月夜、骸の行進【1】
それは、赤い月がまるで血のように赤黒くなっていた夜だった。
「全く、気味が悪ぃな……」
右手に酒瓶を持ち、覚束ない足取りで歩く男は夜空に居座るように浮かぶ赤い月を見て、酔いの中で背筋を刺すような不快感を感じていた。
今日は厄日だった。仕事では部下がヘマをして責任がこっちに来るわ、最初に飲みに行こうとした先では食い意地がはった黒髪の女のせいで酒しかまともに飲めなかった。
他にもいくつかあったが、男にとって今日は厄日だった。
月が雲に隠れると、男は人影の無い通りをふらふらと歩きながら進む。
「ちっ、邪魔だってんだよ!」
苛立っていたせいか、男は突然現れた人影とぶつかってもそう叫ぶだけでふらふらと進む。
カタ……。
「ん?」
男は突然鳴った音に動きを止めた。
カタカタ……。
「なんだ? この音は」
カタカタカタ……。
立て続けに鳴る音に、男は気味が悪くなった。
「おい、アンタか?」
先程ぶつかってしまった人影に問うと、人影は、カタカタカタ、と音で返した。
「やめろっ、うるせぇんだよ!」
男が酔っておらず、素面だったのなら気づけたはずだった。
その人影は、人の姿をしていながら、人でななかった。
「おい、テメェ――――がっ…!?」
雲が晴れると同時に、男は胸に走る痛みを感じながら一瞬で絶命した。
赤い月に照らされたその姿は、人の骨より生まれる魔物、『骸兵』だった。
ドザッ、と音をたて地に伏せた男に興味を無くしたのか、スカルウォーリアーは血塗られた剣を片手に反転し、カタカタと音を立てながら歩き出す。
カタ、カタカタ、カタカタカタ。
すると、道の途中で他の骸兵と合流し、また違う骸兵が合流する。
それを何度か繰り返し、大通りにたどり着いた骸兵達の数は
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!!
百を越えていた。
◇
『先代勇者』
「マナ、起きて………っ」
「んっ……エリ? どうしたの? こんな夜中に」
リズワディア学院の学生寮。その二科生の寮の一室で眠っていたマナ・ルリエは、学友であり親友のエリ・テレストリアに揺さぶられて目を覚ました。
慣れた手つきでベッド近くの棚から眼鏡を取り掛けると辺りは暗く、夜だとわかる。
「何か起こってる。早く準備して」
いつも無表情なエリ・テレストリアが、その表情に焦りを見せていた。
「う、うん」
普段とは大きく違う親友の姿に多少驚きながらも、マナはベッドから立ち上がり寝巻きから私服に着替えた。
そして学院のローブを着た所でようやく頭の中が目覚め始めた。
「……悲鳴?」
耳を済ませば、遠くから聞こえてくる叫び声と剣撃の音がする。
「マナ、急いで」
一人呟いた言葉に返って来たのは、マナを急かすエリの言葉。
「うん」
勇から譲り受けた箒を手に、マナとエリは寮の部屋から立ち去った。
「学院内へ! 急いでください!」
「上級生は下級生を誘導しろ! すぐにくるぞ!!」
怒号と悲鳴、そして人の波。 寮から出た二人見たのは、学院内へと避難する人の群れだ。
「来る?」
「魔物が侵入して来たみたい。……しかもすごく数が多いんだと、思う」
「ま、魔物!? で、でも学院には結界が……!」
リズワディアには魔法学院を中心とした、対魔物用の結界を展開している。これはルクセリアから流れる魔力の流れ、『竜脈』の上に建つからだ。
その流れる魔力を用いて魔物を寄せ付けない強い結界を張っているのだが、
「……破られた。それしか考えられない」
「!」
マナの頭は真っ白になり、気を失いかけたもものの、足に力を入れ踏みとどまった。
