嘘だったのに……
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ゴールデンウィーク真っ直中、ある日の昼下がり。
空は青く晴れ渡り、初夏を思わせるような眩しい日差しと、爽やかな風が吹き抜ける。どこに行っても、長い休みに浮かれ気分の人々で溢れかえっている。
そんな中、あるお洒落なカフェの片隅で、一人浮かない顔をしてジュースをすすっている少年がいた。通りに面したテラスは、どの席も若いカップルで埋まっている。通りを歩く人々のほとんども若いカップルばかりだ。
少年はチラチラとまわりを見ながら、深く暗いため息をつく。
───はぁ……本当ならこのゴールデンウィーク、毎日久留美とデートする予定だったのになぁ……。
少年は、ズズズッと音を立ててジュースを一気にすする。
───このカフェ、久留美と良く来たよな。いつも座るのは一番奥のこの席で……。
氷だけになったグラスの氷が、カチカチと鳴る。
───一一つのジュースを二人がストローで飲んだりしたっけ……。
少年はストローから口を離し、もう一度、体中の力が抜けてしまうような重いため息をついた。
少年の名前は山瀬理久、十六才の高校二年生。彼には一ヶ月ほど前まで、白崎久留美という同級生の彼女がいた。ほんの一ヶ月前まで、理久と久留美は人も羨むくらい、ラブラブなカップルだったのだ。それが、ふとしたことが原因で、二人の仲はあっけなく崩れてしまった。
それは、四月の初め。春休み中のある日のこと……。
理久は、駅前のいつもの場所で久留美を待っていた。
学校に行く時も待ち合わせている、駅前の噴水の前。あまり大きくない円い噴水は、待ち合わせ場所としてよく利用される。その日は土曜日だけあって、噴水の縁には何人もの人々が腰掛けて、誰かを待っていた。だいたい、これからデートに向かうという感じの、若い男女が多かった。
理久もその中の一人。携帯で時刻をチラッと確認し、軽く縁に腰掛ける。今は九時半。待ち合わせ時間は十時だったが、理久は大抵早めに来て待っている。
───今日はどのコースで行こうかなぁ? まず遊園地でその後カフェで……。
ぽかぽか陽気の爽やかな四月の朝。あれこれデートコースを考えると、理久の心は自然と浮かれてくる。
「よお、理久!」
デレーとした顔でぼんやりと視線を宙に漂わせていた理久に、一人の少年が声をかけた。
「今日もデートか?」
「なんだ、進也か」
ようやく我に返った理久は、にやけた顔を進也に向ける。彼は理久の同級生。勉強ばかりしている真面目な生徒だ。
「まあね、お前は休みなのに塾通い?」
「ああ、もうすぐ二年なんだから本格的に受験勉強に取りかからなきゃな」
「へぇ〜かわいそ。ま、頑張れ」
他人事のように理久は言って、進也に手を振る。理久は進也が苦手なので、早く話しを打ちきりたかった。
「……」
だが、直ぐに駅に向かうだろうと思った進也は、理久の前で立ち止まり、しげしげと理久を見つめる。
「……何? なんか用?」
「いや、用というか、ちょっと言いにくいことなんだけど……」
進也は意味ありげな表情をして口ごもる。
「なんだよ。ハッキリ言えよ」
「あのさ、お前の彼女のこと……」
進也は理久に近づくと低い声で呟く。
「え? 久留美のこと? 久留美が何だよ?」
大好きな彼女のことが話題になると、理久は大いに気になる。
「それが、僕見たんだ……その、彼女が他の奴とデートしているとこ」
「はぁ?……」
一瞬意味が分からず、理久は口をぽかんと開ける。
「別の学校の生徒だと思うよ。制服違ったしね。言わない方が良いかと思ったけどさ、やっぱこういう事は言っといた方が良いかと思って」
冷静な口調で進也は言う。
「えっ? ちょっと、何だよそれ……」
理久の顔は次第に青ざめてくる。久留美に限って浮気などするわけないと思っている理久だが、やはり気になる。
「あ、付き合ってるとか彼とかそういうの分からないから。ただ、仲良さそうにはしてたなぁ。じゃあ」
