先代勇者と見え透いた罠
「わしこそがこのリズワディアの学院長なのじゃ。ホホッ、若人達よ名を聞こう!」
デスクの上に座っていた小人みたいな爺さんが、俺たちを見て言う。
……なんだろう、この世界の老人って小さいのがデフォなの?
婆ちゃん然り糞爺然り。
まあ身長については置いておこう。
魔法使い特有のトンガリ帽子に、他のローブとは違う鮮やかな緑のローブを着た、大きく蓄えたカイゼル髭が特徴のこの老人はリズワディアの学院長を名乗った。
確かにこの部屋も学院長の部屋と言われれば頷けるものが。
椅子やデスク、戸棚など皆高そうな木造品で、壁には様々な絵画が飾られている。
ソファとかも座り心地が良さそうだ。
「名乗るのは吝かではありません。……ですがこうは教わらなかったのですか?……『相手の名を知りたくば先ず自身から名乗れ』……と!
わたしはそう、教会のシスターから教わりました!」
「なんで君そんなに上から目線なの?」
指をビシッと学院長さんに指差すベルナデット。胸もプルンと震える。
心なしか楽しそうに見えるのだが、大切な事だからもう一度言うけど、なんで君そんなに上から目線なの?
「…………」
ほらぁっ!
つり目がチャーミングな女教師の鏡みたいなお姉さんの視線が鋭くなったよ!? この調子じゃ学院長さんだって怒るだろうし―――
「ホッホッホッ。―――よかろう、わしの名を、聞かせてやろう!」
…………朗らかに笑っていた学院長が、突然ドスの聞いた声で応え、スクッと立ち上がった。
「わしの名はルーガローン! かつて西オルゲインを支配したホビット族の王にして、この世界において唯一リズワディアの学院長になったホビット!………覇王ルーガローン七十三歳じゃあああぁぁっっ!」
バサッ!!……マントを勢い良く広げ、凄まじい剣幕で名乗った学院長、もとい覇王ルーガローン。
再びマントでそのちっこい身体を隠すと、フッフッフッと低く笑い始める。
「『覇王』ルーガローンが告げる…………若人達よ、名を聞こう!!」
カッ!と先程までの朗らかさを欠片も感じさせない眼光を覇王ルーガローンはベルナデットに見せる。
「……覇王ルーガローン。成る程、『覇王』の名に劣らぬ気迫…!
ならば応えましょう。……神聖ウルキオラ教団所属代行者、『銃撃』のベルナデット!!……ピチピチの十六歳です!」
魔銃を指でクルクルと回し、自分もクルクルと回りながらもピタッ、とポーズを決めたベルナデット。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
お、俺以外の四人の視線が俺を突き刺さる!
ベルナデットと学院長は期待の目でドートさんは驚き、つり目がチャーミングな女教師さんは批難の目を。
「……た、旅から旅への根無し草。……『冒険者』のユウ・ヤシロ十六歳です」
銃口を向けかけたベルナデットの口に、消しゴム要らずの要領で弾いた飴玉をぶちこみ攻撃を阻止しつつ名乗る。
飴玉を舐めながら、
「まあ無難な答えですが飴玉に免じて及第点にしましょう」とやや上から目線で満足げに俺を見るベルナデットを横目で睨みながら、俺は一歩前に出た。
「早速なんですけど、ドートランジェさんの推薦だけで本当に、俺が臨時とは言え講師になってよいものなんですか?」
ここに来た本題、『俺が臨時講師になって良いのか否か』である。
日本の学校なら問答無用で不可だろう。だがしかし、ドートさんには、俺を臨時講師にしなければいけない理由があったのだ。
実は俺の魔銃を筒状弾倉に変更しつつ、一つの完成形へ至らせた偉人は、実はドートさんだったのだ。
冴えない見てくれながら世界で十指に入る魔導研究者である彼は、何故か俺が設計したはずなのに、ここ数年で発見された古代技術という事になってるらしい魔銃や、教団が流布したって事になってる新機軸の魔法理論『魔装』系に関しての論文を学会から求められていた。
リズワディア学院はもちろん彼を応援しようとしていたが、生徒が許さなかった。
変に信望厚いせいで、生徒達が彼以外、いや、彼以下の能力の教師に教わる事を放棄したのだ。
実情としては、教師苛めが始まった。
ドートさんは代役を立てたが、馬鹿みたいに優秀な生徒が数人居るせいで、スペルの間違え指摘から始まり、教卓に蛙を仕込んだり恥ずかしい過去を暴露されたりされ、その悉くが休んでしまったのだ。
……なんと言うか、苛めのレベルが低くて聞いてて呆れてしまったのは内緒だ。
このままでは学会に論文を提出できない。しかし生徒を蔑ろにして論文に傾倒するような事もその性格からできなかった。
そこへ魔術言語であるアレクセリア語を流暢に話し、自身が設計し直した魔銃への深い知識。 その二つを持ち合わせた男が現れた。
そう、俺だ。
俺ならば、自身が抜けてる間も教師として十分だと思ったらしい。
ちなみにドートさんは以前エルフであるおっさんに頼みこんだものの断られていたらしい。
「俺としては構いません。むしろ、同好の士としてドートランジェさんのためにもお手伝いしたいくらいです」
ケッシテジョガクセイノタメジャナインデスヨ?
