仲間の興味
お祭りが終わって、一国の姫を他国に泊まらせるのもどうかと思った俺は送ろうか?と申し出た。
レオナはそれを断り、獣人の族長たちに会うと言った。
特にそれを止める理由もないかと族長たちの居場所へと連れていった。
リオ、レオナ、アイラ、俺。四人でぞろぞろと族長を訪ねていくと、不審ではあるが、リオのおかげで顔パスだ。
「人間族の国が一つ、ギャクラの王族直系のレオナ・ラージュエルと申します」
ぐるりと獣度の高い族長たちが並ぶその部屋で、何も怯えることなく言い切ったレオナはさすがだと思う。
箱入りお嬢さんじゃないんだよな。
毅然とした立ち居振る舞いは立派なものだ。
それに比べれば俺など下手に出ているだけである。
「ぎゃはははは、威勢のいいのは嫌いじゃねえぜ」
「これはこれは、ご丁寧に」
その豪胆さは概ね好感を持たれるようで、良いイメージを印象付けられたようだ。
牙人族の名に相違なく、笑う口の端から鋭い牙がのぞいている。
一部は生暖かい目を向けるのをやめてくれ。
「貴様は……リオを誑かした奴じゃな!」
おう。
俺の方もとても好印象?なようだ。
いや、だから誑かしてねえって。
未だデレの欠片もないこいつに何を期待しろというのだ。
隣のリオも不本意とばかりに口を尖らせる。
「小さいころから人見知りで……親戚を紹介するたびに後ろに隠れていた可愛いリオを貴様は……」
「いや、誑かしてませんって」
おおう。やばいやばい。
隣のリオにこんな親バカは気にするなと目だけで伝えると、ああん?なんなの?とばかりに凄まれたのは俺が悪いんじゃないと思う。
でもこいつ人見知りなのか。
なら随分好感を持たれている方……なのか?
「まあよい。娘の想いは最大限尊重するのが親というもんだ……だがな! 貴様が妙なことをすれば即刻獣人の勢力をあげて叩き──」
「恥ずかしいからいい加減黙るの」
父親の言葉を途中で遮りぴしゃりと言い放つ。
あまりにご無体なリオお嬢様のお言葉に親バカの代名詞は机に突っ伏した。
素晴らしい。俺も見習いたいものだ。
だがうちの父上は親バカといってもこういったテンションではないから俺がこんな風にいうことはないだろう。親バカ……かどうかさえよくわからない。
「それぐらいにしておけ」
周りの獣人にもたしなめられている。
バフバフと口元が動いているのは……鯨の獣人かな。
いくらトドやシャチが強いといえど、圧倒的質量には敵わないということかもしれない。
まあ強けりゃいいってのも古臭い考えではあるし、その人柄を買われてのことかもしれないしな。
とりあえずそのことについては休戦ということになろうか。
それからはなんの問題もなく話が進んだ。
最近の人間との関係であったり、冒険者や魔物のこと、そして何故か俺らのこと。
目の前で話すのは恥ずかしいのでやめてほしい。
◇
お世話になった方々に別れの挨拶を済ませた。
どうせ来たくなったらまたすぐに来れる、とは野暮なことは言わなかった。
またこい、と頭をガシガシとされて言われたので、今度は手土産でも持って来るとしよう。
その時は自治区独立記念パーティーの招待でもするかもしれないな。
これで獣人の国、サバンとも友好な関係を結べた……はず。
いや、結局したことってリオを送り届けて友達作って農業だの問題解決にちょこっと手を貸しただけだ。
これからもゆっくりと親しくなるのかもしれない。
リオに別れを告げたときは、顔をしかめて複雑な表情をしていたので、多分別れを惜しんでくれているのだと自意識過剰に考えておく。
獣人の国を後に、とりあえずゆくあてもない俺たちはレオナを送り届けて、とりあえずギャクラの付近を歩いていた。
「あー、今は気楽だな」
