お祭り
リオの次のお知らせは意外なものであった。
「でもお出かけは今日じゃないの」
「どういうことだ?」
「明々後日にお祭りがあるの。だから夜まであけといて、なの」
どうやらここの国では豊穣を祝う祭りが秋にあるらしい。
しかしこちらは世界の南半分であるからして、秋といっても故郷では春だったり。
「じゃあ、他にも連れてきていいか?」
「レオナちゃんとか?」
「ああ。祭り事が好きそうなホームレスやシンヤ、後はミラもか」
「レオンは忙しそうだし、無理かな……?」
「他国との親睦を深めるとか適当なこと言って呼び出しちゃダメかしら?」
「やってみよう」
とまあこんなグダグダのやりとりがあって、俺たちはギャクラ付近の自治区に戻ってくることとなった。
個人用に手紙の転送装置を買う馬鹿など、俺ぐらいしかいないようで、俺がアポをとろうと手紙を書いているとリオのお父さんに非常に驚かれた。
獣人族では同じ一族に共通する遠吠えによる暗号のような合図があるとか。
複雑なやりとりこそできないものの、退却や危険、獲物の発見など単純な狩りに必要なやりとりぐらいはできるとか。
だが遠くの知人とやりとりするようなものはないそうで、これがあるのは魔族と人間だけだそうだ。
文明レベルはさほど変わらないかと見たのに意外なものだ。
だから転送装置などというものを見て羨ましがっていた。
やらんぞ。
◇
リオに一言、明後日まで故郷に戻ると本来ならばわけのわからない報告をしてサバンから空間転移で直帰。
自治区に戻るとレオナはにこにこしていたが、ミラは少しお怒りであった。
にこにこしていたレオナでさえ、「もう少し頻繁に帰ってきてくださいね?」と物申していたのだから、それより短気な彼女の様子は推して知るべしと言っておこう。
「ほほーう、ワシらが頑張ってお仕事している間、お主らはケモノどもといちゃいちゃしておっただと……?」
ゴゴゴゴ……と背後にオーラをまとった禍々しい鎌を担いで俺らにつめよったミラは少なくとも何百年と生きているようには見えない。
あと俺らはイチャイチャしてない。あいつらはケモノじゃないし。
「ミラが頑張ってお仕事……?」
ここで彼女に逆らうなんて命知らずな真似をする輩は少なく、そしてその少数派が俺だ。
ピンポイントで嬉々として地雷を踏みにいった。
だが意外な援護射撃のおかげでむしろ俺が優位に立つこととなった。
「ミラさんはさほどでしたね」
「奴隷に近づきゃ泣かれ、馬を世話すりゃ馬が白目をむいて倒れる。そんな奴に任せられるってのは地味な事務作業か肉体労働だろ。どちらも、「ワシにふさわしくない!」とか言って飛び出したのはどちら様でしたっけ?」
「うう……だってこいつらワシに何も言わずに」
あ、ミラに旅立つことを言うのを忘れてたっけ。
いいじゃねえか。他の大陸にいるのにこんな短期間で戻ってくるんだから。
「いや、今回帰ってきたのはあれだ。お前らも休みがいるかと思って。留守の間は誰か代理を任せてお祭りに行かねえか?」
「ま、祭りか?」
ミラが目を輝かせる。
「お祭りですか……お兄様の代わりに友好を結びにいくのも……」
レオナはカグヤと同じ思考にいきつくわけだな。
だが違うのはレオンをほって行こうとしているところか。
「レオンは無理か?」
「お兄様は今、ハイカーデンに親善大使として向かっておりますわ」
ハイカーデンか……あそこはきな臭い。
通称、『戦の申し子』と呼ばれるあの国はガラスよりも人との戦いに特化している。
まあヒジリアよりはずっと楽そうで楽しそうだが。
仕事を一段落終えるのは少々大変なのだと聞いて、肉体だけはまだ未成年の若造の俺たちが全力で手伝った。
そのおかげもあってか、仕事を引き継ぐところまで終えられ、無事お祭りに参加することができそうだ。
用心棒と代理をたてていつもの主要メンバーでサバンまで跳んだ。
シンヤ、ホームレスは好きにするといってふらふらといってしまった。予想はしていたのでほいほいと流した。
夕方、うっすらとまだ日の光の残滓が目に焼き付いたような空を抱いた街並。