「……ぅうっ、ヤシロさん…っ。ありがとうございますっ!」
俺の言葉に感極まって泣き始めたドートさん。
ざ、罪悪感が半端無い…ッ。
「確かに、今回は特例として学会からもドートランジェ先生の意思を尊重するようにとお達しも来ています。………が、やはり何処の馬の骨とも知れない輩を臨時とは言え講師とするのは、私は反対です学院長」
つり目がチャーミングな女教師さんが一歩前に出る。
言葉は学院長に向きながら、視線だけは俺を深く貫いていた。
「……先生のお名前は?」
つり目がチャーミングな女教師さん、は流石に長すぎるので名前を聞くと、つり目がチャーミングな女教師さんは俺に向き直る。
「…これは失礼。………私は、リズワディア学院長ルーガローン氏専属書記官。兼、『斉天魔導師』ゼルガ・ウル・ヘルクローゼ・ラードグルカ・フェルカシオ・クラルテューレと申します」
長かった。
すげぇ、今まで聞いて来た中で二番目の長さを誇る人名だ!
ちなみに一番は落語でお馴染みのジュゲム氏。
と言うかこのゼルガ先生、何気に乗りが良いな。
ベルナデットらに合わせて二つ名も紹介もしてくれるとは。
……俺はただの職業だ。
にしても、せいてんまどうし?……何て字を書くんだろうか……。
俺がそんな事を考えていると、ベルナデットが俺の前…と言うよりゼルガ先生の前に立つ。
「あ、貴女がっ『召喚師』の最高峰、精霊王の加護を得たと言われ斉天魔導師を名乗る事を許されたと言う、あのクラルテューレ!?」
「……ええ、クラルテューレの名は私以外にも持つ者は居ますが斉天魔導師と名乗れるのは私以外にはおりません。……それで学院長――」
「すごいすごい!ヤシロさん凄いですよ、斉天魔導師ですよ!
各分野の魔法で並ぶ者無しと言われる程の実力を持った魔導師…!世界最高の一角、斉天魔導師ですよー!!
そんな、偉人が、目の前に!!」
「ちょっと黙ってろ」
視界の隅でベルナデットがいじけたが無視だ。
「学院長」
ゼルガ先生が学院長に向き直り採決を促す。
それを受け、学院長は俺に視線を向ける。
「うむ。……ヤシロ、と言ったな」
「はい」
先程のぶっ飛んだ状態程ではないが、上に立つ者特有の威圧を放つ学院長。
鋭く光る双眸が俺を見据え数瞬、学院長の口が開かれる。
「ごーかくじゃ。この後、早速生徒との顔合わせを済ますとよいじゃろう」
「……は、え?……良いんですか?」
特にテストも無く決まってしまい、軽く拍子抜けだ。
「うむ。と言うより是非お願いしたい。……ではドートランジェ君、彼を連れていってあげたまえ」
「はい」
ドートさんは頷き、床に刻まれていた転移陣の上に立つ。
「それでは行きましょう!」
相変わらずの死相ながら若干元気そうな顔つきになったドートさんが転移陣を発動し、俺たちは再び時計塔のホールに来た。 一瞬の浮遊感もあり、どうしてもエレベーターに思えてしまう。
「……うぷっ…これは慣れないです」
「なんだよ、さっきは平気だったじゃないか」
転移時の光が収まると、口元を押さえたベルナデットが猫背になりながら転移陣から離れた。
学院長室についた時は大して酔っていなかったのだが……… 。
「先程は一応この国…いえ、街の長と会うため我慢してたのですが………申し訳ありません、少し気持ち悪いのでわたしは外で時間を潰してます」
あれが気持ち悪さを我慢してた時の人間のテンションなのかよ。
だが…まあ確かに気分が悪そうだ。
「そうか。……何かあったら子猫亭に戻ってろ。金は余分に払ってあるから、頼めば飯作って貰えるだろうし、泊めてもくれるだろう」
「……ヤシロさんが私に優しいだなんて……何やら陰謀を感じます。心細い心境の女性に優しく迫り、コロリ、ですか。流石はヤシロさんです」
内容はシバき倒したくなるものだが、覇気を全く感じられず、何故か心配になってしまう。
「バカ言ってんな。俺は胸と見た目だけ見事な中身残念娘に手なんか出さねぇよ。あと六年経ってから出直しやがれ」
「リアルな数字が逆に怖いです。ぅっ………申し訳ありません、ヤシロさんのお言葉に甘えさせていただきます」
そう言って、ベルナデットは猫背のまま子猫亭へ向け歩いて行った。
