最早彼方の二人の出会い
「はっ、はっ……!」
一人の少女が走っていた。まだ十四か十五歳の少女だ。
少女は息を上げ辛そうだが走り続けていた。
まるで、何かから逃げるように。
辺りは火の海だった。迷路のような道を炎が覆う。
だが少女は、辺りの炎よりも恐ろしい存在から逃げていた。
涙が溢れていた。苦痛から出た涙でも、喜びから出た歓喜の涙でもない。
「っ、お父さま……」
脳裏に思い出されるのは、四本の腕を持った魔族に惨殺される父の姿。
「お父さまっ……!」
優しく、偉大だった父を亡くした、悲しみの涙だったのだ。
「ふふふふ、逃げても無駄です姫君。我輩からは逃れられませんよ?」
優しげに聞こえる声ながら、その声の主は四本の腕で、少女の目の前で父を殺した男……いや、魔族だ。
「っ……!」
後ろから迫る声に焦った少女は、火の海から抜け、とある扉を開いて隠れるよう扉をしめた。
そんな事で魔族から逃げられるとは思ってはいなかった。だが、極限状態の少女には考えている余裕もなかった。
まだ火で焼けていないらしく、駆け込んだ部屋は真っ暗だ。
真っ暗と言っても、部屋の中がわかるくらいには暗くはなかった。
ドンッ!!
「きゃあぁっ!!」
背中で抑えていた扉が爆発し、爆風で少女が吹き飛ぶ。
「あぐっ!」
部屋の中央にあった何か《・・》にぶつかり、痛みに声を上げた少女。
そして吹き飛んだ扉の向こうには、炎を背にした魔族の姿。
「改めてまして、我が輩の名は『ディラメス』。我が主より『拳風』の二つ名を頂きました、伯爵級の魔族でございます」
紳士らしくそう名乗った魔族だったが、その目からは相手に対する敬意もなにも感じ取れない。
当然だ。人間にとって魔族が天敵であり排除すべき対象であるのと同時に、魔族にとっても、人間は下種で排除すべき対象なのだから。
姫と言葉の上では敬意を表しているが、ディラメスにとってこの少女はゴミムシとでも言うべき存在なのだ。
「さて、誠に遺憾ながら我が輩は姫を攫わなければなりません。どうか無為な反抗などせず、素直に我が輩と一緒に主の元へ……」
「ならば何故! 私ではなく、父を殺したのですか! 私を直接、攫えば良いでしょう!?」
魔族、ディラメスの言葉を遮り少女がそう叫ぶ。
すると、ディラメスの表情が怒りに変わって行く。
「人間、風情が……! 我が輩の言葉を遮るなどとッッ!!」
穏やかだった口調が荒くなり、ディラメスが四つの腕の、拳を握りしめた。
「もう我慢ならん。よかろう、四肢を潰せばもうそんな口も聞けまい!?」
丸太のような四つの腕が少女に向け振り上げられた。
(誰か……誰か…!)
その祈りにも似た、希望の願い《・・・・・》に、少女の背後で壁となっていた剣が呼応した。
「なっ、なんだとぉっ!?」
「……え?」
炎の光量を越えて、もはや太陽の光かと間違える程の閃光が少女を優しく包み込む。
まるで母の腕にだかれるかのような安心感を覚えながら彼女は後ろに、光に振り向いた。
そこには、
「ふはははははっっ!! 我は黒き灼熱を操る者、千の刃を担う者! ……我は『黒き執行者』。悪しき魂よ、我が断罪の刃に焼かれて鎮め!」
真っ黒の外套を羽織った少年が、光の剣を振り上げた姿があった。




