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レイルの危機

 道中、タランチュラみたいな蜘蛛に襲われたり、ワニのいる川を渡ったりとインディージョー○ズばりの冒険を繰り広げながらの道中であった。

 今も噛まれた手が赤く腫れていて、さっさと着いたら消毒でもしたいものだ。


 その後はのんびりと旅しながらやってきたのは白い壁が眩しい街並みがずらりと奥まで続く国である。

 


 医療の進んだ国、エターニア。

 ヒジリアと仲が良いのも当然で、元はヒジリアから分岐した国なのだから。

 治癒術と呼ばれる時術だけでは、外傷などは治せても毒や病気は治せないことに物足りなさを感じた四代前のヒジリアが、医学を専門として研究させる施設を作ったことが始まりであったとか。

 仲が良いのは国民(世論)とそして表面上だけで、上層部の本心としては不倶戴天の敵だとお互い思っている。


「なんで仲が悪いの?」

「しっ! 滅多なことを言うんじゃありません。誰に聞かれてるかわからないんですからね」


 まるで無邪気な娘とそれをたしなめる母親のような会話をしているアイラと俺をカグヤが冷たい目で見ている。


「……冗談だ。そりゃあ最初は良かったさ」


 そう言うと俺はこの国の歴史を語りだした。

 かつてこの国はヒジリアの支援を受けて研究を行う一介の施設にすぎなかった。

 しかし研究が進むにつれて、次々とこの場所は特権を得ていった。

 宗教に殉ずると研究の中にはできないものがあるからであり、宗教と医術、とても相容れない二つは袂を分かち、そしてこの国は出来上がったという。

 魔法でも、剣でも国の役に立てないと絶望した学者肌の人間たちがこの国へとやってきた。それに比例して人口が流出し、それをヒジリアは快く思っていなかった。

 だが金を出して作った研究機関をむざむざと手放すのは馬鹿らしく、表面上は資金と医療の等価交換を続けていた。

 医療を他の国に流出させないように万全の注意を払って、エターニアはその繁栄を保ってきた。


 だがいつからだろうか。


 エターニアは既に資金を受け取らなくても運営が可能な一つの自治国家となっていて、最初に資金をだした程度で上からあれやこれやと口出しするヒジリアを疎ましく思っていたのは。

 ヒジリアは創立に関わっている、親のような国に向かって便宜をはかるのは当然であり、それを拒否するとは恩知らずであると苛立っている。


 国のために祖国を捨て、信仰を捨てないまま研究に身を費やす彼らをヒジリアの国民は憎むことができず、元はあの国の住民であったという負い目のあるエターニアの国民はヒジリアを敵視することができない。