「転移陣は慣れない内は気分を悪くしてしまいますからね。……ヤシロさんは大丈夫ですか?」
「ん?……ああ、俺は大丈夫です」
エレベーター程度の揺れじゃ気持ち悪くならんしね。
「ではこちらへ。校舎は東館の二階になります」
◇
黒板消しトラップ。
一度はみんなやった事があるだろう。
スライド式か開閉式かは問わず(スライド式がベタではある)、ドアの間に黒板消しを挟んでおいて、ドアを開いた人の頭に黒板消しが落ちて来て、チョークの粉まみれの黒板消しを食らい髪が真っ白に………。
主に新任教師らに向け放たれるこのトラップ。
…………異世界でもやってるとは思わなかった………。
時計塔から校舎へ向かい、二階のとある教室の前に立った時だ。
壁やドアなど、見た目が日本の学校とは大きく違うと言うのに、ドアの間に黒板消しが挟まっているだけで俺は、小学生時代を懐かしく感じてしまった。
あの時は何もかもが楽しかった………。
「あ、あはは。……すみません、いつもこんなで……」
ドートさんが掠れた声で笑い(これがドートさんのデフォだ)、黒板消しを取り除こうと手を伸ばした。
「……ダメだ、ドートランジェ先生」
「え?……何故ですか?」
ドートさんが伸ばした手を、俺は掴んでいた。
「これは挑戦状なんだ。……この程度のトラップに引っ掛かるなら、その程度の教師。この程度のトラップで激しく怒るならばその程度の人間。……これは、教師の人物像を測る、生徒達からの挑戦状なのだ!」
少なくとも俺はそう屁理屈並べて先生に怒られた。
「そ、そうだったのですか………」
「ええ。ですので、この黒板消しの対処は俺に任せてください!」
「……わかりました。ヤシロさん、いえ、ヤシロ先生、お任せしました!」
さて、これで準備は整った。
日本学校系三大トラップの一つである黒板消しトラップを目の前に、俺の大和魂は激しく燃え盛っていた。
何が生徒達からの挑戦状だ。……これはもはや挑戦状などではない。貴様らから俺への宣戦布告と受け取った!!
俺は黒板消しを挟むドアを開きながら、教室へ足を踏み入れた。
ぼふっ。
柔らかい物が頭にぶつかり、白煙が起こる。
そして起こる歓声、笑い声。
俺を嘲笑し、成功を喜ぶ子供達の笑い声。
その笑いが巻き起こっている教室を、俺は悠然と闊歩する。
「……!」
「そ、そんな……」
幾人かの生徒が気づき、笑い声は急速に消えて行った。
そう。
生徒達が望んでいたのは、黒板消しトラップを食らい悔しがるか、怒り、わめき散らす教師の姿。
自身らの悪戯を歯牙にも掛けず、眼中に捉えず………黒板消しをまるで王冠のように頭に乗せ、威風堂々とした姿で教卓に向かう、そんな……王者の登場を望んでいた訳ではないだろう。
……決して。
俺は唖然としている生徒達の視線を一身に浴びつつも教卓の前に立ち、教卓を思いきり手のひらで叩いた。
「甘過ぎる。
たった一つの罠で満足するな。
黒板消しトラップだけで他者を測ろうなどと愚の骨頂。
次は同時にバケツも用意しておけ」
シンと静まり返った教室に、俺の言葉が響く。
「自己紹介を行う。全員席につけ」
先程までお祭り騒ぎだった生徒達が、まるでお通夜の如く暗くなっている。
「……ん?」
その中で三人の女子が自分達の机の前で立ち止まっていた。
いや、立ち上がったのだろう。ガタンッ、と椅子の倒れた音が三つ分聞こえた。
あれは……マナ・ルリエとエリ・テレストリア!
そうか、二人ともリズワディアの学生だったな。彼女らのクラスに当たるなんて凄い偶然だぜ。
そして残りの一人なのだが………誰だ?
どっかであった気がするのだが。
……長く伸ばした銀の髪に碧色の瞳。
んー、どっかで見たことが…ん?
んん??
三年前の、シルヴィア?…………いや違う、髪を降ろしてるから気付けなかった。
彼女は、シルヴィアの妹でリーゼリオンの第三皇女。
アリシア・ラーク・シェリオット・リーゼリオン。
俺の、魔法知識の師匠だ。
後に彼の言葉はリズワディア学院の生徒教訓に刻まれたと言う……。
黒板消しトラップは万国異世界共通なようです(笑)
感想お待ちしています。




