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先代勇者は隠居したい(仮題)  作者: タピオカ
港町ベ・イオ編
98/192

海と空の間で


 船に掛けられたタラップを登りながら、俺はついに最後まで現れなかったジャンとクオンを思う。


 いや、正確に言うならジャンは結構自由気ままと言うかノリで生きている人間なので別として、クオンの事が気になっていた。


 アニキアニキと慕ってくれてはいたが、ヴォーダン氏が手を引くと言った時にクオンを閉じ込めた時のせいか、クオンは事件解決後、俺を避けるように部屋に篭もっていた。


 クオンの心情的には、あそこでヴォーダン氏を説得して欲しかった筈だろう。

 間違ってる筈の親と結託し、自分を閉じ込めた悪……とでも思われたか。


 勿論憶測だ。だが、顔を合わせたくないと思われたのは確かなんだ。


 「どうかしましたか?」


 俺の後ろからタラップを登っていたベルナデットが俺を心配するような声を出す。


 「いや、何でもないよ」


 「クオン君と、ジャンさんの事ですか?」


 え? 何君、エスパーか何かかい?


 「ふふふ。……表情に出てますから」


 得意げに言ったベルナデットは花が咲いたような笑みを浮かべ……なんかキャラの方向性が変わってない?


 君いつもなら余計な一言付けてくるような娘だったような……。


 「ほらほら、後がつかえてますよー」


 タラップの頂上で止まった俺の背を、笑いながら押すベルナデット。

 ……あれ? この子こんな萌えに走った子だったっけ? なんだか凄く可愛いぞ? 

 ……あれれー?


 「グケー」


 俺とベルナデットが船につくと、更に俺達の後ろにいたズィルバが船に乗る。

 すっげぇ不機嫌だ。


 べしっ。


 「いてっ。……この野郎、人のスネを蹴るとかどういう成長を遂げてんだよ」


 ついこの間乗り始めたと思ったらクルケルに蹴られたぞおい。


 ◇


 船の碇が引き上げられる。

 碇が完全に持ち上がると、船がグラリと揺れた。

 この足から伝わる浮かんだ感覚は、飛空艇の物と似ていながら、確かな違いがある。


 「さらばベ・イオ……ってな」


 「リズワディアの時と比べると短い滞在時間でしたね」


 「まあリズワディアじゃあ教師の真似事をしてたわけだし……ん?」


 どんどんと港から離れて行く船の上、見送りに来てくれた人らに手を振りながら軽く話していると、ヴォーダン氏らの背後から、もの凄い早さで走って来る人影を見つけた。


 「なんだ? 女? いや、あれ……クオンか!? 女装なんかして何する気だ?」


 「え、クオンさん? ……女装っ!? ど、どこにいるんです!?」


 「あの人っちの後ろから走ってきてる!」  


 ジッ、と見てるとミニスカの着物に白ニーソと際物の女装をしたクオンが、ヴォーダン氏らの横を駆け抜けそのまま海へダイブする……かと思いきや、クオンはバッタ見たいに大きくジャンプした。


 目標は、この船! 


 カランッ。


 「よっ……とぉ! 成功成功~」


 空中でくるくると回転したクオンは鈴の音と共に俺の目の前で綺麗に着地した。


 「……く、クオンさん?」


 「よ、シスターのねえちゃん! ……いやぁ、すいませんアニキ! 親父に止められるのが嫌だったんで黙って来ちゃいました!」 


 クオンは後頭部を掻きながらな苦笑する。しかし俺の思考は別の所に向けられていた。


 「……ん、んなことべべ別にどうでも良いんだ!! な、なななな!! な、何でっ、お前にっ、……おっぱいがあるんだああぁぁっ!!」


 そう。


 着地した瞬間に弾けるように跳ね、後頭部を掻いている今、突き出されるように服の下なら主張する、その見事な双丘。

 本来男性に無い(太ってる人は別)はずの膨らみが、クオンには存在していた。


 「え? 男にもあるじゃないですか。おっぱい」


 「野郎と女の子のおっぱいは別なの! 夢と希望が詰まってんの!」


 そう。夢と希望が詰まっている。

 クオンの胸にも、ベルナデットほどでは無いにしろなかなかの夢と希望が詰まってるのだ。


 「え? ……何、お前……女だったの!?」


 そう、見間違いでなければ、俺の目にはクオンが女の子に見えていた。

 中性的だとは思ったが……まさか本当に女の子だったとは!!


