裏切り魔導使い
「再会? ……一体、誰と貴方が再会するって言うんです?」
自身ではなく、誰かに向けたであろう言葉に疑問を抱くと、ベルナデットは問う。
「クカカッ、理解の遅い奴は嫌われるぜ? ああ見えて奴は、『ユウ・ヤシロ』は聡い奴だ」
質問された内容が嬉しかったのか、嬉々として喋る男だが、ベルナデットの意識は、男に向けられていなかった。
「ヤシロ、さん? 貴方が、ヤシロさんと?」
思わず出た言葉だった。
勇と、フードにの薄暗い陰に隠れた顔を悦に歪めるその男とが、ベルナデットの中ではどうにも結びつかなかったのだ。
もはやベルナデットは勇を一般人とは思っていない。
だが、目の前で半ば狂ったような笑みを見せる男と勇が知り合いだと言われ、疑問を浮かべるくらいには勇の事を知らない。知らなさすぎた。
こんな狂人との接点があることに、驚いていたくらいだ。
何かの、間違いないだと思ったくらいだ。
「冗談はよしてください。何故ヤシロさんが貴方のような犯罪者方と知り合っていると言うのです? ヤシロさんは少しえっちで変態さんですが、誰かの役に立とうと考えられる、善い心の持ち主です。貴方達のような、他人の不幸を積み重ねた上にあぐらをかいているような外道とは違います!」
真紅の双眸を睨むように言い放ったベルナデットだが、その言葉を受けた男の様子に思わず息を呑んだ。
笑っていたのだ。
「もしかしてとは思っていたが……どうやら何も知らないようだなぁ。奴の本質も、奴の生き方も」
ニタァ。
口元を大きく吊り上げて笑う男に、ベルナデットは恐怖を覚えた。
「ヤシロさんの……本質?」
「そうだ。ユウ・ヤシロの本質だ」
男の濁りきった瞳の奥に、ギラギラと煌めく何か。
狂喜。
そんな言葉がベルナデットの頭を過ぎった。
「善人悪人。そんな二者択一な言葉で奴を表す事はできない。奴の本質は時に損得勘定で動き、時に損得抜きで動く矛盾を内包した『人間』の在り方その物だ。……しかしそれでありながら奴の行動には一貫された物がある。『信念』だ。奴は自分の異に反する事は決してしない。己が正しいと思ったことは死んでも裏切れない。そら、もう矛盾が生まれた。だがそれこそが人間と言うものだ。善も悪も関係無く、矛盾だらけの『人間』であるが故に、奴と言う存在は『聖剣』に相応しい」
たくしまてる用に語る男。最早崇拝にすら近いその語りの中、ベルナデットはどうしても聞き逃せられない単語を聞き取った。
「聖……け、ん?」
「やはり、教えていなかったか」
信じられない物を見たかのように呟くベルナデットに、男は笑みで返す。
「聖剣……たしか奴は聖剣を『アル』と呼んでいたな。……『天魔覆滅』、ありとあらゆる物を両断し、消失させる剣の頂。神代より続く魂の血統の証。……教会が神敵視するのも頷ける。奴は一人でこの世界の軍隊を殲滅できるほどの力を持っているのだから……」
そこまで言われて気づかぬ筈が無い。しかしベルナデットは信じたくはなかった。
「嘘です! ……ヤシロさんが『勇者』だなんて!」
勇者。神に仕える聖女の傍らに寄り添いながら、その聖女をむざむざと見殺しにし、あまつさえ神を愚弄し貶めた神敵だ。魔王を倒した英雄と世間では唱われるが、ベルナデットを始めとする信者にとっては不倶戴天の敵である。
確かに同姓同名で、容姿に至るまで教会から教えられた情報通り。普通ならば「良く似た赤の他人」などと考えるわけがない。
だがベルナデットが勇を殺さなかったのには大きな理由がある。
「大司教様よりお墨付きを貰ってるんです。……ヤシロさんが、勇者な筈がありません!」
これだ。
神聖ウルキオラ教団における階位付けの中で最上位は勿論「教皇」だ。それに次いで枢機卿、大司教、司教となる。