リズワディア魔法学院。その学院からなる街を守護する結界は、三年前においても、森の凶暴化した魔物達の侵攻を許さなかった。
約千年続くこの魔法学院で、一度も破られる事のなかった、結界が破られた。
その事の重大さを理解したが故に、気絶しかけたのだ。
「取り合えず今は避難する。……私達でも何か役立てる、かも知れない」
「エリ……うん。いこっ!」
こんな緊急事態でも自分の事を心配してくれるエリの言葉に心の中で感謝し、そのエリの手を取ってマナは走り出す。
「ヤシロ先生達は無事かな……」
「多分無事。……あの人なら魔物なんて蹴飛ばして進みそう」
「ぷっ、あははっ! 確かにそうかも!」
エリの言った言葉で、何故かヤクザキックを放って魔物を蹴散らす勇が、彼女の頭の中には流れた。なんと言うか、それが自然、と言うより嵌まり役に思えてマナは笑いを堪えられずふきだした。
「うん。……だから先生は大丈夫。先ずは自分の、命」
「わかったよ、エリ」
手を強く握りながら走る二人の少女は、人混みの中で頷きあった。
◇
「来たぞおぉ!! 上級生は――ぐっ!?」
警戒を促そうとした男子生徒が、骸兵の長剣を受け絶命する。
「この野郎!」
男子生徒を切り殺した骸兵が爆炎に曝され吹き飛ぶ。
が、砕け散った骨を蹴散らしながら、骸兵の大軍が押し寄せる!
「数が多すぎる! 広範囲魔法だ!」
「私が! 『フレイム・ウォール』!」
女子生徒が前に出て魔法を発動する。炎が地面を焼き、骸兵達に当たった所で火柱を上げる。
半数以上を灰にしたものの、その炎の壁を越え、骸兵がカタカタと乾いた音を立てて迫ってくる。
「なんだよ、こいつら……っ、ただのスカルウォーリアーじゃない!」
「強いし、動きが速い!」
本来のスカルウォーリアーはゴブリンと並ぶ程弱い魔物と言われている。
死者の骸に取りついた死霊が、ただ武器を持ってさ迷うだけの、この学院の生徒なら下級生でも対処が可能な、低級な魔物。
「くそっ、早く先生達が――ぐぁっ!?」
「ヨルダ!! この、ガイコツどもがああぁ!!」
「待てトール! こいつらはただのスカルウォーリアーじゃない! 冷静に対処しなくちゃ――」
「ヨルダのかたぎぃっ、あ…がっ………ぁ」
「トールっ!!!」
低級な魔物な筈の骸兵に、リズワディア魔法学院の上級生達が苦戦し、何人もの死傷者を出している。
「……今回の下手人は一体……何者なのでしょうか」
リズワディア魔法学院、その学院に在学する全校生徒の長である『生徒総会長』。コニス・ルリエは武装した生徒達に周囲を護られながら問う。
茶色の髪をおさげにして、眼鏡を掛けている彼女は、眼鏡の位置を直しながら顎に手を添え思考を続ける。
「千年続く守護結界を破り、精鋭と呼んでも良い上級生達と互角以上に戦えるスカルウォーリアーを用意するなどと、人間業ではありませんわ」
コニスは後ろに振り返り、膝を着き地面に手を当てている銀髪の少女へ、問い続ける。
「先代勇者様が倒したと言われる禁忌に手を出した魔法使い、……なのでしょうか?」
「その可能性は高いでしょう」
銀髪の少女は膝についた埃を手で払いながら立ち上がり、頷く。
「かつて私の姉達が征伐した邪道の魔術師、」
そこで銀髪の少女………アリシアは赤黒い月を睨むように見上げ、
「かつて人間だった者、第七の公爵級。『死霊使い』ウムブラ。……彼の手に間違い、無いでしょう」
そう答えた。
突然(?)のシリアス展開でございます(笑)
いえ、まあ本当は突然と言うわけではないのですが……まぁ突然にしかみえないですよね(笑)
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