言える。複雑に絡み合った術式はあちこちで挑戦者の時間感覚を狂わせようとする。
時術には疎いキノさんも簡単な時計ぐらいは備えているが、ここでは役に立たないにもほどがあった。
「物理的ナ罠ハワカルガ、術式ノ罠ハ空間系シカワカラナイシ、トクコトモデキナイ」
「いいよ。試練の場っていうぐらいだから、直接的な殺傷力は低い罠ばっかりらしいし、頑張ればなんとかなるって聞くし」
そうは言っても、ここが安全な場所であることを示すわけではない。
むしろ人の意思が介入する以上、その中には悪意もある。
過去に何人もが発狂し、この中で自殺したと言われるのはここが安全なだけの場所でないことを如実に示している。
「違和感があったら言ってね」
そう言って私が先導をきった。
私が手伝わせているのに、一番危ないところにキノさんを配置するほど私も鬼畜じゃない。
ここは私がいこうっていうのが礼儀みたいなものだ。
「アア」
キノさんはそんな感情を理解してかはわからないけどそれを受けて私の後ろへと続いた。
神殿の中は一見するととても単純な構造に思える。通路があり、その先に部屋がある。それの組み合わせで一つの階層が形作られている。
「もしも私が行方不明になったらどうにかしてここを出てね。それでも私が外にいなかったら、私のことをレイルたちに伝えてね」
「ソンナコトヲ言ウナ」
しょうがない。もしもどうにかしてキノさんが出ることができたとしたら、私とキノさんの入った時が同じである以上、私がどんなに時間をかけて脱出してもキノさんと同じ時間に外に出ることになる。
この神殿の特性が、複数で入った人の希望を奪う。待ってれば出てくるかも、という可能性を根こそぎ奪ってしまうのだ。
「あーあ、やっぱり時術関係ならロウに任せても良かったかな?」
速さの必要ないここは、個人的には是非とも自分で片付けておきたいところではあった。
だがそれとこれとは別、と弱音を吐いた。
「私ガツイテイル」
「ありがと」
頼もしい。
私たち二人は歩き続けた。三つほど部屋を見回り、そして一番大きなその部屋を見つけた。
だだっ広いその部屋に足を踏み入れた時だった。
私は入り口の床を踏んだ足に違和感を感じた。
「アイラ」
キノさんが私に手を伸ばし、忠告した。そちらに行くなと言うように。
だけど私の足元では既に何かが発動しており、魔法陣が光った。
私は光に包まれて、キノさんの目の前から姿を消した。
◇
私は二重の意味で頭を抱えた。
原因の一つはもちろん、こうも早く罠にかかって転移させられるという失態をおかしたことだ。
見えない魔法陣を探知しろとは常人の私の感覚では無理だけど、それでも確かめながら行く方法はあったはず。
よほど複雑な術式を組まない限り、人間限定で転移させる罠が作れるはずがなく、そんなものをポンと入り口に設置するとは思えないからだ。
もう一つは……
「どうして私のところに飛び込んでついてきたのよ!」
そう、キノさんが私のかかった罠に自分からかかってここについてきてしまったことだ。
ついてきたのはまだいい。問題は私がかかった直後に飛び込んだことだ。
先ほどの会話で察してくれたとばかり……いや、私が甘かったんだ。
ほう・れん・そう。
報告、連絡、相談。
ちゃんと説明しなければ、通じないこともある。
「だからね? 私が罠にかかっても貴方が元の場所で何かしら掴んでくれていたらもっと探索が楽になるの。確かに神殿の中で分かれるのは大変だけど。少しぐらいは周囲を確認してね?」
「フム。ソウハ言ワレテモ魔法陣式ノ罠ハ探知デキヌシ、他ニハ何モナカッタカラヨイカト」
そうか……キノさんは機械だから自分の探知したもの以上に見つけられるはずがない、っていう先入観があるんだ。
私が転移させられたことによる変化だとか、転移しなかったらどうなるのかとかも調べてほしかったんだけど。
「きてしまったものは仕方ない。次よ次」
