ロウの疾走 ③
楽に逝かせてあげるなどと言っておきながら、面倒くさくなって一人を除いて全員谷底に放置して先へ進む。
縄で縛ったままなので、そのうち死ぬだろう。
「やっと見つけたぜ」
俺の二倍ほどの高さに、それに見合った幅の洞窟。
隣にいるのは唯一拷問されていない男。
「ここにあるのか……」
「俺をどうするつもりだ……」
「あんたがあの中で一番賢かったし、強そうだったからな」
俺たちの信条の一つ、敵を殺すかどうかは敵対するかどうかではなく役に立つかどうかで決める。
こいつはきっと役に立つ。
「ガキ四人殺せって、なんて楽な依頼だと思ったんだがな……」
「ぎゃははは。実際は一人に全員返り討ち」
「ふん……俺も仕事を請け負う者としての誇りがある。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「じゃあちょっと、この洞窟を先にいって偵察してきてくんね?」
俺はそう言って洞窟の前まで連れてきたこいつの縄を解いた。
「お前……ふざけているのか?」
「あんたも馬鹿じゃないでしょ? ここで逆らって俺と戦うより素直に従うフリして洞窟を偵察してから逃げた方が得に決まってんだから。それともなに? 武人の誇りとかなんの価値もないものに縋ってここで死ぬの?」
だったらここで、暗殺稼業なんてものに手を染めちゃいないよな?
だって暗殺稼業は一に依頼主の秘密、二に命ぐらいの覚悟でやるんだから。
ここで死んで守れるものはもうないよ。だって俺はもう聞き出しちゃったんだから。まあたいしたことではなかったし、忘れてもいいぐらいのものではあったけど。
「……ふん。後悔しないといいがな。なんせお前は接近戦が苦手だろ?」
はあ?
どうしてそういう結論に至るんだよ、わけわかんねえ。
「だからこそ毒で不意打ちなどで挑まねば俺たちに勝つことができないと踏んだんだろう? 持っているのも錫杖、お前は術者のはずだ」
ふふん、わかってるぞ。
そんな声が聞こえてきそうな顔だった。
「ここで俺が剣を抜いて一騎打ちに持ち込めば、などと思うことを想定していないとは言わせんぞ」
ギラリ、と彼の目が光った気がした。腰の剣を撫でるのは、いつでも抜けるという威嚇か。
「……はあ。そんな勘違いをしていたわけだ。だから俺がどんな術を使うか見極めてから、とか余裕ぶっこいたんだな」
気配を消して迅速に。
そんな基本さえ実行しなかったのは俺が術者で術さえ使わなければ気配を読むこともできないと思われていたわけだ。
それならそれで真っ向から囲めばもっと楽だっただろうに。
「俺は近接戦向きの軽戦士だよ。あんたとでも一騎打ちなら勝てるだろうぐらいには、な」
いつも誰にしごかれてると思ってるんだ。
来る日も来る日も剣を片手にうちあった日々はもはや一種の愛情表現だとお互い笑えるぐらいにはなっている。
「そんなはずが……あの時食べさせられた虫も剣による傷はなかった」
「ああ、確かにあれは剣以外の術で倒したな」
まあ術が使えるようになったのは最近だし、あれ以外はだいたい武器で倒してるんだけどなあ。
こういうところで、俺の情報が出回っていないというのは大きい。
敵が勘違いしたり、舐めたりしてくれるのだから。
「ほら、早く行ってこいよ」
俺は洞窟へとやつを追いやった。
文句を言いながらも
足元の草を千切ったりして待つことしばらく、洞窟の中から妙な顔をした男が出てきた。
「どうした?」
首を傾げたままの男に俺は尋ねた。
薬草は薬草でも真っ赤なのだったとかじゃねえだろうな?
「ねえんだよ」
「ない?」
「ああ。薬草どころか、この洞窟には何もなかった」
「はあぁぁぁぁっっ!?」
今度は俺の絶叫が響きわたる番だった。
◇
今度は二人で行った。
俺が後ろについたのは当然不意打ちで襲われたりしないためだ。
不意打ちされる気がしないけど、不必要な危険を冒すこともない。
洞窟は広く、ところどころにぼうっと光るコケが生えている。
「へえ……何もないってわけでもないんだな」
二人の足音と、話し声だけが洞窟内に響く。くぐもって聞こえるのも確か理由があったとか言ってたような……やっぱり俺は勉学がダメだな。よく覚えられねえ。いや、カグヤやアイラどもがおかしいだけだ。普通あんな速さで知識は吸収できない。レイルは元から知っていて教える側だったしな。
「ああ。綺麗だよな」
こいつにもそんな情趣を解する心があったとはな。
俺は自分を遥か高い棚に上げてそんなことを思った。
綺麗なものは綺麗。それ以上に何があるってんだ。
「それもだけどな」
洞窟と中を見ると、あちらこちらにとあるものがあった。
「ほら、見てみろよ」
それは魔物の死骸であったり、人の持ち物など、ここに来た人間がいたという痕跡だ。
岩肌に傷があったり、コウモリの羽や血肉の跡が生々しく残っている。
「さっきは気づかなかったな」
「ここには人が来たってことだよ。お前らじゃねえだろうな?」
バカにするようにからかう。
「ふん。こんな辛気臭いところに仕事を怠ってまでくる価値があるとは思えん」
心外だ、と口を尖らせる男は体は俺より歳上だがまるで子供のようだった。
まあ中身の精神年齢からすればさほど変わらないのかもしれないけどな。
殺しにきたとはいえそんなに悪いやつじゃねえのかもな。
殺し殺されなんてこの世界では日常だ。国の中でこそ法だの人の目だのに縛られるけど、一歩外に出れば死ぬやつが悪いと言われる世界だ。殺しにきたぐらいでどうのこうの言ってられるか。
そこんところの感覚というのがちょっとズレてるって言われるんだけど。
「はっ。わかってるよ。お前らの持ち物とはかせた依頼主から出身国はわかってんだ。これらはそういう奴らじゃねえ……」
こいつらは暗殺者のわりには装備が整っていた。
だがここに放置されているのは錆びたりした安物の剣だ。
血だったり、刃こぼれであったり、とにかくロクな扱いを受けていなかったことがわかる。
「ははっ。そう思うと本当にレイルの剣は凄いのだったんだよな……」
旅の間、一度も手入れをしていないのに、全く傷む気配がない。
いつまでも新品同然のような美しさを保っているあの剣はレイルが舐められる原因にもなっていると思う。
だが最近になって特に不気味さを増したあいつは、本気になれば舐められることなんてあり得るはずもない。
「ここかよ」
奥まできた。
上からぴちょん、ぴちょんと雫が垂れていて、その下には土が露出している。
やけに湿ったその場所は、上からうっすらと光が差し込んでいて、水やコケだのいくつかの要素が絡み合い、独特の明るさを演出していた。
「そうみたいだな」
ここが本来薬草があったはずの場所。
地面を触ると少しえぐれていて、根っこが千切れた跡がある。
まるで誰かが力任せにむしりとったような、そんな荒い切断面。
「そういうことかよ」
苛立ちまぎれの自嘲的な笑みを浮かべる。
拳をぎゅっと握りしめた。
苛立ちはこの犯人に半分、そしてもう半分が要領というか間の悪い自分に対して。
一筋縄で行かないのが面倒くさいですね




