ロウの疾走 ④
もしもこいつの前でなければその場に両手両足を投げ出してしまいたかった。
隣のこいつが回収したという線は捨てている。こいつの手は俺が洞窟に行かせる前と同じ綺麗なままの手だ。薬草を採取したなら土がついていておかしくはないし、この短時間で手を洗うことができたとも思えない。
「あー、面倒くさい!」
うちの勇者様(笑)なら面白がって突っ込んでいくんだろうなあ。それでもって自分が儲かるように立ち回れるのだろうよ。
仲間の命の危機だというのに、こうも回りくどい地道な作業に勤しまねばならないのか。もっとこう、わかりやすい艱難辛苦を乗り越えていくものかとばかり。
洞窟の中は楽勝、だけど薬草は手に入らない。
「大丈夫か?」
まさかの敵にまで心配される始末。
「俺は仲間の中で一番頭を使うのが苦手なんだよ!」
心からの叫びなんだけど、男はあからさまに疑う目つきなのはどうしてなんだ。
「お前が……苦手?」
「ああ。俺の仲間はもっと頭を使ってるよ。俺より賢い奴ばっかりだ」
ああ、友達っていう点では俺よりバカっぽいのがいたっけ。妖精とか、旅で出会った人たちの中には。
「俺があったのがお前でよかったのかもしれないな……」
「だろうな。俺の仲間のうち、二、三人なら近づくまでもなくねじ伏せられてただろうし、うちの代表なら死ぬより酷い目にあわされてただろうしな」
谷底に放置ぐらい優しいもんだ。だって生き残れるかもしれないしな。死ぬより酷い目とは心を折られるとかかな。
「はあ……どうする?」
正直こいつをどうしていいかわからない。
自分を殺しに来た相手なんだから、殺してしまっても構わんのだろう?と思考停止して始末してもいいのだけど。
もうこいつから殺意が感じられないしなあ。
というか俺も面倒くさい男になったものだ。
下手に殺意に敏感だから、殺意がある奴とない奴の区別がつきすぎる。
もっと容赦ない男になればいいのだろうか。
「どうするって……?」
「お前の処遇だよ。どっか行きたきゃ行けよ」
そう言うと少し考え込んで、何かを決意したように強い目で答えた。
「ついて行かせてくれ」
「邪魔するんだったらどっかいけよ。来るんだったら役に立ってもらう」
俺にできるのはこれぐらいだろうか。
◇
村で聞いてわかったことは、隣の宿場町に今、この付近で有名な冒険者の一味が来ているようだ。
最近であの洞窟に探索に行ったのはその一味だけだという。
イモンド一味。
構成人数は二十人ほど。
人数と武器の物量に任せた乱暴な探索を中心とする一味だ。
粗野な人物が多く、酒場では喧嘩騒ぎになることも少なくなく、出禁をくらうこともしばしば。
しかし顧客としては気前がよく、いつまでも出入り禁止するわけにもいかず、一週間ほどで解禁されることが多い。
逆に奴らもそのことをよく知っているからこそ、素直に出禁に応じてその間に魔物狩りなどを行うため、表立って批判する者は少ない。
だがやはり、粗野な集団というのは恨みを買うこともあるようで、俺があちらこちらと薬草のことを聞き回っているときに不満げな言い方をする青年などもちらほらと見られた。
「だから、僕がもう少し人の迷惑を考えたらどうですか、と注意したらあいつらは……」
その時のことを思いだしたのか、拳を握りしめるそいつを見て思う。
青いな。
レイルの嫌いな人間の典型例だ。
カグヤはまだ許容してくれるだろうな。
アイラならレイルが顔をしかめたら罵倒してどこかにやりそうだ。
「それは災難だったな。まあでも俺はそいつに用があるから」
その時はやや乱暴に話を打ち切り場を後にした。
青年の主張は非常に煩わしく、真面目に一から聞くほど暇でもなかったが、その怒りもわからないこともない。
確かに冒険者としてはやや配慮が足りないといえる。
そいつらにも依頼が出ていて、それはトマキラ草を三株とってきてくれ、という旨のものであった。
だがあそこにあった根の跡から察することができるのは最低でも十株。
依頼以上に採取しすぎるのはそこの環境を荒らすことに繋がるし、後から来た俺みたいな冒険者の取る分まで奪っていることになる。
まあ些細な問題だ。
冒険者なんて早いもの勝ちなところはあるし、そういうのは暗黙の了解というやつだ。
善とか悪とか考えるだけ無駄で、今回重要なのは、その余った分を売ってもらえるか、ってことなんだよな。
幸い、俺らは金に不自由することがない。
今回はアイラの独断で旅の資金として扱われる金の一部を費用として渡されている。
金貨五枚分。
いったい何日遊んで暮らせば気が済むんだ、という大金である。
そんなものをポンと渡すな、とは仲間の命の危機には言ってられない。
せっかくの大金、有効活用させてもらおう。
未だに石造りの酒場や冒険者組合の建物を見たことがない。
この街の酒場もその例に漏れず、壁に木目が出るぐらいに木造だ。
ここの酒場は奥行きから幅、高さに至るまでなかなかに大きく、宿場町なのが関係しているんだと思う。
その四分の一ほどを占拠している荒くれ集団を見つけた。
片手に酒瓶を持つ、ヒゲの立派な大柄の男がイモンドだろうか。
「ワハハハーいい気分だぜ。今日はガンガン飲めや!」
なるほど騒がしい。
と俺を見てからかいだした。
「なんだあのひょろっちいのは」
「あんなウラナリ、親分の腕にかかれば一撃ですよ!」
「髪から顔まで白くってよ。陰気くさそうなやつだ」
「後ろにちょっと渋いの付き従わせて強くなった気分なんじゃねえの?」
「ハハハハハ。ちげえねえ」
俺がまっすぐに他に目もくれず、そいつらの元に向かっていくのを見ると、そいつらは顔色を変えた。
といっても俺は見た目だけなら四人の中で一番怖いはずだが、どうにも気配がなさすぎて迫力は出ない。
だから変えた、といってもちょっと不審な程度だ。
「坊ちゃん、なんのようだ?」
だらんと酒瓶を持った腕を椅子にもたれかけさせるように下に向けている。
「あんたがイモンドか?」
「おう。お前みてえなひょろっちい新人にまで知られるとは俺も有名になったもんだな」
これは自慢に見せかけた挑発だ。
うっかり攻撃するのは自重。
「じゃあトマキラ草を手に入れたのもあんたらかな?」
「トマキラ……? ああ、あのカビ臭い草か。そこそこいい値がついたな。だけどよ、あんまり売れなかったんだわ」
そりゃあ薬草だもの。ちょっとあればいいんだよ。効能は高いし、そもそも使えるのか限られているそうだから。
「買い取らせてもらえないか? もちろん、色はつける」
「はははは。そりゃあいい。余ってたところだ。誰かさんがやられたか?」
「そんなところだ」
後ろで元暗殺者が敬語になおすことのない俺をハラハラとした様子で見守っている。
お前は俺のなんなんだ。こんなところまでついてきて何をしにきたんだ。
「誰か聞かせてくれや」
「聞いてわかるかどうかは知らないが……レイルだよ。レイル・グレイ」
「ああん? レイル・グレイだと?」
急に不機嫌になった一味。
特にその親分と呼ばれるイモンドがあからさまに嫌な顔をした。
「じゃあ断る」
あいつ……なんかしたのか?
賞賛と罵倒が入り混じる。
その結果は影響を与え、
その行動は賛否両論。
人によって見方が変わる。
そういう主人公でありたいです。