すぐに持ち直して部屋の確認をする。無機質な白い壁がぐるりと周りを覆い、その向こうには一つの扉がある。扉の前には文章が書いてあった。
私はそれを読んで、またかという既視感にウンザリとした。
「なんなんだろ……迷宮作る人って問題好きなの?」
幸い、この問題はレイルくんの言っていた「英語」の問題とは違うみたい。どちらかというと漢字なので、私にも解けそうだ。
《税◇、◇□、□税》
『上の◇、□には同じ読み方ができる漢字が一つずつ入る。三つの単語が二字熟語として成立するようにそれぞれに入る漢字は何か答えよ。そうすればこの扉は開く』
なんともまあ、高性能な音声認識機能がついた扉だこと。
こんなところに無駄に高い技術使ってないでよ、とこの作成者に言いたい。
「アイラ、税ト熟語デ組ミ合ワセラレル漢字デ同ジ読ミガデキルノガ私ノ検索ニハカカランゾ」
横から問題が解けないとわめくキノさんを置いておいて考え続ける。
この問題が厄介なのは、この部屋に何もないことだ。
以前の迷宮で解いた問題はある程度の手がかりとして周囲に動かすものが置いてあった。
しかしこれは純粋に回答だけを答えなければならない。
いや、逆に考えよう。
問題のこと以外に惑わされなくて済むのだ。ひたすらに問題を解くことだけを考えればいい。
「税金? 税率? 取得税とかじゃないし……」
そしてキノさんの言葉も少しは参考になっている。
正攻法では解けない。ならば読み方を変えなければならないということだ。
普通は同じ読み方ができる、と聞けば「毒」と「独」や「肩」と「型」のように音読みで、なおかつそのまま税にくっつけようとしてしまうだろう。
だけどそれならキノさんがもう見つけているはず。
税関、関税、関関という言葉がないわけではないが、漢字がそれぞれに一つずつということは同じ漢字を入れるのはまずい。
「あー印と徴じゃ無理かー。徴印なんて言葉はなかったはずだし。シルシって読みも、徴税と印税もあったんだけどなー。……あ、税の順番が違うか」
怖いのは、失敗した時の罰が明記されていないことだ。
考えられるのは、ただただ開かない。その場合、回答権が何度あるかによって難易度は大きく変化する。だが回答権が複数あるなら一番マシな方だと言える。
次は間違った道へと誘導される。これもまだマシだ。間違えた道でも、戻る方法がどこかにあるかもしれないのだから。
次に、これが一番最悪だ。二度と出られないどこかへ跳ばされて幽閉されたり、それこそ回答権が一度で二度と開かないということだ。
帰る方法がないのが一番困る。
回答を慎重に、というのはどの選択肢でも変わらない心構えだけど。
関税か……自由貿易を謳うギャクラはほとんどのものに関税はかけないんだよね。例外は医療以外の薬物と武器、酒ぐらいかな。
税収そのものよりも、それで起こる経済の活性化の方を重視してるんだっけ?
ん? 税収?
あ、わかった。
「キノさん、答えわかった」
「ナンダ?」
「見てて」
私は扉の前に近づくと、大きな声で言った。
「答えは収納!」
がしょん、と無骨に扉の鍵が外れた。つまり正解だ。良かった。不正解かと思った。
「アイラ、収ト納ハ違ウ読ミダゾ?」
納得がいかないキノさんは私に解説を求めた。
「訓読みよ」
収める、納める。
税収、収納、納税。
おさめる、という読み方は同じで、それぞれが税について熟語となってなおかつ二つで熟語が作れる漢字の組み合わせ。これで条件は完璧。
キノさんは訓読み、と聞いてようやくそこに思い至ったみたい。
それでも検索機能でそんなことはできるかわからないけど。
収納が答えって、これを作った人は誰に何を聞かせたかったんだか。
だらしなく開いた扉の奥を見ながら思うのだった。
これからは投稿速度を落とします。
そうですね……数日に一度、お休みするという形になりますか。
あらすじをもう少しじっくりと考えて濃密なものになればと思います。
 




