アイラの激怒 ①
レイルのための冒険、アイラ編開幕
今回のことで一つわかったことがある。
それはレイルくんにも馬鹿な部分がある、ということだ。
いろんなことを知っていて、なんでもよく考えていて、落ち着いていて、転生したっていうけどそれだけじゃない気がする。
だけど、今回だけは馬鹿だよ。
なんて言ったらいいのかな……私たちを心配しすぎ?
私たちのことをもっと信じてどっしり構えてくれてたらいいんだよ。いや、信じてはくれているんだけど、倒れてる時ぐらいは素直に助けられてればいいの。
起き上がって事情を聞いた途端、私たちに言ったことが、私たちが一番安全かつ確実に達成できる経路だよ?
ここでも、迷惑はかけられない、こんなのすぐ治るとか口だけの気休めを言わないのが憎たらしい。
そんなことを言っても私たちに通じないことがわかってるからだ。
それでいて、止めようとかも全くしない。
いや、止められたくはないけれど、あの場でレイルくんが止めても絶対に三人とも無視してただろうことをレイルくんは予めわかっていたのだ。
なんとも腹が立つ。こんなことは初めてかもしれない。
だから私たちが死なないように、常識の範囲内で安全策を伝えたのだ。私たちが三人で各地を回って集める方法を。
だけど、それじゃ遅いかもしれない。
私は薬屋のお婆さんほど知識がないから、今のレイルくんがどれほど危ないのかはわからない。
だから、レイルくんの言うことに従って帰ってきたとき手遅れだったとしたら、私はきっと後悔するだろう。
自分の全力を尽くせたのか、あれが能力の限界だったのか、って。
レイルくんは私たちを見くびっていた。
だから、私は二人に自分たちの能力を最大限まで引き出せるように提案した。
一人一箇所、理論上最速の手段を。
見せてあげる。
レイルくんの教えたことは、レイルくんがいなくても私たちの中に息づいているって。
◇
私だって馬鹿じゃない。
カグヤちゃんやロウくんならともかく、近接戦闘において四人最弱の私が一番複雑な場所にいくのに一人で余裕だなんて過信するわけがない。
どうしてカグヤちゃんが龍神のところにいくのに余裕の表情なのかはわからないけれど、私はこれからいく場所に対して無知だ。
だからといって今からのんびり調べている暇もない。
ならばすることは一つ。
助っ人を頼むのだ。
と言っても、この国で他人と組むなんて嫌だ。信用もできない他人に背中を預けられるわけがない。
レイルくんがいるならともかく、今の私は単なる一人の冒険者だ。知名度も、実力もない。ただ未知の武器に頼った力と無限の収納による物資的戦力しかない。
それを役に立たないとは言わないけれど、それで全部なんとかなるとは思えない。
裏切らなさそうな信頼できる人物といえば、ホームレスさんやミラちゃん、エルフの人たちとかがいるけれどその人たちは遠く離れた場所でここにすぐに来ることはできない。
私はある物を取り出した。
それは手のひらほどの大きさの長方形をした金属の機械だった。
ボタンと呼ばれる凸が表面や側面にある。
これは私がとても小さかったころ、レイルくんといたときに出会ったある種族から渡されたものだ。
その種族とは、機械族。古代文明と異界の技術を組み込んだ生命体ならぬ種族。
その中の一人、キノさんは私にこの携帯と呼ばれる端末を渡してくれた。
この機械はどうやら遠く離れていても彼と通話ができるもののようだ。
仕組みはわからないけれど、レイルくんのいた世界にもよく似たものがあるらしい。
けれどこれは空間魔法と波魔法が使われていて、構造は全く異なるのだとか。
私はそれで通じる唯一の連絡先に電話というものをかけた。
プップップッと間抜けな音の後に、プルルルと連続音が聞こえた。
ガチャリと何かが外れるような音がしたのが会話の合図だった。
「もしもし」
これが電話における定型の挨拶らしい。そうレイルくんから聞いたけど、この世界でも正しいかどうかは確かめようがない。ただ、次のキノさんの返事もまた、もしもしから始まったところをみるとどうやら正しいみたい。
『モシモシ、キノダ。アイラ、ドウカシタカ?』
