魔族襲来(3)
「……どういう、意味だ?」
「フフフ……さて、どうでしょうねぇ」
ウムブラはクツクツと笑い勇の言葉を受け流す。
当然だ、何かしら計画があるとして、それをペラペラと喋る馬鹿はいない。
唯一、勇の読みが外れていると言ったのはヒントのつもりなのだろうか。
否、本当の事を言っているとも限らない。
ただわかるのは、ウムブラ《こいつ》が現れた以上、ウムブラを野放しにするわけにはいかなくなったと言うことだ。
「……ちっ。おいウムブラ、てめぇアタシの邪魔をしようってのか?」
勇の殺気がウムブラへ向けられたのを過敏に感じ取ったアグニエラが炎の斧槍を創り出し、その切っ先をウムブラへ向ける。
邪魔すれば殺す、と言外にほのめかす。
それに対しウムブラはまたクツクツと嗤った。
「いえいえ、私はアグニエラ殿が持つ宝珠の回収に来ただけですよ。そう簡単には壊れはしませんが、お二人の戦闘では心許ないですからねぇ」
「けっ、さっさと失せろ」
リューネから奪い取った魔石をアグニエラがウムブラへ投げ渡す。
「フフフ……失敗作と言えど、紛いなりに聖剣ですからねぇ、有効利用しなければ」
そう呟いたウムブラの言葉が、やけに耳に残った。
「失敗、作?……ウムブラ、てめぇがやりやがったのかッ!!」
勇の脳裏に、自分に対し激しい憎悪抱いていた少女の姿が映る。
勇への怨みのみで戦う少女、怒りの向き先は姉を殺した筈の魔族には向けられず、不自然な程に勇へのみ向けられていた。
誰か己を怨む者がやった所業では?と思ってはいたが……なんの事は無い。
魔族が手を加えていたのなら、当然の結果ではないか。
激しい怒りが沸き上がる。聖剣が纏う光が、怒りに呼応し目映く輝く。
「キヒッ」
ウムブラの口から漏れ出たのは、そんな激しい怒りを一瞬忘れさせる程の狂喜だった。
「確かにこの聖剣の製法を編み出したのは私です。……ですがこの聖剣を創り出し、一人の少女を弄ったのは私、否、魔族ではないのですよ。残念ながら、ね」
そうしてまたクツクツと嗤い出すウムブラ。
勇はそんなウムブラの言葉に、まるで金槌で殴られたような衝撃を覚えた。
その衝撃で、怒りに酩酊していた頭は急激に冷えていく。
「…………『人間』、なの、か?」
そして思考の末行き着いた答えは、酷く残酷な答えだった。
確かにウムブラが登場するまで抱いていた疑惑と同じだった。……が、その答えを取り巻く環境が、大きく違いすぎていた。
誰か、どこかの誰だかはわからない。しかし誰かが、人間の誰かが、魔族であるウムブラから聖剣の製法を受け、同じ人間であるはずのリューネ、そしてリューネの姉を殺戮兵器へと造り変えたのだ。
それは、あまりにも、酷く悲しい答えだった。
もちろんウムブラの吐いた嘘、と言う可能性は拭い切れない。しかし、勇はウムブラの言葉を嘘と断じる事はできなかった。
人間とは理由があればどこまでも冷酷に、残酷になれるのだと、誰であろう勇自身が身を持って知っているからだ。
「……キヒッ」
そして、その動揺する姿に嬉々とした嗤いこそが、答えだった。
「人間が、魔族と……繋がってる、ってか?……洒落に、なってねぇぞ、おい……っ!!」
あるいは、一人の少女を化け物へ変えてしまったのが人間だけの所業だったのなら、勇はここまでの衝撃を味わう事はなかったろう。
確かに悲劇ではあろう。確かに怒り湧く出来事であろう。
しかし、人間と言う存在に対して絶望感を抱くことは決してなかったろう。
三年前、当時身体だけでなくまだ心も幼かった勇に襲い掛かった人間の悪意。
人間への不信と疑惑に囚われかけた彼の心を救ったのは、聖女であり、この世界で誰よりも長く勇と共にあった少女『オリヴィア』。
彼女に心を救われ、勇は『人間』と言う存在を肯定出来るに至った。
