保護者
キイン ガギィ ィン
夜の闇の中に閃く火花、駆ける足音。ビルからビルへと飛び移りながら続けられる戦闘は、さながらよくできた舞踏のようでもあった。
戦い続ける本人達にそんな余裕など微塵も無かったが。
「なに怒ってるんだよ!落ち着けって!」
「黙れ小童ぁ!!あの子に余計な事を吹きこみおって!」
一方は戸惑いと焦りを滲ませ、もう一方は憤怒に頬を染め、鍔ぜりあう武器ごしに見詰め合う。無骨な銀色のナイフと鋼鉄のような鋭い爪が交差し、また火花が散る。外れた視線が再び交差した刹那、それぞれが後方に飛んで距離を取った。
「話を聞けって!」
「聞きたいのは此方だ。何故あの子を追い詰めるような真似をした」
闇の中で瞳を煌かせ凛と立つ鬼の姿は壮絶に美しかった。そんな場合ではないのに見惚れてしまう。魂でも吸い取られそうな視線の強さに背筋があわ立った。そうして、彼女の動きに気付くのが遅れた。
パンッと小気味良い音が耳元で響く。目の前には一瞬で懐まで間合いを詰めた彼女が居て、竜胆の頬を平手でぶっ叩いていた。
「……これはお前に傷つけられた逢の分」
今しがた平手に使われた掌が翻り、爪を揃えて頭を抉り取ろうと襲い掛かってくる。
「そしてこれは私からの報復だ!!」
「だから止めろって!悟空かお前は!」
案外さっき扉を吹き飛ばしたのもカメハメ波だったのかもしれない。そうでなくても彼女だったらそれに類する技が使えそうで冷や汗が滲む。
冷静に話をするために竜胆は再度間合いをとり、敵意が無いことの証明に両手を上げた。ホールドアップだ。
「だから落ち着けって、逢の保護者かお前は」
「当たり前だ。あの子は私が守る」
皮肉のつもりが胸を張られてしまった。鬼姫は生粋のシスコンだったらしい。竜胆は重苦しい溜め息をこぼした。
「あのなあ……俺だって逢のことを大切には思ってる。ただお前とはやり方が違うだけだ。分かるだろう?折れた骨が歪んでくっついちまったら、まっすぐにするためにもう一度同じ場所を折らなきゃいけないだろうが」
アヤメのように、都合の悪いものを見せないように守ってばかりでは、逢は自分の歪みに気付けない。そう思った。鬼であること云々はアヤメの采配を信じるが、自分が手を出せる範囲のことはやる。
「あいつはもっと、世界を望むべきなのだから」
そうして歪んでしまった心を少しずつ温めて、いつか日の当たる場所でなんのてらいも無く笑ってほしい。その笑顔を見たい。いつの間にかそう思うようになっていた。
「そうして幸せに溢れるあの子を屠るのか」
彼女は目をすがめてそう言った。皮肉気な口調で、しかし先ほどまで肌を刺すようだった殺気を薄れさせて。
「ん……ああ……そっか、そうだよな」
竜胆は上の空のような曖昧な返事を返した。実を言うと、もう彼女を手にかける自分の姿が想像できなくなっていて困惑したのだ。自分は大丈夫なのだろうか、ちょっとダメかもしれない。
そんな竜胆の動揺を読み取ったのか、アヤメは微かに、本当に微かに微笑んだ。
初めて彼女から向けられた敵意も殺意も無い笑みは、予想以上の破壊力を持って竜胆の心臓を直撃した。もはや反則技レベルだ。
「貴様は……変な男だ」
フランというあの姫に少し似ているかもしれない。と呟く彼女の顔は、過去に思いを馳せる切なげな表情をしていた。
此処に居るようで存在しない、まるで陽炎のように。
それが瞳を凪いだ水面のようにさせている逢に重なり、不安になった竜胆はアヤメの瞳を覗き込んだ。
金の瞳が怪訝そうに此方を睨み返してくる。そのことに安心して、竜胆は気になっていた名前を口に昇らせた。
「なあ、こないだも言っていたけど、フランって誰だ?俺の血縁みたいな言い方だったが」
「お前は…………まあ、覚えていないのも無理はないか。いいだろう、教えてやる。忘れられたままというのもフランが憐れだ」
そう言うと彼女はビルの屋上の隅に大きく書かれたヘリポートの上に座り込んだ。二人のじゃれあいで多少コンクリが地殻変動を起こしてしまい、ひび割れも陥没も無い無事な場所がそこしか無かったのだ。
「言うたろう。私達が命と共に継承するのは力と知識。すなわち先代が、そのまた先代達が連綿と受け継ぎ積み重ねてきた経験に基づいた知識だ」
「じゃあお前がフランとか言う奴を知っているのは……」
「天に地に影響を及ぼすモノとして、強い力を持つ者につけられる姫の通り名を冠した女。悪食姫フランシスカと先代の鬼姫は、この地で出会った」
貴様の産みの親だ。そう告げる言葉は、何処か他人事のように竜胆の中に落ちてきた。