獣人の国で
なるほど。そりゃあリオお嬢様が連れてきたなら信じられるわけだ。
もしも俺がお調子者で、庶民としての感覚を顔に出しやすい人間であればこのように叫んでいたことだろう。
「なんだってー?!」
いや、俺たちのパーティーはなんていうか驚きのリアクションが俺を含めて薄い。
ロウもふざけてそのように叫んではみたものの、どうにも棒読みだ。ゾンビだってもうちょっと感情がこもっている。
「お前、そんなお嬢様っていうか、いいとこの娘さんだったわけ?」
「リオちゃんすごーい」
なんていうか、ますます不安になるんだが。ここでリオを置いて帰っちゃだめかな。
「ええい。うるさいの。うちのおとうが凄いとかわざわざ言いふらすことでもないし、そんなにすごくもないの」
照れてるんだか、思春期のささやかな反抗なのか、リオはぶんぶんと耳で俺たちの言葉を振り払った。
ケモミミ属性があればその様子はとても楽しいものである。
もちろん俺も楽しんでいる。
向こうに見える屋敷に近づいていく。
幾つかの国で王城にまで入ったのだ。今更あの大きさの建物にビビるはずもない。
ただヒソヒソと話し込むのはやめてほしい。
「で、お前の親はなんなんだ?」
「えーっと……ギカイとか言ってたかな? そこの族長会に出るとか。うちの家が会議の場所でもあるらしいの」
族長会? なんだそれは?
「へー。リオのお父さんは族長なの?」
カグヤは至極もっともな結論に達するが、リオはなんだか違うと言った風であった。
屋敷は使用人が警護していて、俺たちなんかは到底入れなさそうだと思った。
実際、俺たちが近づくと牙をむきだしに威嚇しようとした。
だがリオが前にでて「リオなの。帰ったの」と一言言いつけるだけであっさりとおとなしくなった。
それどころか畏まって、ペコペコしていたところを見ると、リオの立場もわかろうというものである。
権力万歳。
空間転移で不法侵入することほど馬鹿らしいものはない。
俺たちが完全にお邪魔虫じゃねえか。
「違うの。どんな形であれレイルたちは恩人なの。義理を蔑ろにするなんて獣人じゃないの。挨拶だけでもしていってもらうの」
リオがきっぱりと切り捨てたのでなんとかここまでついてはきた。
獣人族にコネとは言ったが、友達ができるぐらいの信頼関係があればよくってだな……ここまで大袈裟にマジもんのコネはなくっても良かったというか……。
いや、コネはでかいにこしたことはない。怖気付いてどうする。
「お客様です」
案内してきた家臣が部屋に入る前にそう言うと、中から低くてドスのきいた声が響いた。
「会議中だ。誰だ?」
「リオお嬢様が帰られました」
「なんだと!?」
どうやら中では会議が行われているらしい。
なんて間の悪いときに帰ってきてしまったんだ。
しかもそんなところに突撃していくって……リオはもしかすると……。
会議中だという族長どもに動揺が走る。
仲間意識が強いというのは本当らしい。一人の女の子に政治的立場も何もなく全員が心配していたことが中の会話からわかる。
「何をしている! 早く通せ!」
「そうだそうだ!」
会議そっちのけでこっちを通せとまくしたてる。
「人間のお客様もお見えに。リオお嬢様を助けたとか」
「構わん! まとめて通せ!」
いやあ。予想以上でよかった。
誘拐犯の嫌疑をかけられて逮捕とかになったらめんどくさそうだからな。
入ると同時にそのむさ苦しい顔面を娘にこすりつけるのはなんだ? 匂いによる主張か?
リオは一言、苦しいの、と嫌がり、あくまで形式的に無事をしらせた。
「お父様。リオは帰ったの。心配かけてごめんなの」
それ、誠意こもってるか?と聞きたくなる口調であるが、本人はいたって真面目である。
俺たちが入ると何人かの族長がデレっと鼻の下を伸ばした。
本当に大丈夫か? この種族。リオがそれだけアイドルということか。
「おう。無事ならなんも言うことはないわ! ……ところで、そこの小僧どもに変なことはされておらんな?」
「レイルもロウも超紳士だったの。アイラもカグヤもそんな趣味はなかったの」
いや、再会して聞くところはそこかよ。そしてリオは前半はともかくとして、後半は何をおっしゃってるんですか?
もっと感動の再会的なものをイメージしていた俺としてはなんとも言えないモヤモヤが。
「なんだとお! 貴様ら恥ずかしくはないのか! この可愛いリオを目の前にして手を出してないだと!」
いや、どっちなんだよ。
どうせ出したら出したで怒ってるんだろうが。
というか俺らがここで手を出せば、俺は助けることと引き換えに体を要求する鬼畜野郎として認定されるだろうがよ。
そしたら他の獣人との信頼関係が得られなくなって、結局俺のところに残るのは俺に反感を持つリオだけになるじゃねえか。
それはそれでそそるものがあるかもしれないが……
……ごほん、誰がそんな大損のルートを選ぶんだよ馬鹿野郎。
心の中でひとしきり罵ったあと、俺はあくまで紳士的に息をするように営業スマイルという嘘の仮面をはりつける。
「お初にお目にかかります。人間種族のギャクラ出身、ついでに勇者候補のレイル・グレイです」
続いて三人が自己紹介をした。
あたりさわりない紹介に族長らも警戒するだけ無意味とふんだのか。
「この度は我が娘を助けていただきありがとうございます。どうかしばらくこの国に滞在していってください」
もちろん喜んで。
親バカが好きです。
キリのいいところできると短くなりました。
投稿ペースをしばらく落とすやもしれません