先代勇者とまた来た朝
ゆさゆさ……。
突然だが、良く『明けない夜は無い』と言う言葉を聞く。
勇者的にはとても良い言葉だ。
ここぞと言う時に言えば格好いいし。
土壇場で使いたい言葉、ベスト5にランクインしているくらいだ(社勇セレクトだけどね)。
ゆっさゆっさ。
しかし、今まさに惰眠を貪りたいと思う一般人な感性を持つわたくしとしましては、この言葉は嫌い、とまでは行かないが苦手なのである。
この言葉は、嫌な事もいつかは必ず終わりを迎え、良い事が起こるから諦めずに頑張ろう!
と言う深イイメッセージが感じ取れる。
が、寝起きでたいして頭の動いていない、浅い考えな今のわたくしめには『良い事もいつかは終わってしまう。つまり起きろ』と変換されてしまう。
「ヤシロさんヤシロさーん。起きてください。朝ですよー」
ほら、なんか色々考えている間に来やがったし。
俺の夜を妨げる聖職者が!
「う~ん。……あと5分」
「も、もうその手は食いませんよ? そう言って昨日はお昼まで起きなかったじゃないですか!」
くそ、学習してやがる。
……この巨乳シスターめ、日々進歩して行くのか!?」
「わ、私が学習しないおバカさんだって言いたいんですか!? と言うより、思考が漏れてますよヤシロさん!」
あれ? また漏れてたか。
「んじゃ胸揉ましてくれたら起きる」
揉むにしろ揉まないにしろ、どう転んでも俺に利益しか与えない殺し文句を繰り出す辺り俺の思考も完全に起きちゃってるみたいだ。けどベッドの上でごろごろしてりゃ直ぐ眠れるだろう。
「なっ!? そ、そんなの、卑怯です!」
良々、これで睡眠時間が増える。お? いい感じに瞼が重く……。
「し、しかしヤシロさんに起きて貰うためなら仕方ない、ですね。……ひっ、一揉みだけですよ!?」
……良い夢を見よう…………。
「って起きなーい!! えっ、なんですかソレ。失礼過ぎませんかそれ! ここは私の胸にダイブしてくる場面では!?」
「すぴー……」
ぶちっ。何か、縄が引きちぎれたような音がした気がした。
「……ふーん。わかりました。わかりましたよヤシロさん。使う気はなかったのですが仕方ありません」
「すぴぴー……」
「では。……すぅっ………あー! マリーダさんこんな所で着替えなんてダメですよー」
「キタコレーーーッ!!」
「いや、本当に失礼ですねヤシロさん」
布団を蹴飛ばし起き上がったが、そこにマリーダさんの姿は無く、頭に変な布を被って完全体となった巨乳シスターベルナデットの姿だけで、
「つまりはアレか? 神に仕えるベルナデットさんは男の夢を壊すド外道って事か?」
「いやいやいや! 起きないヤシロさんが悪いじゃないですか! もう朝ご飯なんですよ!?」
ちぇ。もう流石に二度寝できないだろうな。頭だけじゃなく身体まで覚醒しちゃったし。主に下半身。
「仕方ねぇ、起きるか」
そうして、俺の1日は始まったのだった。
◇
第七の公爵級、ウムブラの襲撃から、既に三日が経っていた。
その三日間俺はと言うと、イケメン君達と出くわさないように子猫の撫で声亭でアルバイトの真似事をして時間をつぶしていた。
連日復興作業に負われるおっちゃんどもを相手にするのは疲れるが、まあ以外と楽しくやらせて貰っている。
「おーい坊主! 酒まだかー?」
「真っ昼間から酒飲むなっつってんだろうが!」
「ガハハ! 酒も飲めずに仕事ができるかってんだ!」
「それで昨日、酔った勢いでマリーダさんに抱きついて殺されかけたろうがアンタ。つかおっさんが後数秒遅かったら俺が殺ってたぞ?」
「そりゃこえーな!」
ダハハハ!
