先代勇者、火山洞穴に進む!
蹴り飛ばされたビホルダーが壁にぶつかるのと、勇はクオンへ向け手を伸ばす。
「クオン! 苦無を貸せ!!」
急かすように叫んだ言葉に、クナイは弾かれたように応える。
「あ、アニキ!」
思考が追いつかない程の衝撃の連続に呆けてしまっていたクオン。
それを未熟と恥じながら勇の手元へ向け苦無を投擲する。
「サンキュ。……いくぜ!」
苦無の柄尻についた輪に人差し指を通した勇はくるくると苦無を回し、逆手で持つと地面を蹴り肉迫する。
あと数歩で斬れる、と言う距離になった時、勇は突然脚を止めた。
「……もしかして、と思ってはいたけどな」
壁になるように対峙した存在に対し、勇は構えを解く。
「キキキッ……流石は巫女の血統。神代の頃から生きるビホルダーを相手にここまで戦えるとはのう」
吸血鬼の少女、パイモンがビホルダーと勇を遮るように現れたのだ。
「……その言いよう、それに現れたタイミング。……神代の頃からいるビホルダーでさえ、お前の手下……って事で良いんだな?」
苦無を指で回しながら、パイモンから一時も視線を外さずに勇が尋ねる。
それに対しパイモンは「キキッ」、と笑うだけ。
だがつり上がった口元が、笑っている目が、口を開かずとも雄弁に語る。
ご名答、と。
「……で? 次はお前とやり合えば良いのか?」
チャキッ。
くるくると回していた苦無を掴み、切っ先をパイモンへ向ける。
しかしそうは言ったものの、勇は今ここでパイモンと戦う事はないだろうと直感にも似た何かを感じた。
(アクアディーネやウムブラに通じる、俺の一番嫌いなタイプだ)
この相手は問答無用で敵を潰すような奴じゃあない。
舞台を整え、戦うための演出を気にするようなタイプだろう。
「キキキッ。……この地に封じられ幾星霜、恨み憎み、数えきれぬ程の呪詛を諳んじたものじゃ。……しかし今この時、妾の目的はお主らとの殺し合いに非ず」
人差し指を立て、パイモンはニヤリと笑う。
「好敵手の血筋との、死闘のみよ。……キ、キキッ! キキキッ!!」
◇
宣言するや否やビホルダーと共に転移して消えたパイモン。
どうやら本当に消えたらしく、周囲には転移の兆候は見えない。
「クオン。ビホルダーの気配はあるか?」
苦無を渡そうとクオンの方向へ歩きながら尋ねると、クオンはすぐさま周囲へ注意を向ける。
「……いや、いなくなったみたいだ。さっきの変な感覚もないよ」
耳を立てて周囲の気配を探ったクオンが首を横に振る。
どうやら本当にいなくなってくれたみたいだ。思わず安堵のため息を漏らすと、バタバタと音がして三バカが駆け寄って来た。
「黒毛の! アンタはやる男だとは思ってたけれど、まさかあんな化け物をやっつけちまうなんて! 流石は『黒薔薇空賊団』の副団長だよ!」
「俺がいつから副団長になったんだよこんにゃろう」
ぽんぽんと頭を叩いてくるアンジェリカの手を払いのけ、俺は天井に突き刺さったままだったレイヴンブランドをジャンプして掴み、引き抜いた。
「ふぃー、ようやく地に足ついた気分じゃ」
魔剣を引き抜き着地すると、レイヴンはため息混じりに言った。
「やけに静かだったけど何かあったのか?」
手に持った魔剣は喧しさが基本だ。だが、あのビホルダーとの戦いの合間、この魔剣は一言たりとも喋らなかったのだ。
「わしは魔剣じゃ。魔法仕掛けの門が壊れたように、魔法が仕えなければ喋れなくなるのは道理じゃろうが」
いや知らんよ。俺は魔法の事を少しかじった程度だしな。魔剣とかの方面はからっきしだ。
レイヴンを鞘に収めていると、迷宮の攻略本を片手に持ったフィオナが近づいて来た。
「平和惚けしてないようで安心したわ」
「来てそうそう婆ちゃんに渇入れられたならな。……んで、この後はどうする?」
尋ねると、フィオナ攻略本を開き、それを俺に見せて来た。
「次の階で魔法陣を敷くわ。その後また迷宮を進む事になるけど、次の階からは勝手が変わってくるわ」
「勝手が? ……なぁなぁ、この地図の上の赤い水たまりみたいなのってなんだ?」
俺は攻略本に描かれた地図の上のいたる所に存在する何かを指さす。
……そう、それはまるでゲームでよく見るようなダメージマップ。
火山のステージでの難関となる──
「マグマよ」
◇
迷宮を抜けるとそこは火山洞穴でした──なんて言うくらい突然に風景は一変した。
ビホルダーを倒した後、十階から十一階を繋ぐ、一拍と呼ばれる部屋を抜けると、肌を焦がすような熱気が俺たちを襲った。
十階までは遺跡のような人工さが目立つ迷宮だったが、この階層は反対に人の手など及ばない自然的な物に思えた。
「こいつは……随分ときつそうだな」
十階までの階層ははっきり言ってある程度慣れた冒険者なら楽と言っても良い難易度だったが、十一階に入ってから難易度が跳ね上がった気がするのは俺の思い違いか?
「十一階からのこの階層は『初見殺し』と呼ばれているわ。罠の類はないけれど、潮の満ち引きのようにマグマの高さが変わって、気が付いた時には逃げられない……なんて事が良く起こるわ」
汗一つかかずに説明するフィオナの首にはサファイアのような宝石を使ったネックレスが。
あっ、こいつ対暑用の魔道具使ってんな!?
俺が対暑用の魔道具を自分の分だけちゃっかり用意していたフィオナに憤りを覚えていると、やけに静かだったベルナデットが前に出る。
「風よ、我らを包み熱を排せ……『冷却《cool》』! ……ふぅ、これで随分楽になる筈です」
前に出ると同時に魔法を使用するベルナデット。すると、冷たい風が吹き、俺達を包み込む。
「おお! こりゃあ魔法かい?」
「ええ。杖無しでもこの程度の魔法は使えるんです」
「くぅーっ! ありがとうなシスターの姉ちゃん。オレこのままじゃあ熱くって死んじまう所だったぜ」
ベルナデットの冷却の魔法にアンジェリカやクオンが歓声を上げる。
俺もベルナデットに礼を言おうとした所で、ベルナデットが寄って来た。
「先程は何も出来ませんでしたし、これくらいはしないと、です」
「気にするこたぁ無いさ。適材適所だよ、適材適所」
罪悪感を感じてそうなベルナデットに笑って答えると、ベルナデットはさらに悲しげな顔を見せた。
「……ヤシロさんが死ぬ事が、適材適所なんですか?」
俺だけに聞こえるよう声を小さくしたベルナデットの言葉に、俺は思わず口を噤んでしまった。
「ヤシロさんが死ななくて……それを武器に戦うのも、わかります。……でも、それを当然とでも言うように使うのは……見ていて、胸が苦しくなるんです」
大変ながらくお待たせいたしました、最新話です。
長らくお待たせした割には盛り上がりに欠けるっ
ではまた次回。お楽しみに!




