徒手激突
「よぉ、勇。……久しぶりだなぁ」
「……ゼファー。テメェ程の奴が誘拐なんかに手を貸すなんてな。堕ちたもんだな」
ニタリ、と笑うゼファーに勇は冷めた声で見損なったとばかりに言い捨てる。
「子守の真似事で金が得られるんだ。大した労力も無く楽で良い」
「誇りはねぇのかって言ってんだよクソ野郎」
「クカカッ、俺に誇りを望むなんておかと違いだぜぇ?」
「そう言えばそうだったな、テメェは私利私欲のためなら仲間を裏切るのだって厭わない奴だからな」
「お前もさして変わらんだろう? ただ外から見た時美談扱いされるか否かだけで、後は同じさ。対して中身は変わらねえ」
「俺とお前が同じ? ……反吐が出るね」
「ククク……クカ、クカカッ!! ……………ユウゥゥぅぅぅッッ!!」
「ゼェェェェファァァァーッ!!」
咆哮の一拍後、ゼファーの眼前にまで一気に踏み込んだ勇と、身体強化の魔法を自身に掛けたゼファーの額が、勢い良くぶつかり合った。
額が激突した衝撃で額が割れ、互い血を流す二人。
だが二人は一歩も後退する様子を見せず、それどころか足を踏みしめ前進しようとする。
「随分デカくなったじゃあねぇかぁ!! ……まぁ、まだ姫の方が背は高かった気がするが……」
「うるせぇっ!! 人の気にしてる事つつくんじゃあねぇよっ!! 少し悪いこと言ったな~、なんて顔するなあぁっ!!」
更なる激突。ゼファーの右腕の拳が勇の腹を深く抉り、勇の膝蹴りがゼファーのあばら骨にヒビを入れる。
激突の余波でゼファーのフードが取れ、素顔が見れる。
「そう言うお前はイカした顔になったじゃねぇかゼファー!! 誰にやられた!?」
白い髪に真紅の瞳。そしてそれ以上に目を引くのは、顔の上を交差するほどの大きな二つの切り傷。
左目から右顎に掛けての切り傷は勇がつけたものだが、もう片方の傷は勇ではない誰かが付けたものだろう。
「クカカッ! お前の弟子のお陰でなぁ! まさか俺に傷を付けるまでになるとは、思ってもいなかった!!」
「弟子ぃ? ……おいおい、まさかプロキオンか? ははっ! そいつは良い! シリウスの仇を返した訳だ!! 殺してねぇだろうなぁ!!」
「知ってるだろぉ? 俺は、楽しみを最後まで取っておくタイプだってなぁ!!」
そこで二人は同時に額を離し、また打ち付けた。
ゴンッッ!!!
「ゼファー!! テメェは、テメェだけは俺がぶちのめしてやるッ!!」
「安心しろ勇ッ! お前を殺して俺も殺されてやっからよォッ!!」
勇は下着を噛みしめた事により空いた左手を、
ゼファーは本来無機物にしか使えない硬化魔法を帯びた右腕を、
二人は互いの顔面に叩きつけた。
「ぶっ!?」
「ガァッ!?」
互いに骨が折れる音がしたものの、勢いを止める事も無く、二人は超至近距離で殴打の応酬を繰り広げる。
ちなみに今の一撃で口に咥えた下着は地面に叩きつけられた。
「ウララララララララララララララララララララララッ!!」
蹴りが、拳が、頭突きが、
「クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッッ!!」
視認出来ないほどの速度で、激突する。
「ウラアァァッッ!!」
「クカアァァッッ!!」
振り抜いた拳と蹴りがぶつかり、周囲に衝撃波が無差別に襲いかかる。
◇
「な、なっ、一体なんなんですかぁ~!?」
勇とゼファーとの激突の余波に、宙づりのままのベルナデットはまるで風に飛ばされるように揺れていた。
(これがヤシロさんの、本当の……っ、なんてむちゃくちゃな力なんですか!)
余波に揺られながらベルナデットは二人の激突に戦慄していた。
「あれでも手加減しているんだがね。彼は意図して人間を殺す事ができないから」
「へ?」
突然声をかけられそちらに意識を向けると、そこにはジャン・ジャック・ユースタス、そしてジャンのマントを着せられ身体を隠したクオンが居た。
「ジャンさん! それにクオンさん! お怪我は、ありませんでしたか?」
男からの暴行を受けるクオンをただ見ているしかできなかったベルナデットは申し訳なさげに言うが、
「あ、……う、ううん。き、気にしなくて……良い」
顔を赤らめ恥ずかしそうに、けれど辛そうに俯くクオンを見て、ベルナデットは自分の中に僅かな違和感が生まれたのに感づいた。
(……な、なんか可愛くないですか? いえ、年下的な可愛いさではなく、萌えキャラ的な)
どこかモジモジしながら戦う勇を見るその雰囲気は、夏の大会前に無茶な特訓をし続ける幼なじみを校舎の影から見守る年下ヒロインのようでは無いか。
力なく倒れた狐耳がその思いを加速させる。
「ちくしょう! 逃がしてたまるかぁ!」
突然の勇とゼファーの激突に呆然としていたのは何もベルナデットだけではない。誘拐犯の男達の思考が再起動すると、ベルナデット達を目ざとく見つけた男達が半ばヤケクソに叫びながら駆けてくる。
「くっ……!」
クオンは同性に襲われた恐怖から戦えないだろう。またジャンも武器になりそうなものは装備していない。自分が戦わなくては、と覚悟したベルナデットだったが、
「やめたまえ。魔力を吸われ切った君はただの女の子だ。返り討ちにあうのが関の山さ」
ベルナデットを縛る縄を解きながら、ジャンは諭すように言う。
「し、しかしっ……くっ!」
縄を解かれたベルナデットが地面に直接立つが、足に力が入らずたたらを踏む。それを見てジャンは苦笑する。
「まぁ安心したまえ。……今の勇やゼファー、とまではいかないが、強力な助っ人を用意してある」
何を呑気な! と叫ぼうとしたベルナデットを制してどこからともなくリュートを取り出した。
「今なすべきは誘拐されていた人達を救うこと、さ」
ボロロン。
弦楽器特有の、軽やかな音が響き、それが織り成し歌を紡ぎ出す。ベルナデットはその曲を耳にし、自身の持つ焦りや戸惑いが薄れて行くのを感じた。
「ほぅ、……良い音色ですなぁ」
「流石はかの『演奏卿』と詠われた御方ですわ。心地よくありながら、心を突き動かす熱さがある……ふふ、最高の一曲ですわ」
「うむ、心が滾るな」
その音に呼応するように、ジャン達の前を遮るように三人の人影が躍り出る。ファルハット・エンハンス、メアリー・フィ・クレストリア、そして神父ウルガンだ。
「ははっ、それは光栄! ……勇がゼファーを抑えている内に、囚われた人たちを救うぞ!」
おう、と三人は答え、誘拐犯達を蹴散らすのだった。
お待たせしました、最新話です。
いやぁ、前回下着の話が出ただけで露骨に感想が増えて驚きました(笑)
ところで頭突きとか熱いですよね。私は好きです。
ではまた次回、お楽しみに!




