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獣人の国、つかの間のほのぼの プロローグ

 自噴水。

 透水性の低い土地で、水を溜め込んている地層が地表面より高いところにあると、水が地表面に湧出することがある。その水を被圧地下水といい、それが噴き出ると自噴水というとか。

 確かそんな感じだったはず。

 その水を使う井戸を自噴井と言い、塩分を多く含むために農業は農業でも作物の栽培には向いていない。

 塩害に強い植物で美味しいもの、というのに心当たりがあるはずもなく、ここでの農業を放牧に変えてしまえと言ったのだ。


 半信半疑ながらも、草食獣人どもにはさほど反論はないようだ。

 ひょっとすると俺が口からでまかせを言って小麦に味方したと思ったのかもしれない。

 むしろ不満そうなのは放牧組の方で、広いだけの痩せた土地を押し付けられたように思うらしい。

 俺はこっちの方が広い上に放牧がしやすいということを説明した。

 牛でさえ育つのだ。羊の方が塩分に強い家畜だから、多少のことでは問題がないだろう。


 春小麦、冬小麦などという区別がある以上、この結果が出るのは一年後だ。

 俺が前世の知識がなければビビって口出しなどできないだろう。


 リオは


「これが失敗すればレイルのせいにすればいいの。人間の国からレイルのお金で小麦とお肉二種類の輸入の準備をしておくの」


 そ、それはそれでいいような気がしてきたぞ。

 それを機会になし崩し的に人間の大陸と獣人の国との国交を深めるのもありかもしれない。

 俺の懐が大打撃なのには変わりないが、長期的に見れば儲けになるかもしれないと思うと……いやいや、ワザと失敗して獣人たちに恐怖と不信を植え付けてどうする。

 ここは信頼関係を築いた方がケモミ ……獣人たちと仲良くなれる。

 我慢我慢。世の中には金より大切なものがある。まあそれらも金の使い方を間違えなければある程度までは買えるのだけど。


「自噴井ってちっちゃい頃に言ってたね」


 アイラはよく覚えているな。俺でさえ忘れかけていたのに。でもこれを見て思い出せなければ意味はない。アイラはもっと精進しなければ……っていらねえんだよ、俺が頭脳労働担当なんだから。

 アイラは天才肌だ。だから感覚主義でも構わない。前世の経験は俺が持ってればそれでいいのだ。


「ま、あんたのことだからなんとかなんでしょ」

「ははっ。間違えたら謝って他から買ってくればいいんだよ。リオも言ってるじゃねえか」


 ロウは軽すぎる。

 どちらも俺への信頼から来るのか、随分と心配する様子が見られない。


「レイル。お礼はまだ言わないの」


 リオの言葉もごもっともだ。

 これからゆっくりと信頼関係を築きあげていかなければな。




 ◇

 俺たちはその後もしばらく獣人の国、サバンに滞在していた。


 聞かれたことに答えたり、これまでの冒険譚を子供にせがまれたり。


 だが冒険譚をそのまま伝えると子供が泣き出しそうなものも中にはあるので、コドモドラゴンやバシリスクの話をしたりした。

 悪魔と契約していることや、ミラの素性は伏せとくにこしたことはない。

 子供たちは山場にくるとおおー、とざわめき、興味深そうに話を聞く。

 やはり冒険者がこうして話をしてくれることは珍しいのだろう。


 たまに大人たちも話しかけてきてくれる。一緒に狩りに出かけたこともある。空間把握と転移を組み合わせれば狩りの速度は異常と言えた。

 さすが獣人。狩りの強い人にはフレンドリーである。バシンバシンと背中を叩かれたときは思わずむせた。

 他の三人がさらっと距離を置いて叩かれたのが俺だけだったというのはなんだか微妙な気分だ。

 臼人族の人と畑を耕したりもした。

 最初は引き気味だったのに嬉しいことだ。多分リオが隣にいたからだな。きっとそうだ。

 決して俺の顔が怖かったとか、俺の言動が頭のおかしな人のソレだったとかじゃあないと信じたい。

 人間への複雑な感情はなかなか拭いさることのできるものでもないらしい。

 にっこり微笑んで挨拶しても未だにビクリと怯える人もいる。


 ……前もそんなことがあったような……いや、獣人との仲良し計画は順調に進んでいる。ケモミミをモフモフするのも夢ではないな。


 シンヤからも時々手紙が来た。

 内容は主に教育の内容の修正案とかで、特に問題のないものなら自己判断に任せている。

 三角形の面積について理解できない子がいると聞いたので、図解で示せと書いておいた。

 ミラやレオナからも手紙が来た。

 主に俺らの安否を尋ねるもので、今は獣人の国でのんびりしていると伝えた。

 また瞬間移動で戻ってやらねば。


 特に問題もなく一週間ほどが過ぎた。

 どうやら土地の交換も順調に進んでいるようだ。

 俺が空間同士を接続してあるので、スムーズで良い。


「平和だね」


「おう。それが一番と言えるのは大変なやつだけだ。俺らは別に大変じゃないからたまには問題があっても構わん」


 傲慢なセリフではある。

 だが事実だ。

 平和であればあるほど、異常や事件を求めるというものである。

 前世の中二病がそうだったように。

 現在はさほど平和なだけの世界ではないので、そこまで求めてはいない。

 というか目の前に広がるこの国がすでに獣人というファンタジーの萌え要素を体現していて、求めることもない。


「そういう不吉なことを言わないの」

「俺は楽でいいぜ。ここは人間の危険人物が来ないからな」


 魔族の国や獣人の国にいる方が平和ってなんだよ。

 事実、盗賊や暗殺者が送られることのないこの国は実に平和でよい。


「あ、ここにいやがったの」


 俺たちがごろんごろんしていたのは町外れの芝生の上だ。

 遠くでは獣人の子供たちが走り回ったりして遊んでいる。

 そこにリオがやってきたのだ。


「おとうが案内してやれとかわけのわからないことを言うの。うちも案内されたから渋々請け負ってやったの。感謝するの」


 そういうリオは渋々というほどではないらしい。ニヤニヤといった風情で寝転ぶ俺らを覗き込んでくる。


「うちのバッチし誰でも落とせる万能デートコースを紹介してやるの」


 いらねえよ。

 誰を落とせっていうんだ。


「いいじゃん。楽しそう!」

「じゃあ連れてってくれる?」


 国の名所なんかあるのかよ、と失礼な考えを脳内から追い出してリオの誘いに乗ることにした俺たちであった。

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