気まぐれに盗みを働く善人もいれば、戯れに誰かを助ける悪人もいる。
人と言う多様性、環境による変化、そして何より人が持つ心を信じた。
そうして勇は立ち直り、悪人であろう人間達でさえも含めて、魔王と言う脅威から人間を守るために戦った。
その結果が、コレだ。
本来天敵である筈の魔族と繋がってまでこんな非道な事をした人間。
……勇の心は、大きく揺さぶられていた。
「……だと、しても……っ、俺は!!」
勇は拳を握り動揺を振り払うように聖剣を構える。
しかし無意識のうちに歯ぎしりし、額に脂汗を滲ませるその姿は、動揺を振り払ったようには、到底見えなかった。
(キヒヒッ、後一押し、ですかねぇ……)
そんな勇の姿にウムブラはほくそ笑む。
次の一手を、と思案し出したウムブラだったが、首元に炎の槍斧が突き付けられた。
「いつまでぐちゃぐちゃと喋ってやがんだ、てめぇは」
「おや、どうやら時間切れのようですねぇ」
斧槍を突き付けられても涼しい顔で嗤いながら勇を見るウムブラ。そして、ボロ布のローブを纏ったウムブラの姿が霞のように薄くなって行く。
「待て、ウムブラっ!!」
「キヒヒッ、非常に残念ですが彼女に臍を曲げられても困るのですよ。では、私はここで――ッ!」
そう言って消え失せようとしたウムブラを、空から無数に降り注いだ光の十字架が縫い付ける。
「代行者流対魔導不死者用空間拘束聖法術、『洗礼の十字架』……どうですか?空間転移すら許さぬ『神』の身業は。……不死の身体では易々と抜けはしないでしょう?」
銃口をそれぞれ上下に向け、二つの魔銃を十字に見立てた構えをしたベルナデットが、淡々とした調子で言った。
「なっ……いつの間に?銃声も聞こえなかったが」
「無音の魔法を掛けていただけですよ。『洗礼の十字架』はあの魔族が現れた時にはもう装填してましたっ」
勇の疑問に答えたベルナデットは残心めいた構えを解き魔銃をクルクルと回しながらウインクする。
「ギッ、……これは、これは、困りましたねぇ……」
対してウムブラは転移を封じられたと言うのにクツクツと嗤うだけ。不気味さは増すばかりだ。
(不安も残るがウムブラを殺るなら今が絶好の好機、か。……今のうちに――ッ!?)
不敵な笑みを浮かべるウムブラに対し言い知れぬ危機感を抱いた勇が聖剣による滅殺を行おうと一歩ウムブラへ向け踏み出すと、
「勇!」
リリルリーが呼ぶ声で勇は異変に気づく事ができた。
いつの間にかウムブラから俺の足元にまで伸びていた影、その影から朱槍が勇の心臓目掛けて迫っていたのだ。
「!!」
速い。が、聖剣を開放し精霊武装、『白き大地』を展開した今の勇には文字どおり止まって見えた。
影から這いずるように現れた、朱槍を放った黒い影の姿を捉えても余裕がある程だ。
故に自分の影から這い出る者の姿も、勇の影から現れた者の手が朱槍を掴んだその瞬間も勇の目はハッキリと捉えていた。
「キキッ、影を用いた転移とは。流石は同輩の考えることじゃな」
艶やかでありながら妖しい雰囲気を纏った美女が勇の影から浮かび上がる。
「じゃが、残念じゃったなぁ……『不死の王』と呼ばれ恐れられた事のあるわらわを敵に回すとは」
「ォォォォォォオオオオォォオオッ!!」
ズルリ、と影から現れ出でた目もくらむような美女は朱槍が離すと黒い影は不気味な雄叫びを上げながら距離を取った。
「我が名はパイモン。『魔界大元帥』と謳われた大魔王ベルゼビュートの孫娘なり!キキキッ、二百の軍団を操り世界を混沌と破滅で蹂躙する(予定)わらわを差し置いてこんな襲撃イベントをするとは……万死に値する!!」
美しき吸血姫、パイモン(大人ver)は高らかに言い放った。
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