 そう、憎み合っているのは上ばかりで、そんな二つの国が表面上だけの友好であっても捨てられないでいるのはここに理由があった。

 歴史上だけでなく、もちろん利害関係もある。


 いくらお金が十分に入るようになったエターニアとはいえ、やはり一番近いのは隣国のヒジリアである。

 農業については発展が遅れたエターニアはその食料の多くをヒジリアからの輸入に頼っている。

 ヒジリアは手に負えない病人が出ればエターニアに送るしかない。


 見事なまでに共依存の構図が出来上がっていたのだ。


 カグヤはつまらなそうに言った。


「ふーん。自国で全て完結すればいいのにね」

「それは理想だ──────とでも言うと思ったか?」


 ちんちくりんのフェイントを入れて、物申したのは他でもない。


「国境なんてなければよかったのにな、が理想だな」


 全ての国に国などという概念がなく、自国の利益などを追求せず、貿易ではなく単なる輸送として商品を扱えるようになれば問題なんてなくなる。

 常々思っていたことだ。国なんてなければよかったのに、と。


「そうだね。国も、種族も何もなければ平和なのにね」


 アイラはこの旅で思うことでもあったのだろうか。


「某詩人が言っていたよ。みんなちがって、みんないい。ってな。だから違ってもいいんだよ」


 違うことを受け入れられないのは、きっと同じであることも嫌いなはず。





 ◇

 高い建物の白い壁には正方形の窓があり、その窓からは大量の本棚や机がちらりと見える。

 どうにかして入れてもらえないだろうか、などとふざけたことを考えながらぶらぶらしていた。

 街のどの場所からでも歩いて行けるほど近い範囲に医療関係の施設がある。


 薬屋、医院、医学研究所……


 国の中央付近には、医学を教えるための学校があり、その奥には医学を研究するための大学のような施設がある。

 その場所こそがこの国に住む多くの人が夢見る場所で、あそこに行くことが誉と言われる国の中枢機関であった。

 政治ができるより、強いよりも医学のできる人間が褒め称えられる。

 この国の異様さを醸し出す象徴を見ていると、なんだか気分が悪くなった。


「とりあえず、あの薬屋にでも寄ってみるか?」


 ロウが提案した。

 他の三人はなんともないようだから、俺が単に疑心暗鬼すぎるだけか、それとも……


「どうしたの? 行こうよ」


 気のせいか。促されて店の中に入った。

 店の中には大きな木製の引き出しがあり、その一つ一つに薬が入っているのだとか。

 こんな場所でも前世の薬学には敵わないだろうが、ここまでぎっちりと並ぶのは圧巻である。


「いらっしゃい」


 ギャクラの薬屋で見たお婆さんを思い出させる容貌の年配の女性が出迎えてくれた。

 アイラは俺についてよく薬屋に出入りしていたため驚いている。


「あんたらと私は初対面だろう? 何を驚いている」


 垂れた頬がゆるゆると動き、そう尋ねられてようやくマジマジとお婆さんを見た。


「僕たち、ギャクラから来まして」


 言われてもない自己紹介をして、失礼を有耶無耶にしようとしたのが功を奏した。

 驚いたのはお婆さんの方であった。


「ほぉ、なるほど。うちの薬を妹に回しとるからな。そこで妹にも会ったのじゃろう?」

「へえ、姉妹でしたか。妹さんにはお世話になりました」

「レイル、知り合いなの?」


 カグヤがこそこそと聞こえないように耳打ちしてくる。


「ああ。俺が薬をよく仕入れてたところだよ」


 お婆さんは俺を見て何かを思い出そうとしている。


「その年齢に似合わぬ物腰……あんた、名前をレイルというのではないか?」


 へえ。お婆さんはこの人に話していたのか。


「ええ」

「ちょっと待っておれ……あったな」


 後ろの引き出しからゴソゴソと何かを取り出し俺たちの前に置いた。


「あんたの作った樟脳とやらから作られたものじゃ」

「有効活用していただきありがとうございます」


 丁寧にお礼を述べると、気味悪そうにお婆さんは顔をしかめた。


「そういうところが年齢不相応だと言っとるんじゃ」


 それからいくつかのことを話した。

 手紙で本人からしか聞けない妹さんの様子を聞かれたり、あそこの商品はこの人が送っていることなどを話してもらった。

 世間は狭い。どんなところで人の縁があるかわからないものだ。


 先ほどから気分が悪い。なんだか、頭が痛いな。今日はさっさと帰って寝てしまおうか……などと考えていたら俺はそこで気を失ってしまったのであった。







 ◇

 気がつけば薬屋の奥の部屋で寝かされていた。

 体の節々が痛み、思うように手足が動かない。俺はなんらかの病気なのだろう。

 部屋の向こうではアイラやロウ、カグヤがお婆さんと話しているのが聞こえる。


「どうして……」

「助かるにはこれしかない。他の医者とかをあたっても構わんが、こればっかりはな……」

「やめろよアイラ。薬で治るってわかってるだけマシじゃねえか」

「そうよ。私たちがなんとかすればいいのよ」


 切羽詰まっているようだ、ってまるで他人事のようだが俺のことだ。


 熱でぼぅっとしてうまく働かない頭を動かす。

 どうせ、俺がなんらかの病気で、その治療のための薬の材料が足りないとか言うんだろう。


「ねえ、レイルくん。私たち、レイルの病気を治すための薬の材料を取りにいってくるね」


 やはりそうか。この国は医学に力を注いでいるため、冒険者の質が低いのだろう。

 本来ならば冒険者組合ギルドに高額依頼で頼めば手に入るものも、引き受けてくれる人がいないから品薄になるのだろうな。


 これだけ重症でもなんとか頭が働いてくれてありがたい。

 俺はアイラからぽつぽつと行くべき場所を聞いて、地図を出してもらった。


「アイラ、ロウ、カグヤ、頼めるか?」

「もちろん」

「じゃあ、ここ、次にそこ、最後にここが最短だ。距離だけじゃなくって、途中の道を考えたらこうなる」


 自分を助けるために動いてもらうのだ。

 安全な道を知識から引っ張り出すぐらいしなくてどうする。

 俺はそれらの場所を詳しくは聞いていないが、その途中の道は地図を見ればわかる。

 伊達に幼少期に世界地図から歴史書まで読み漁っちゃいないぜ。

 とガンガン痛む頭で指し示した。


 が、俺の仲間は予想以上にクレイジーで、普通以上に大胆であった。


 俺の発言、つまりは努力を無に帰するようなことを言ってのけた。


「何言ってるの? 三箇所同時に行くよ? 一人一つ。これが最短」

次回からは仲間視点になります。

予告としては、


謎の奇病、苦しむレイル。

どれほど持つかはわからない。

薬の材料を探して三者三様の冒険が始まる!


といったところでしょうか。

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