それだけ言うと、進也は駅の方へと向かう。
「おい、待てよ! ちょっとその話」
急いで駅へと向かう進也を、理久は慌てて追いかけた。
「待てったら! 詳しく聞かせろ───」
進也に追いつき、彼の肩に手をかけた理久は、彼の体が小刻みに震えていることに気付く。
「……?」
進也は理久の方に振り向くと、声を立てて笑い出す。
「おっかしい! さっきの理久の顔!」
「何だよ! どういうつもりだ!」
真剣な顔をして怒る理久を見て、進也はまた笑う。
「今日が何月何日か知ってる? 」
「はぁ? 今日は四月一日だろ?……あ」
理久もようやく気がついた。四月一日はエイプリルフール、嘘を言っても構わない日だった。
「こんなに簡単にひっかかるとはねぇ」
「……チェッ」
理久は、お腹を抱えて笑う進也の肩から乱暴に手を放した。
「じゃあな、デート頑張れ」
そのまま進也は笑って駅に入って行った。
「エイプリルフールかぁ……」
駅の中に消えていく進也の後姿を見ながら、理久は呟く。
「理久ー!」
午前十時を少し過ぎた頃、ワンピースに桜色の薄手のカーディガンを羽織った久留美が駆けてきた。ワンピースの裾がそよ風になびいて、ふわふわ揺れる。
久留美のつけた香水が、風に乗って甘く香ってくる。彼女は、満開の桜の花のように美しいと理久は思った。いや、桜の花よりも綺麗だと、理久には思える。
「ごめんね、待った?」
噴水の所まで走って来た久留美は、理久に満面の笑みを向ける。
「ううん、全然。行こっか」
久留美に見とれていた理久は、噴水の縁から腰を上げた。久留美との待ち合わせなら、一時間でも二時間でも待てそうだと理久は思う。久留美は微笑みながら、理久の腕に腕をからめた。
───最高に幸せ。
理想の彼女との順調な交際。これ以上の幸せなどないと、理久は思っている。理久の心は、桜満開の春の季節のように浮かれっぱなしだった。
その日も遊園地、カフェ、映画というデートコースを楽しみ、夜まで久留美と過ごした。そして、いつも最後は、久留美のマンションの近くの公園に立ち寄っている。
ベンチに肩を寄せ合って座り、ぼんやりと夜空を眺めたり、とりとめのない話しをしたり、デートの終わりをなごり惜しむように時間を過ごす。
それから、最後の最後は、いつもより長めの甘いキス。
そろそろキスの先に進んでもいいかもしれない、と理久は思っているが、なかなかその勇気も出ないでいた。
───久留美は俺のこと好きだとは思うけど……本当の気持ちとかハッキリ聞いたことはないよなぁ……。
「……どうかした?」
久留美は理久の唇から唇を離し、理久を見つめる。
「あ……ううん、何でも……」
「そう……」
少し不満げな顔で、久留美はベンチから立ち上がった。
「じゃあね」
「うん、また後でメールするよ」
「うん……」
理久も腰を上げて、久留美に軽く手を振る。久留美は理久を一瞥すると、公園を横切り、向こう側のマンションに駆けて行った。
───まさか、進也が言ってたこと本当じゃないよな?……。
家に帰り、自分の部屋のベットに寝ころんで、音楽を聴きながらくつろいでいた理久は、ふと朝の進也の言葉を思い出す。
───あれはエイプリルフールの嘘だし……。
理久は壁に貼ったカレンダーで、今日の日付を確認する。シンプルな数字だけのカレンダーには、四月一日をハートマークで囲んで、『久留美とデート』とちゃんと書いている。
───そう言えば今日はエイプリルフール、久留美にもなんか嘘をついてみようかと思ったけど、試せなかったよなぁ。なんかメールで嘘ついてみようかな?……。
悪戯心のわいてきた理久は、携帯を手に取り、あれこれ考えてみる。
───そうだ、久留美の気持ちを試してみようか。俺のこと本当に愛しているかどうか。
さんざん考えた末、理久はようやく久留美にメールを打ち始めた。
「あ、間違えた……えっと」
欠伸をしながら理久はもう一度打ち直す。
───マジで書かなきゃな。久留美がどういう反応するか楽しみ。
理久は面白そうに笑いながら、送信キーを押す。