故郷にはいつでも戻れて、特にしなければならないことが山積みなわけでもない。
しいて言うなら自治区の発展にいろいろと手を貸してやりたいところだが、あまり文明を発展させすぎると自然破壊だのなんだのと前世お馴染みの環境問題に発展しかねない。
適度に知恵だけ聞かれたら答えればいいのだ。
この前は虫が多いと聞いたので、栴檀でも使えと言っておいた。
相変わらず知識の引き出しの多い奴だと感心されたな。
「次はどこに行くの?」
「あー、もう少し他の国でも回ってみる? この前言われたところとかさ」
「ハイカーデンのこと?」
ハイカーデン。
ガラスが破壊力や集団としての強さ、つまりは魔物や魔族を殲滅するような力を求める国であるとすれば、ハイカーデンは個人の技量や武人としての名誉を求める傾向があると言える。
中立国を自称しているが、その本当の意味を知るのは国の上層部と耳敏いごく僅かである。
レイルは国々で特権を使い、調べていくうちに得た知識の中にも、その国の異名がある。
"傭兵の国、戦争屋ハイカーデン"
かの国には冒険者組合とは呼ばれる一般のギルドとは別の、傭兵斡旋所というギルドが存在する。
この国が中立とは名ばかりで、ここしばらく戦争を起こさないのは、簡単だ。
こいつらを相手にすると何が起こるかわからないからである。
この国の対人、個人としての武や魔術を極めた輩は、魔物討伐よりもフリーの傭兵として護衛などをしていることが多い。
金さえ出せばこの国の傭兵を雇え、どれだけこの国から"アタリ"の傭兵を引き抜けるかによって戦が決まることもあるという。
もちろんそれを使う上や、その国本来の武力も重要なファクターである。
しかし、一人で戦況をひっくり返す可能性のある人間が、何人所属しているかわからない、そして普段は雇えるそいつらも、自国の戦争となれば自国に味方する。
そんなブラックボックスにあえて手を出せるのは軍事大国、とにかく量で押すことのできるガラスぐらいのものである。
歴代勇者を輩出することが多いのはガラスというが、最も多く暗殺型の勇者を輩出したのがこの国であるとも言われている。
どうにもその栄光がないのは、卑怯な真似をして倒してなんの意味がある、とのこと。
だがこの国の戦闘スタイルはとても共感が持てるし、真正面から攻略した歴代勇者達には「お前ら、バカだろ」と言ってやりたい。
そいつらはきっと剣をふるえば山を切れるような化け物ばっかりだったんだろう。
今の俺だってなんとかすれば魔王二人をどうにかできないわけじゃあないだろうが、真正面から押し勝つなんていう芸当は才能か、それとも神の恩恵か。
努力しただけの凡人にはとうていわからない世界だ。
だからいつでも、俺は勇者候補なんて名前だけだ、という。
「あ、あの国はどうだ? 医術が発達しているとかいう……」
とひとしきり二秒間脳内説明を終えた俺に提案したのはロウである。
「エターニア?」
「そう、それだよ」
薬や医療が進み、ヒジリアと最も友好的な国、エターニア。
ロウが興味を惹かれるのもわからないでもない。
陰陽師だったか? みたいな家にいたロウは怪しげな毒とかにも多少の知識がある。
時術も併せて、人の命を奪うのと救うのは同じことだと思っているロウにとって、人を救うことに特化した医術とは気になるものなのかもしれない。
薬屋のばーさんが薬を仕入れているのも確かこの国だったような……
じゃあ本場だともっといろんな面白いものが売っているかもしれないな。
「楽しそう」
「私はいいと思うわ」
二人の印象も良いみたいだ。
「よし。そこにいくか」
少なくとも傭兵の国よりは楽しみも多いだろう。
ハイカーデンもいつか行ってみたいレイルです。
でもそれ以上に怪しげなお薬や毒に興味津々の思春期な四人組でした。