 「うん。……その、女っぽいヒラヒラした服が苦手でさ。それが嫌で男として生きてたんだ」


 照れたように頬を掻くクオン。……いや、クオンちゃん。

 ふと、もう遠くに見えるヴォーダン氏に視線を向けると、泣き崩れている姿が見えた。


 ひ、一人娘だったのか……ならあの可愛がりも頷ける。


 「だったら何で、そんな格好……」 


 「ジャンに、アニキの弟子になりたいなら女になれって言われたから」


 敢えて言おう、GJであると!


 流石だぜジャン! 俺達に出来ない事を平然にやってのけるっ!


 けどそんな服にしなくても……

 クオンが着ているのはノースリーブにミニスカと言う、もはや『そう言う事』目的に作られたとしか思えないような着物である。

 それは着物と言って良いのだろうか?

 俺は大好きだが。


 「お袋の仕事服だったらしいぜ?」


 良い趣味をお持ちだお袋さん。


 「まあ冗談は置いておくとして……弟子、か。戻る気は無いんだな?」


 遠くなり始めてはいるものの、今ならまだ泳いで戻れる。

 チラとベ・イオの街を見て問うと、クオンは不敵に笑った。


 「どの道、魔装演武には出るんだ。どうせならアニキと特訓しながら行く方が有意義だろう?」


 男らしく(女だが)腕を組み、ニヤリと笑うクオンに、俺は苦笑するしかなかった。



 「新たな仲間クオン・ヘレオットを加え、先代勇者ヤシロ・ユウの旅はまだまだ続く。……と、言ったところかな?」


 リュートを弾いていた手を止めて、ジャンはクスリと笑った。

 もはや遠く、ごま粒のように小さくなってしまった帆船に乗る友人の幸せを願い、ジャン・ジャック・ユースタスは笑った。

 その彼の背後に、人の気配が近づく。


 「カカッ。随分と楽しげな旅路になりそうじゃのぅ、社の行く道は」


 それは小柄な、いや、妖しげな雰囲気を漂わせているが、確かに幼女とも呼べる少女だった。


 真紅の瞳に病的なまでに白い肌。地に触れる程の長い緑銀の髪を結い上げたその少女はジャンが、いや、勇も知る人物だ。


 海を眺められるように高い建物の屋根に腰掛けていたジャンの傍らに立ったのは、『時の魔女』と呼ばれ千年も前より姿の変わらぬ少女、ノルンだ。


 「お待ちしておりました、『時の魔女』様」


 チラと視線だけ向けただけのジャンに、ノルンは笑みで返す。


 「カカッ、その名も捨てた。今の妾はただのノルンよ」


 その幼い姿に似合わぬ物言いは彼女の普段の口調だが、ジャンはどうにも、その中に違和感を感じた。そもそも、傍らに立つ少女の纏う服こそが、普段とは大きく異なっていた。


 「ただのノルン……にしては随分と仰々しい礼装ですな」


 その服はエルフの装束とも、時の魔女としての装束でもなかった。


 赤く染まったマフラーを首に巻き、緋色の鈍く光る鋼の軽装。

 腰にはその小さな身体を軽く越す大きな剣が下げられていた。


 所々傷が目立つ軽装や、くすんだ赤色のマフラー。だがその装備は、どんな煌びやかな服よりも彼女に合っていた。

 その武具を纏った彼女のその姿、なんと威風堂々たることか。

 まるで世界を救った小さな英雄のような姿だった。


 そして真実、その姿こそが彼女の、原初の姿。

 この世界を救い、世界に平和をもたらした初代の勇者の姿だった。


 「カカッ。ただの老いぼれの甲冑姿よ」


 笑いながら吐き捨てたノルンに、ジャンは苦笑する。


 「『初代勇者』『時の魔女』……あなたの生涯を語る上で必ず歌われるその名を捨てて……貴女は、何を為すのですか?」


 立ち上がったジャン。自分の横で不敵に笑う少女が己より大きく見える錯覚に苦笑しながら、ジャンは聞かずにはいられなかった事を聞く。


 「……そう言えば貴様にはまだ礼もしていなかったな。

先ず礼を言おう。そして妾の呼び声に参上してくれた事に感謝し、貴様だけには明かそう(・・・・)