「じゃあ私たちはいくから。ごゆっくりー」
「そうだな。空気を読んで退散するか」
カグヤとロウまでニヤニヤとしてどこかへ行ってしまったおかげで、見事なまでにハーレム状態になった。
男女比がおかしいと見た目には楽しいんだけど、どこかいたたまれない気持ちにもなる。
前世でも中学を卒業してから中学の部活に行ったときは面白いことがあったな。
男女両方の予定を確認せずに、噂で「今度の土曜日は中学の部活練習あるってー」と聞いて男二人で同じOBの女子達と突撃したら男二対三十女子なんていう比率になったことがある。
そのあと、もう一人の男子が「あ、俺部活だから」と途中で逃げたために比率はもっと酷いことに。
一個上、同級生、一個下のOBが揃っていた時で、女子の先輩に「もちろん行くよなー!」とそのまま男子一人昼飯に連れて行かれたのも良い思い出だ。
「何をぼんやりしてるの?」
「レイル様、お疲れでしたら無理なさらないでくださいね?」
「レイルがあの程度で疲れるはずがなかろう」
ちょっと待て。アイラはまだいいが、ミラのその言い草はなんだ。
俺を化け物か何かと勘違いしているのではないか?
レオナの優しさが染みるな。
「いや、転生前のことを思い出しただけだよ。お祭りか……楽しみだな」
七夕の日に雨に降られてびしょびしょでりんご飴を舐めながら帰ったことがあるので、一概にいい思い出ばかりとも言えないが。
屋台といっても、そこまで趣向を凝らした華やかなものはそう多くない。
炎魔法で作ったポン菓子のようなものが売っている屋台を見つけた。
「おお」
「レイルくん、あれ食べたことあるの?」
「おう。でも名前はわからねえ」
だって食べたのは前世だし。
綿菓子だったりこういう素朴な安っぽいお菓子は結構好きだ。
なんていうか余分な着色料や香料臭さがなくって癖がない。
苦味があってもそれも素材の味だしな。
「あ、見つけたの」
リオとばったり出くわした。
案内するといっておきながら、集合場所を決めておかなかったリオも悪いと開き直ってふらふらととしていたことを謝るべきか。
「それよりなんなの」
「おう。ミラとレオナ。素性は聞かないでいてくれ。お忍びだ」
「じゃなくって……」
ああ。言いたいことがわからないでもない。だが無視だ。
「とりあえず楽しもうぜ」
この世界に花火はない。
火薬というものがあまり発達していないからである。だから銃を作ったときも、どうやって火薬が作られているかは全く知られていない。
もちろん俺とアイラの秘密なので誰もその価値を知らない。
なんていうか、こう、な?
バラしてしまって名誉や莫大な利益を得るってのもなかなかいいなって目が眩みかけたこともあるけど。
やはり軍事技術というものはおいそれと発展させるものではないとぐっと我慢したわけだ。
銃怖いなーとか独占最高とかそういう理由じゃない。……そういう理由じゃないんだ。
今でも火薬草(命名俺)は自生しているのを見つけるたびに乾燥させて保存している。
で、花火がないなら何をするのかというと、魔族や人間だと魔法を使った見世物があったりするんだけどな……
「綺麗……」
炎を魔法で操り、その周りを水魔法で覆うことで幻想的な光景を浮かび上がらせていた。
風魔法でひらひらと舞う飾りが時折水や炎に巻き込まれて消える。
「ワシも参加してみたいな」
ミラ……お前が参加するって人魂でも乱舞させるのか?
「このような催しはあまり我が国では見られませんわね」
ギャクラの商人たちはこんな催しを鼻で笑そうだ、というのは偏見か。
経済の活性化や屋台の消費促進を盾に説得すればこれぐらい通りそうだけどな。
「うちらの自慢なの。あの奥で炎を操ってるのがうちの従兄なの」
ほう。でも水を操ってる奴の技量はリューカで出会ったサーシャさんの方が上かな。
獣人は身体能力寄りなので、あれだけ使えるだけでも十分すごい。
おそらく国でも一、二を争う魔法の使い手なのだろう。
俺は口にポン菓子的なお菓子を頬張りながらその灯りを眺めていた。
主人公……