先代勇者の古い傷
「そう言えば、婆ちゃんに聞きたい事があったんだよ」
「だから婆ちゃんと呼ぶなと………まあよい。なんじゃ?永遠の美貌の秘訣か? それは勿論たゆまぬ努力が」
「自分の時を停めてるだけだろうが。そーじゃなくて、魔王の事とかだよ」
俺がそう言うと、婆ちゃんはなるほどと頷いて姿勢を変えた。
―――と言うか寝っ転がった。
「流石に態度悪くない?」
「黙れバカ弟子が。妾ほどに歳を取るとな、身体の節々に痛みが走り座るだけでも一苦労なのじゃよ」
「保ててんの見た目だけかよ!」
「カカッ、まあ冗談は置いておくとしよう。………既に汝れも気づいておるじゃろうが、魔王は復活していない。そもそも封印が解かれれば汝れが気づく筈じゃ。奴を封じる楔は、汝れにも繋がっているからの」
寝っ転がりながら話す婆ちゃん。結局直さないのか。
「……どうして魔王が封印じゃなくて、一度撃退された事になってんだ?……そして、どうしてまた現れた事になってんだよ」
ルクセリアのお姫さんが言っていたが、魔王がまた現れたことになっている。
「復活してはいない。が、奴の直臣である六刃将らが魔王復活のため蠢動しておる。その活動が魔王復活と勘違いされたんじゃろ」
「じゃあ今回の戦争は、六刃将の独断?」
「無論そうじゃろう。……大方勇者が召喚されたからそれを討つためじゃろ。奴等にとっては主を封じた怨敵じゃからな」
そう言うと片手で後頭部を掻きながら、片足でもう片足のふとももを掻くなんて言う非常に残念な動作を始める。
見た目は美少女だが中身は中年女だ、これじゃあ。
「そこで本題じゃ。………汝れ、戦争に参加せよ」
「んな格好で重大な事を決めないでくれ!そして何がそこで、なんだよ」
ミーハー向けな二つ名、『永久の妖精』が泣くぞマジで。
「当代の勇者達は中々勤勉での。聖剣無しでよくやると褒めたいくらいの成長ぶりを見せておる。ま、汝れと違って可愛げがないがの」
「な、なんだよ突然褒めやがって…つか男に可愛いとか言うなって」
「ほれ、バカな子ほど可愛いと」
「貶してたのかよ! ……で?」
適当に返しながら聞いていると、婆ちゃんは突然ベッドから立ち上がる。
「まだまだ力量不足なのじゃ。膨大な魔力を使いこなし始め、戦闘技能も汝れと比べ遥かに速く吸収していっておるらしい。……そうじゃな、聖剣抜きなら汝れと互角に行けるかも、と言うくらいには」
「聖剣抜き………って、十分化け物レベルじゃねーか」
聖剣『アルト・フリーデ』の担い手となった俺は身体の構造を大きく変えられてしまった。
そう、殆ど生身でモンスターを殺戮出来てしまうくらいに。
が、その程度では六刃将にはまだ勝てない。奴等を遥かに凌駕する、魔王と互角の『超越級』の力を得るには、俺は聖剣を使わないと成れない。
聖剣自体には様々な加護や特殊な性能がついていて、その一つに身体強化の機能も付いている。
魔法でも身体強化の魔法は存在するが、能力の上がり様が大きく違う。
魔法での身体強化は一般人が岩を砕けられるようになる程度だが、聖剣による強化は山を砕くとか、振った衝撃で海を二つに割るとか、そんなレベルなのだ。
そして元が一般人より大きく離れている俺は聖剣を使う事で、それこそ文字通り最強の力を得るのだ。…………まあ魔王とのツートップな訳ですが。
話を戻すが、聖剣抜きの俺に並ぶと言うことは並み居るモンスターを蹴散らす事は容易いくらいの力をもっている。
異世界に来て数週間の間で、急激にレベルアップしたのだろう。
正直、人間では最高峰レベルと言える。
「うむ。特にカイト・アマギは凄いぞ?