 どこまでも偉そうに。そして誰もが平伏するであろう覇気を臆面も無く隠そうともせずに、彼女は続ける。


 「『協会』……いや、今は教会か。

 

 教会が裏で蠢動しているのは、貴様も知る所だな?」


 「はい。勇の暗殺もその一つと聞きます」


 ジャンの言葉にノルンは鼻で笑う。


 「カカッ。あんなもの、肥えた豚の癇癪よ。……問題は、ルクセリア王家との関係じゃ」


 それはジャンも知らない事だった。

 驚くジャンにノルンはカカッ、と笑う。


 「今一番底見えぬのはルクセリア王家じゃ。あの娘が何を考えているか、妾でもわからん。わからんが、どうも胸騒ぎがするのじゃ。それを確かめるため、貴様にはルクセリア王家に行ってもらう。今代の勇者を歌いたいとでも言えばすんなり潜れるじゃろうて」


 ジャンは小さく頷いた。自分が動くのは構わない。元より、そのために諸国を回りこの地に来たのだから。


 そんなことより、ジャンが聞きたいのはノルンの行動原理だ。


 「カカッ、好き者め。……しかし大した事ではないぞ? この世界は魔王と言う困難を乗り越え、今や泰平の世となった。……それを脅かす者を、妾は許さんだけよ」


 真紅の双眸は、遠く、遠くを見ていた。



 「ヤシロさん」


 「お? ベルナデットか」


 船の上でクオンに教えてやれる事も少なく、部屋の中でできるような、俺がいつも暇な時にやってる訓練の仕方を軽く教えたえ、今は自室のハンモックの上で泥のように寝ているクオンを放置し、船のデッキに上がった時だった。デッキにはベルナデットがいた。


 いつの間にか日が沈みかけ、夕日が海を赤くしている。

 

 そして先にデッキにいたベルナデットもまた夕日に照らされ、普段とは違う表情に見えた。


 「クオンさんは?」


 「今は夢の中。明日は筋肉痛で泣くだろうさ」


 ニヤッと笑った俺にベルナデットはクスクスと笑う。

 デッキの手すりに肘をつき、海を眺める。


 優しい潮風が、さざ波の音が耳に心地いい。

 隣にいるベルナデットもそう思ったのか、彼女がゆっくりと目を閉じた。


 「あ…………」


 彼女の所作は、純粋に美しいと思った。


 だが、俺は失礼な事にベルナデットの所作には見とれていなかった。


 「? ……どうしたんですか?」


 ベルナデットを見たまま固まった俺を見て、彼女は首を傾げる。


 …………似ていた。

 似ていたんだ。彼女の所作が、どうしようもなく、似ていたんだ。


 「飛空挺だったんだけどさ。……オリヴィアも、風を感じてる時は目を瞑る癖があってさ。………だから、似てるなって思って」


 ジャンが似ていると言っていた理由が、にわかにだが理解できた。

 胸や体躯と言った外面的な所ではなかったのだ。

 自分に素直で裏表の無い……そんな、所が似ていたのだ。


 「突然ごめんな。こんな事……」


 何か言いたげなベルナデットに謝ると、彼女は「そんな事ない」と首を横に振った。


 「聞きたいと思ってたんです。三年前、ヤシロさんと聖女様……オリヴィアさんが過ごした旅の事を。どんな事を思って、戦ったのかを。……良かったら聞かせてくださいよ」


 ジッと俺を見つめる瞳は揺るがず、力強く見えた。


 「……多分この間のより詰まらないぞ?」


 「ふふん。ヤシロさんが泣いちゃったらまたよしよししてあげますよ?」


 「こ、この野郎っ……へんっ! 口から砂糖が溢れるくらい甘ったるいノロケ話を聞かせてやるよ」


 おちょくるような物言いに軽口で返した俺は、夜空に鳴り始めた空を見上げ、ぽつりぽつりと話し始めた。


 「オリヴィアは、飯食べてゴロゴロするのが好きとか王女らしからぬ事を言う奴でさぁ」


 空に浮かぶ赤い月を見上げながら、俺は思いを馳せる。

お待たせしました最新話です。


駆け足気味でしたがこれにて三章終了! 次回から四章、『孤島の迷宮ノルドヨルド』編! 


ではまた次回。お楽しみです!

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