と豪快に笑う中年オヤジどもから空いた皿を奪いながら俺は厨房へ向かう。
「おっさん、オーダー! おすすめ定食八人前!」
「ちっ、余所行きやがれってんだ」
中華鍋みたいなフライパンで野菜を炒めながら、割と本気で嫌そうにおっさんがため息をつく。
満員御礼で嬉しい悲鳴って訳じゃないみたいだ。
むしろ客が連日来まくって嫌気が刺してる感じだ。
これでベルナデットまで居たらアウトだった。
ベルナデットは俺を起こした後に、今回の事件の顛末を上に報告しなくちゃいけないらしく、正装で近場の教会へ向かったので今は居ないのだ。
「所でマリーダは? 姿が見えないが」
「マリーダさんなら俺が頼み事したから抜けてるよ。もうすぐ帰って来ると思う」
「どうりで回転率が低いと思ったぜ。この野郎、勝手な事すんじゃねぇ!」
「安心しろおっさん! これから俺のテンションが鰻登りになるからな!」
「お前がテンション上がるとか不安しかないんだが?」
炒めた野菜に秘伝のタレを掛けながらジト目で俺を見るおっさん。
そう言えばおっさんは俺が一度壊れてハイテンションになった時を知ってるのか。そりゃ信用できんだろうな。
「まあまあ今回は大丈夫だって! って言ってる間に終わったみたいだ」
「何? おいマリーダ。一々こいつの言うこと聞いて……あ?」
厨房から身を乗り出したおっさんの動きが止まった。いや、もうピタッて感じで止まった。そしておっさんの視線の先には、
「少し小さいみたいだけど……これで良いのかしら?」
スク水の上にセーラー服、そして眼鏡と言う姿のマリーダさんの姿が。
「ウヒョー! 最高ッスよマリーダさ――」
ドゴッ!
「ぶるまっ!?」
一瞬目の前が真っ暗になったと思ったら、俺は空中で二、三回転しながら酒を要求していた中年オヤジの円卓に突き刺さった。
「危ねぇな坊主! 酒瓶が割れるだろうが!」
「ぐぬぬっ、つぉっ! るせぇ! こちとら頭が割れるかと思ったわ!」
犬神家のように頭から卓に突っ込み、逆立ちの要領で卓から抜けて文句を言い返すと何がツボに入ったのか知らんがオヤジどもがゲラゲラと笑い出す。
そう。頭が割れるかと思ったのだ。おっさんの剛拳が俺のイケメンフェイス(当者比)に直撃したのだ。
「さて。……どう言うつもりだおっさん。まさか斥侯職のクセしてまた俺と戦り合うって気じゃねぇだろうな?」
手をボキボキと鳴らしながらガンを飛ばすと、厨房から出てきてエプロンをスク水セーラーなマリーダさんに投げ渡す。ちくせう、かっこいいじゃないの。
「お前は前から変態だと思ってたが予想以上だったぜ!」
おっさんもボキボキと指を鳴らしながら近づいて来るが、なんかやけに楽しそうだぞ?
「おっさんのバカ! この世の女性は美しく、可愛く着飾るべきだと言うのが俺の持論でありこの世の心理だ! 男の総意と言って過言じゃない!」
「そう言うがテメェのプロデュースはただの趣味の押し付けじゃねぇか!」
「うるせぇ! 似合っててエロいだろうが!!」
「ッッ!」
「ププーッ! いい年こいて林檎みたいに赤くなってやん――」
顔を赤くし言葉を詰まらすおっさんを煽るとまたしても剛拳が俺の言葉を遮り顔面に直撃していた。
その後の記憶はあまりない。気づいてたらボロボロになったおっさんと周りの中年オヤジ達とバカみたいに笑いながら酒を浴びるように飲んでいた。
次の日、俺は二日酔いになった。
話が若干飛びましたがとある理由から古竜討伐三日後からとなります。