機械音を機械を通して聞いたところで違和感はないのだが、懐かしい声を久しぶりに聞いた。
前にも一度かけたことがある。その時は単なる近況報告だったかな。それでも楽しそうに話を聞いてくれてたので、またかけようと思ったっけ。
「近況報告をしている暇はないの。近況じゃなくって緊急だから」
何をくだらないことを、とは思ったがまあいいや。急いでるしね。
「助けてほしいの。エターニアにいるけど今これる?」
『アア、今ソチラヘ向カオウ。携帯ヲ耳カラ離シテクレ』
私は言われたとおり、携帯を耳から離した。
すると携帯から光が照射され、その光が地面に円を描いた。
キーン、と不快なはずの音が響いたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
目の前に、キノさんが現れた。
「コウシテ会ウノハ十年ブリグライカ? 久シブリダナ」
「久しぶり、キノさん」
空間魔法についてよくわからないので、その仕組みについて聞こうとは思わなかった。
ただ、キノさんは私が気になると思ったのか、ここに来れた理由を簡単に説明してくれた。
空間魔法でテレポートやアポートをするには、レイルくんでさえ一度行ったことのある場所か、自分の認識範囲内でしか無理だった。最近はその認識範囲内が空間把握を組み合わせることでかなりひろくなっているが。
キノさんはその範囲外にいたのにここに来れた。
私の端末に位置情報を把握する機能がついており、キノさんと同期しているのだとか。それを頼りにここの位置情報を把握して座標指定して転移したという。
それがすごいことなのかはさっぱりだけど、今重要なのはキノさんは私のいる場所ならばどこへでも跳べるということだ。
どこか近い場所で行ったことのある場所に転移してもらってから合流しようと考えていた私にとって嬉しい誤算だった。
キノさんに事情を説明すると、二つ返事で手伝ってくれることとなった。
自分で言うのもなんだが、キノさんは私をかなり気に入ってくれているようだ。レイルくんのことも結構好きらしい。それについては私もだ。
使えるものは親しい人でも使う。私はむしろ親しい人と使い使われる関係でありたい。だから今回も遠慮なく手伝ってもらうことにした。
ここは人の少ない路地裏。
この携帯というものがかなり厄介なシロモノであり、見る人が見ればよからぬことを企みかねないとレイルくんとキノさんの両方に言い聞かされていたから、使っていることをばれたくなかった。
だけどここからキノさんを見つからずに国の外まで連れていくのは至難の技だ。
人よりやや大きめの体格、明らかに金属質な体に人間ではあり得ない構造。
目立ちすぎる。バレないわけがない。
「あの……空間転移でちょっと先に行っててもらうってのは……」
困って思わず変なことを口走ると、キノさんは私の思いを察したようで。
「大丈夫。私ハ光魔法ガ得意ト言ッタダロウ? コンナコトモデキル」
そう言うとキノさんの機体は光に包まれて消えた。
「光魔法ノ応用ダ。ステルス・ミラージュトイウ」
キノさんの声だけが聞こえる。
自分の周りの光を屈折させて当たらないようにしているのかな。
でもすごいなあ。
この魔法は自分の目に光が届かない可能性がある。
なら空間術がなければ、そして人間であれば情報を視覚に頼ることができなくなるから、動くことができないに違いない。
機械族ならではの方法である。
◇
私とキノさんはそのまま堂々とエターニアを出た。
生物でなければ殺気や気配もないのか、道ゆく人に怪しまれることはなかった。
はたから見れば私一人が歩いているだけのように見えたはずだ
すぐ目の前まで近づいて目を凝らせばなんとか違和感があるぐらいだ。
違和感があっても見つけるのは難しい。
レイルくんなら空間把握でわかっちゃうのかもしれないけど。
人目のなくなったところでキノさんが姿を現した。
「トコロデナニヲトリニ向カウノダ?」
ああ、薬の材料を取りにいくとしか言ってなかった。
私は動揺や恐怖を抑えたできるだけ平坦な口調で言った。
「知恵の実と月人の水を汲みに」
私たちが向かうのは神のための宝物庫、パルテナ神殿、そしてその中にあると言われる聖女の祭壇。




