盗見
カンニングには魅力を感じません。
やろうって思わないんですよね。
「今日で15回目になる。わるいが俺も部活動の大会が近いし、こんなに何度も再テストはやっていられないぞ」
色つきのサングラスをかけ、パンチパーマに白スーツで身なりを整えた、世界史の先生は苛立たしそうにそう言った。
「そうですね、ぼくも部活でレギュラーに入っていますし、こんなくだらないことで時間を費やしたくはないですね」
紺のブレザーに茶色っぽいズボンをはいている生徒は時計を気にしていた。
教師と生徒。
ここの教室にはたった2人しかいなかった。教師は黒板の前、生徒はきちんと席に座っている。
「早く始めましょうよ、再テスト」
「その前に1個忠告させてくれ。泣いても笑っても再テストはこれで最後にする」
やった。
生徒はほくそ笑んだ。いちいち勉強などしなくても、再テストは永久に続くわけではない。なぜなら相手が必ず根負けするからだ。もうやめにしようと絶対に言ってくる。
それまで待っていればいい。不合格になり続ければいい。
まあ今回はそうならない、秘策が生徒にはあるようだが。
「ただし……。このテストに合格できなければ、留年と処することが職員会議で決定した」
「そうですか。たしかにたった1教科とはいえ、年平均で赤点を取り続け、おまけに再テストばかりでは、留年も免れませんよね」
生徒は余裕の表情で承諾した。
「じゃあ始めよう。テスト用紙を取りに来て……」
生徒はまず名前を書いた。
それから問題を――解くふりを――はじめた。
試験監督である世界史の先生は、夕焼けや楽しそうに下校する生徒の様子を眺めている。それを確認した生徒は、シャープペンシルの中に筒型に丸めて仕込んでおいた小さな紙を取り出し広げた。
そこにはテストの答えが順番に書き記してある。生徒はさっそくそれを写し始めた。
「うーむ、黒板がきたないな」
世界史の先生は眺望を終えると、潔癖症なのか、きれいなはずの黒板をさらに雑巾がけして磨いた。
磨いているあいだ、ちらちらと生徒の手元も見た。
しかし、生徒はすでにカンニングペーパーをポケットにしまっていたので、ばれるはずがなかった。
世界史の先生は、何度も拭いているうちに、雑巾の汚れも気になってきたようで、
「わるい。雑巾洗ってくるからちょっと待っててくれ」
と、教室から出ていった。
こいつはもっけの幸いだぜ!
生徒はそう意気込み、またまる写しを開始した。
先生が戻ってくる頃には9割ほど答案が埋まっていた。先生は進捗状況を確認して、ふーんと声を出すと、窓の拭き掃除を始めた。
本当にきれい好きというか潔癖症というか。
芸能人なら坂上忍というか松居一代というか。
作家だったら泉鏡花というかなんというか、そんな感じの人だ。
るんるんと、鼻歌をうたっている教師を尻目に答案を完成させた生徒は、プリントを先生に渡して退室した。
後日。
再テストが返却された。
点数は、78点。再テストのボーダーラインは80点以上で合格。
「……バカな」
絶句して、肩を落とす生徒に、先生はこう言った。
「問題の順序を少しいじってみたんだ。ばれずにカンニングを果たした、卒業生の意見を参考にな。すると、カンペとか使って順番に覚えてるという意見が多かったから、変えてみたんだ」
「なんで……なんでぼくがカンニングをするって思ったんですか?」
ハハッ……教師は笑ってから、
「壁に耳あり障子に目あり、だぜ。黒板磨いていたのはカムフラージュさ。俺の目的はあくまで、窓ガラスをきれいにして鏡のように後ろの景色を反射させ、様子をみることだったんだからな。そうやって生徒を観察してると、不正をしそうなやつ、企んでいるやつが浮き彫りになるもんだぜ」
「参ったなあ」
生徒は苦笑した。
ちなみに。
この生徒は苦心惨憺して勉強をがんばり、なんとか学校を卒業させてもらったらしいです。