『俺達、付き合い始めて一年になるけど、そろそろ受験に専念したいし、もう別れないか?』
直ぐに久留美から返信メールが来る。
『え? 本気?』
───本気って、そんな訳ないだろ。やっぱ久留美心配なんだ。
理久は尚も笑いながら、更にメールを打つ。
───もう少しさぐってみようか。
『久留美が他の男子と付き合ってるって噂聞いた。俺のこと飽きたんだろ』
『そんな噂、嘘。理久は信じてるの?』
また久留美からの即行返信メール。
───信じてないさ。あれはエイプリルフールの嘘だし……久留美も簡単にひっかかるタイプなんだなぁ。なんか、可愛い。
今日がエイプリルフールだと、理久がメールしようとした時、久留美からもう一度メールが来た。
『……分かった。別れても良いよ。その方がいいかもね』
「はぁ?」
理久はベットから身を起こす。
───何だよ、久留美は……エイプリルフールの嘘だってのに……あっ、そうか、久留美も俺をひっかけようとしてるのかも。それなら、俺も。
『OK。別れよう。恨みっこなし』
理久はメールを送信する。
───俺、今度は騙されないからな。久留美、ビックリしてメールして来るかも。
理久は笑みを浮かべて、久留美からのメールを待つ。
「……」
その後、いくら待っても久留美からの返事は来なかった。
───なんだよ、久留美は! 拗ねたのかな?……。
理久はちょっと心配になり、もう一度メールを打つ。
『エイプリルフールでーす! ひっかかった?』
メール送信。が、メールは送信エラーとなって届かない。
「は?」
理久はもう一回メールするが、また送信エラー。
「……」
理久の笑顔は、段々ひきつってくる。
「もしかして久留美、本気にした? これって着信拒否?……」
ベットの脇の目覚まし時計の針は、もうとっくに十二時をまわっていた。今は、四月二日。エイプリルフールは既に終わっていた。
「……!」
その日以来、久留美からメールが来ることはなかった。理久が送ったメールも久留美に届くことはなかった。ジ・エンド。それは、あっけない幕切れだった。
春休みが終わり、二年生になり、久留美とは別のクラスになった。今では顔を合わすことさえ、あまりなくなってしまった。噂によれば、久留美に新しい彼氏が出来たとのこと。それは、他校の生徒らしい。理久は進也のエイプリルフールの嘘が気になったが、モテル久留美のこと、仕方のないことかもしれない。
しかし、理久は割り切れない。未だに久留美への思いを引きずっていた。
───はぁ……何でエイプリルフールなんてもんがあんだよ!
空になったジュースを、理久はストローでかき回す。行き場のない怒り。身から出た錆というものだろうか……理久はストローが折れそうなくらい、グルグルと氷をかき混ぜる。
「おさげしましょうか?」
ふと、澄んだ明るい声が、理久の頭上から聞こえてきた。
「あ……」
「今日はお一人ですか?」
ウェイトレスの女の子が、笑顔で理久を見つめている。
「……はい」
「お客様、良くいらっしゃいますから、私がもう一杯サービスしますね」
ニコリと微笑む笑顔が眩しい。
「あ、ありがとう」
ウェイトレスは、手際よくテーブルからグラスを下げ、一礼して去っていく。その姿を理久は目で追う。
───俺が常連だって知ってたんだ。あんな子いたっけ? 今まで気付かなかったな。
理久の不機嫌な顔が、自然と笑顔になる。久留美とのデートの時は、久留美との会話に夢中で、カフェのウェイトレスに注意など払っていなかった。独りぼっちの暗いゴールデンウィークに、ほんの少し日が差してきたような気がする。残りのゴールデンウィーク、毎日ここに通おうと理久は心に決めた。 完
初めて共同企画小説に参加させていただきました。この小説のネタは、以前霊・ZA・音さんに提供していただいたものです。今回ちょうど「嘘」がテーマだったので、使わせてもらいました。ありがとうございます。
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