月夜、骸の行進【8】
そそもそも、死霊使いウムブラとはなんなのか。
奴は魔道の探求のために、リッチと呼ばれるリビングデットに堕ちた人のなれの果てだ。
生前は高名な、そして優秀な錬金術師だったが生命の神秘に触れて以降人間の肉体や魂に魅了されてしまった男。
奴は魂に干渉する術を持ち、死霊を意のままに操る事ができる。
魂は生命の根幹に根ざしていて、魂を操ると言うことはイコールで相手の生殺与奪権を得たとも同意だ。
「(色々聞きたい事はある。何故認識阻害を掛けられている俺を勇者と見破ったのか。
お前の目的、何故結界を修復し終わる前にアリシアを襲わなかったのか。
……いろいろある。だが敢えて一つだけ言わせて貰う。……アリシアから、離れろ。その子はお前みたいな下衆が触って良いもんじゃねぇんだよ)」
「(フフフ……。炎のように激しい怒り。貴方の魂が光輝いて見えますよ)」
奴と、アリシアの声が二重音声のように俺の頭の中に響く。
「(ご安心ください。この姫君は貴方がかの古竜討伐に赴かない為の枷です。貴方がこのまま動かなければ、この姫君が傷一つ負う事は無いと保障しましょう)」
「(それを信じる程馬鹿じゃなくてね。特に、お前だけは信じれない)」
「(フフフ。随分と嫌われてしまったものです)」
クツクツと笑うウムブラに、俺は思わず切りかかろうとしてしまうが自制し、地を踏みしめる。
「どうかなさったのですか?」
アリシアと向き合ったままの俺をどこか不審に思ったのだろうヘンリエッタが聞いてくるが、俺は目を奴から逸らすわけにはいかなかった。
「(人の死を、死として受け入れないてめぇだけは信用できねぇよ。どうせ俺を出し抜いてアリシアを持って行く算段でも立ててるんだろう?)」
「(フフフ。確かに興味をそそられる検体ではありますが……貴方を敵に回す程ではないですねぇ)」
そう言いながらも、奴はクツクツと笑う。
「(かの姫君、聖女オリヴィア程の研究価値はありませんよ)」
「(…………。そうかよ、なら今すぐ逃げ帰るんだな。じゃないと俺がどんな事をするかわかったもんじゃねぇぞ? アリシアごとお前を殺してしまうかも知れない)」
殺気立ち、怒鳴り散らしそうになりながら、俺は最終勧告のように脅迫する。
だがそれは、
「(フフフ。勇者たるもの、嘘ははいけませんねぇ」
嘘だ。全くのデタラメ、強がりだった。
「(貴方は一と百ならば百を捨てられる人間ですよ。大切なこの姫君のためなら、百を、千を。万を切り捨てられる! 貴方はそう言う存在です。生命と魂の第一人者である、私が保証しましょう!
故に、貴方はもうあの古竜には手を出せない。私が、この姫君を開放するまでは!!)」
………そう、その通りだ。もう、お手上げなのだ。俺は所詮人間だ。いくら勇者と言われても、正義の味方じゃない。
正義の味方にはなれない。自分の大切なものが一番の、ただの人間なのだから。
俺は、アリシアを人質に取られた時点で、詰んでいた。
俺、だけは。
「竜装・怒りの竜気!!」
瞬間、視界に真紅の眼光が走った。
赤い月の光を浴びたからか、または真紅の瞳が月の光に反射してか、まるでテールライトが闇夜を走るように、走った。
「……受けろ、魔に浸る外道!」
「(……フフフ!)」
剣閃が走る。
銀髪の少女、アリシアを捉えたその一太刀は彼女を傷つける事は無く、ウムブラだけを切り裂いた。
「……良かった。俺は、間に合ったんだな」
ウムブラから解き放たれ、ズィルバから崩れ落ちそうになったアリシアを抱きとめながら、彼は,イケメン君は呟いた。
◇
「フフ、……フフフ。当代の勇者様のご登場、ですか」
「そう言う貴様は、公爵級のウムブラで間違いないな?」
「フフフ……」
『時の魔女』の予言に従ってこの街に急いで来たが、どうやら彼女の言っていた最悪のケースは免れたようだ。
彼女と会ったばかりの時は予言など冗談かなにかだと疑ってはいたが、ここに来て、その精度がずば抜けていると身に染みた。
「……っ、ゆ、う?」
「! どこか、痛む所はありますか?」
抱きかかえていた少女が微かに身動いだので注視すると、ゆっくりと目を開けた。
宝石のように輝く銀の髪に、美の女神すら霞むほどの美しく整った顔。
数週間前に出逢った美しい皇女、シルヴィアさんを幼くした容姿だ。
彼女の妹だと聞いていたが凄くそっくりだ。
「……あ、なたは?」
白桃のように瑞々しい唇が開かれ、彼女の声を聞く。
「僕の名前は天城海翔。……勇者です」
二 代 目 登 場 ! !
書きたかった事の一つが、次回ようやく書けると思うと今からもうワクワクドキドキです!(私だけですが)
ではまた次回!