竜言語を使いこなしておる。聖剣抜きなら、汝れも勝てん」
婆ちゃんが少し歩くと巫女さん達が現れ、寝巻きの上に上着を掛けたり、長い髪を結い上げたりと働き出す。
が、そんな事気にせず俺は叫んでしまった。
「竜言語だと!? うわ、マジかよ!」
竜言語。名の通り竜が使う言語である。言葉の一つ一つに力が存在し、その言葉で紡がれる魔法は竜のごとき力を振るう。
聖剣を持った俺が苦戦する古竜が好んで使う魔法はほぼ竜言語だ。
強いが、普通の人間では詠唱中に魔力が切れてしまうほど馬鹿げた魔力消費量を誇り、人類では最高レベルの魔導師である婆ちゃんでさえ、竜言語を一つ使うのに入念な準備と、この部屋の床に敷かれた魔法陣のような超高度魔法陣からのバックアップがあって初めて使えるのだ。
イケメン君の魔力量は宮廷魔導師の7000人分だったか?
それだけありゃ確かに使えるかもしれん。
こりゃ………マジで凄いぞ?
―――――だが、
「それでも六刃将の一角とまともにやり合えるって程度か」
竜言語をイケメン君が使えると言うのなら、彼は凄まじく強い。
だが、その程度でも公爵級と並ぶ程度。
「うむ、公爵級が一体なればなんとかなろう。……が、しかし複数体なら、不味い」
巫女さん達が離れて行き、婆ちゃんが歩き出す。
「婆ちゃん?」
「付いてこい。お主らもじゃ、トーレ、そして同郷の」
こちらを一瞥せずに外に向かう婆ちゃんに、俺たちは付いて行く。
「話の続きじゃが、……この先、何が起こるかわからんのじゃ」
「…………は?」
部屋から出て、無駄に長い階段を下り無駄に広いホールに降り立つと、そう婆ちゃんは告げた。心なしか、不安そうだった。
「どう言う意味だよ。何が起こるかわからない…って、婆ちゃん未来が解るんだろ?」
「うむ。数瞬先は相も変わらず絶好調じゃが、こと遠くの未来に関しては見えなくなってしまったのじゃ」
降りてきた階段の影になる所に、更に地下へ降りる階段があり、婆ちゃんは迷う素振りを見せずに降る。
「精確に言うなれば、……数ヵ月以上先の未来が見えなくなっておったのじゃ」
地下への階段を進みながら婆ちゃんは続ける。
「見えなくなった………直るのか?」
「わからん。時の魔法を会得し千と数百年と経つが……こんな事は初めての事じゃ。………今回の戦争も、未来は見えておるが確証が持てぬのだ」
コツコツと、階段を進む靴音だけが響く。
そして、最下層に行き着いた。そこには幾重にも鎖が壁に張り付き、開かないようにされた扉。
まるで開けてはイケない、開いてはイケない、そんな……
「故に汝れにも戦って貰う。……汝れが平穏な生活を求むのもわかっておる。がしかし、此度の戦だけは、師匠としての命令とさせて貰う。……すまぬな」
「なんだよ、婆ちゃんにしては随分殊勝じゃんか いつも見たいに偉ぶってくれよ」
苦笑しながら言うも、背中しか見せない婆ちゃん。
その肩は、微かに震えていた。
「汝れが勇者だと知られぬよう、顔を隠す物は作った。…………じゃが、妾は大きな罪を、犯してしまったのじゃ」
婆ちゃんが鎖に触れると、鎖は音を立てて崩れ落ちた。
「汝れの心を、酷く苦しめるやもしれぬのだ」
ギィ…と、扉が開く。
ゆっくりと、ゆっくりと開いて行く。
「汝れの古き傷を、……ようやく癒えたであろう古傷を抉る所業やも知れぬ」
そして、扉は開ききり、扉の奥が知れる。
「不甲斐なき師を許せ………」
そこには………――――――――
ある程度キリの良い所まで書いたので次回からは皆さんお待ちかね二代目編にいきます!
変な終わり方なのはわざとです。
感想お待ちしています。