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姉妹


「ふうん、それで灰色が女と一緒に居るの見て逃げてきたんだ!」


 「いや違うってば、逃げたんじゃないってば」


 恐ろしいことにあれよあれよという間にここまでの経緯の全てを吐かされた。たぶんこの話題になってからそんなに時間も経過していない。この娘の話術が恐ろしい。ごまかし渋り口ごもる逢の口を割らせ事情を聞きだすまでがまるで流れるような手際だった。正直、同年代の友達など居ないので判断できないが、もしかして女子という生き物は全からく聡く他人の口から情報を引き出すのが上手な生き物なのだろうか。だとしたら恐ろしすぎる。町を歩く少女達は全員スパイか忍者の適正があるのかもしれない。


 「別に…竜胆が他人と居るところを見たことがなかったから、少し驚いたのよ」


 負け惜しみのようにぽそぽそ呟いてから、逢は何度でも再認識せざるおえない事実に目を伏せた。


 竜胆も、橙にしても、交遊関係がある彼らのことを逢は何も知らない。近くに居るから、まるでずっと側に居たかのような錯覚を覚えたし、あまりにも親しげに笑うから、まだ会って間もないのだということも忘れかけていたのだから。


 悪意を向けられない。ただそれだけが嬉しくて、見事に彼らのペースに巻き込まれてしまっている自分を自覚すると苦笑いしか出ない。かといって逢のペースで接するというのも無理なのだ。なんせ圧倒的に経験値が少ない。何もかもが初めてすぎて、どうすればいいのか分からない手探り状態なのだから。


 そんな関係性だけど、これから少しずつでも知っていけるだろうか、そう決意を新たにする逢をよそに、橙は更なる爆弾を落とした。


 「ねぇ鬼姫、それって嫉妬?」


 「は!?」


 「だって、灰色が女と一緒に居るの見て嫌な気分になったんでしょ?それってヤキモチじゃん」


 「はあああああああ!?」


 何を言っているのだろう彼女は、今のは本当に日本語だったのだろうか。


 「なに言ってるの全然意味分からない。そんなんじゃないっていってるじゃん」


 何故か気恥ずかしくなりわたわたと慌て出した逢を見る橙の眼差しは酷く優しい。まるで見守るような視線に気付いてしまい、逢は勝手に赤くなっているであろう顔を隠すために自分の両手で頬を挟んで急いでそっぽを向いた。


 「鬼姫、自分の気持ち、把握してる?」


 背中ごしに追いかけてきた橙の言葉が、逢の頬の温度をまた一度上げた。




* **********



「あ、姉様だ!」


「へ?」


不意に橙ががばりと跳ね起き、服に付いた草を叩き落とし始めた。


 「あ、そっか。鬼姫は会ったことなかったっけ、あのね、私には姉が居るの。姉様が迎えに来たから今日はもう帰るね。ほらあそこの土手の所見える?あそこに居るのが姉様だよ!美人でしょー!……と、あー、灰色も一緒か……」


 少女の滑舌がフルスロットルに戻っていく。今の静かで年上の余裕のようなものを感じさせる態度は稀なものだったのかもしれない。そしてそのテンションは竜胆を発見したらしきあたりで急下降していった。


 逢はテンションの下落と共にヘタっていった指の示す方向に目をすがめ、そこに居る二人の姿にビシリと固まった。


 「……え?」


 風に揺れる綺麗に切りそろえた、夏蜜柑色の短い髪。上品な色の紅を引いた口元は優しげな笑みを浮かべている。肩を出すデザインのカットソーがよく似合う年上の美人がたおやかな腕を掲げ、こちらに手を振っている。


 「まあ、あなた何をしていたの?草だらけじゃない」


 「ごめーん姉様!寝っ転がってた!」


 竜胆と共に歩いていた女性が、そこに立っていた。


 「ええええええ!?」


 「どうしたの鬼姫!?」


 思わず奇声を上げた逢に驚き橙が勢いよくこちらを振り返る。まんまるに見開かれた濃いオレンジの瞳は確かにその女性と似通っていた。


 「し……姉妹?」


 掠れた声で確認すると、確かに似通った面影が揃って首を縦に振った。


 「貴女が噂の鬼姫ね、こんにちは。妹がお世話になりました。私は橙というの。よろしくね」


 そう言って握手を求める手を差し伸べる橙の姉の隣には当たり前のように竜胆が居て、なんだかそれを見るだけで逢はノドの奥が引きつるような気持ちになり、必死で笑顔を取り繕った。


 「こんにちは、片平逢です。ええと……橙さん?」


 「おい橙姉。逢が混乱してんだろーが。なんか他の呼び方ねえのか」


  気付かなかったことにしようとしていたのに。耳に竜胆の声が入り込んだ瞬間に眉間に皺が寄ったのが自分でも分かった。


 「おい、こいつら姉妹で同じ呼称を強要してくるから気をつけろよ。姉の方は橙姉とでも呼んでおけ」


 ふいにその声が近くなって、もう逢は本当にどうしていいか分からなくなった気がした。逢の不自然な態度に気付いたらしい橙が視界の隅でニヤリと笑う。


 「姉様、灰色と何の話をしていたの?」


 「次の仕事の話よ。少し厄介な案件だから顔見知りの同業者に声をかけてまわってるの」


 「姉様と灰色は仕事仲間だもんね!」


 橙が無駄に言葉を強調してこちらに笑顔を向けてくる。どうしろっていうの、いやグッじゃないし、親指立ててやったね!みたいな顔するのやめて。何もやってないから。


 完全に気付かれている。あの顔は竜胆と歩いていた女が自らの姉だと確信している。だからこそ逢にしっかりと伝わるように同業者という部分を強調して聞かせたのだろう。


 「姉様、帰ろう?もう日が傾いてきたよ」


 「そうね、帰りましょうか」


 橙が更にいらない気をきかせはじめた。姉の腕を掴みながらこちらにアイコンタクトを送ってくる様はまるで「後は若い者同士で……」と言いつつ去っていく見合い企画者のようだ。


 「ちょ、橙っ」


 「おー帰れ帰れ。俺らも帰ろうぜー」


 引きとめようとした声は虚しくも竜胆に遮られる。その暢気な声に誰のせいでこんなことになったのかを思い出し、なんだか無性に腹が立ってきた。


 「うわあああああああん全部竜胆のせいだ馬鹿―!!」


 「いって、ちょ、殴りやがったこの女!やーめーろって髪を毟るな!!」


 「禿げろこの灰色頭―!!」


 逢の八つ当たりに近い攻撃は、竜胆が楯にしていたホームセンターで買った板が衝撃に耐えかね割れるまで続いた。


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