教団にはかつて勇者と旅を共にした英雄が居る。今は大司教と言う立場に居る彼に、ベルナデットはリズワディアを発つ前に勇の事を伝えたが、はっきりと違うと言われ、なおかつ無関係の勇を守れと言われたのだ。
「ほぅ、ヤズールにしては珍しい。奴を庇い立てるなんてな。あいつは聖女至上主義者と思っていたが……」
ここに来て漸くベルナデットはこの男の存在に疑問を抱いた。
教皇と枢機卿はそれぞれ一人ずつだが、大司教や司教は複数人存在する。普通大司教の名を借りるならば階位だけでなく名も付けるが道理だが、ベルナデットの目の前の男は大司教と言われただけで、その人物を特定した。
「……貴方は何者なんですか?」
この男は知りすぎている。聖剣の事、聖女の事、そしてベルナデットの上司であり先代勇者一行と旅をした司教の事。
まるで深く関わった当事者のような言葉の数々に、ベルナデットの魔法を封じた不思議な力。……この男の不気味さは、異常だった。
「魔法を……!? ……まさか、あの時私が魔法を使えなかったのは……」
聖剣の事を知り、聖女を知り、そして世界を救った英雄の一人であるヤズール大司教を知り、魔力を『奪う』と言う特異な能力をその身に宿す人物をベルナデットは知っていた。
「『裏切りの魔導師、ゼファー・ジーネカルセル』!! まさか聖女様の身を刃で汚した大罪人と会えるとは……ッ!! 覚悟しろ!その身を蜂の巣にし魚の餌にしてくれるっ!!」
ゼファー・ジーネカルセル。かつてリーゼリオンの宮廷魔導師団長を勤めた事もある傑物で、魔王討伐のため勇者一行として旅をした一人だが、旅の途中に一行を裏切り、かつての主である聖女オリヴィアの背中に、癒えぬ傷を付けた外道。
思わぬ人物にベルナデットは完全に平静を無くしゼファーを怒鳴り散らす。だがゼファーはそれに微笑みを返すだけだ。
「落ち着け落ち着け。……まぁしかし、これで信じて貰えたかな? 奴、ユウ・ヤシロ……いや、社勇が先代の勇者だと言う事が」
口元をニヤニヤと歪めながら男は言う。
「……違う。ヤシロさんは勇者なんかじゃあ……神敵なんかじゃありません!!」
確固たる証拠など無い。それにこの男がかつて勇者と旅をして裏切った魔導師ゼファーだと言う事は間違いないだろう。
だがベルナデットは信じたくなかった。あの少年が、神を貶めるような悪人には、到底思えないからだ。
半場やけくそで叫んだ言葉だったが、その言葉はあろうことか目の前の男に肯定された。
「もちろんだ。……奴が神敵? 笑わせる。奴が神敵ならばこの世の人間全てが大罪人ではないか。訳も分からず異界から召喚され、血反吐を吐きながら戦い続け、何度も裏切られ、人の業に呑まれかけ、それでも恋した女の為に世界を背負って立った彼が、どうしてかように扱われようか!! ……私は不憫でならない。陛下と添い遂げる事叶わず、陛下を生かす事叶わず、陛下亡き地で生き抜く事も叶わず、それでも笑ってこの地を去った彼が、どうして大罪人であろうか!! ……クク、不憫でならない。そうは思わないか? 奴は悲しみを乗り越えなくてはいけない。……そんな辛いことを迎えるより先に、殺してやれない事が、不憫でならねぇ!!」
下卑た笑いを響かせる目の前の男に、ベルナデットは怒気も忘れ、ただただ恐怖した。
勇を憂いたかと思えば殺したかったと叫ぶゼファー。しかし、そのどちらも本心であることが、否応無しに伝わって来たからだ。
矛盾。
ゼファーこそ、それの体現者ではないか。ベルナデットは心の奥底でそう毒づいた。
お待たせしました、最新話です。
ちなみに勇が最初に裏切られたのはゼファーです(笑)どの口が言うか! ってんですけど、まぁそこは棚に上げ……って感じです。
ではまた次回。お楽しみに。




